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第32話 雷雨の宣告


 滑走路にずらりと並んだ薄紫色の翼。


無人戦闘機(ヴォイドファイター)隊、第一から第三隊まで発進準備完了しました!」


 市街地では、灰色の都市迷彩で塗装された戦車が静かに潜む。


無人戦車(ヴォイドハート)隊も遠距離包囲陣形にて展開完了」


 AMF関東第三支部では、事態急変に備え続々と戦力を結集させていた。


「雷雲の状況は?」


「偵察用ドローンは3機目も通信途絶。周辺には依然として強力なジャミングが展開されている模様」


 手元のコンソールから失った無人機の情報を見つめるオペレーター・青柳の表情は暗い。


「監視衛星からの映像を確認しましたが、中の様子までは何も。レーダーもぽっかり穴が開いてるようです」


 同じくコンソールを叩いていた紫村は頭をかいた。


 木並駅前に突如現れた黒い竜巻。

 西の空からやってきた天然の雨雲を取り込み、今では巨大なハリケーンの渦に進化している。


 AMFが使える索敵装備を片っ端から試してみたが、未だに中の様子は観測不能。

 未曾有の脅威が差し迫っているというのに、敵の姿を捉えられないのがもどかしい。


 いたたまれなくなった桃谷はダメ元で聞いてみる。


「他の支部に応援要請はできないのでしょうか?」


「とっくに連絡している。だが今のところ、応じる支部は無い。本部からは状況を注視せよの一点張りだ」


「装者を何人かき集めた所で、全滅の可能性が高い。ここで他の支部の装者を使い潰すくらいなら、被害をこの支部だけに留めたいという判断だろう」


「そんな…………」


 半ば諦めムードを醸し出す佐原と岡田の様子に、桃谷は今すぐ逃げ出したい気分になった。


 ちなみに唯には連絡すらしていない。

 いつもは械獣が出たらすぐに唯を呼び出していたが、今回ばかりは余計な犠牲が増えるだけだ。


 司令室に集まった隊員たちの士気はだだ下がり。


 そんな中、無人機の一覧を眺めていた青柳がふと気づいた。


「ん? これは…………」


 手元のコンソールに表示された通知ウィンドウを見て、首を傾げる青柳。


「司令室の直通回線に着信が入っています。発信源は……偵察用ドローン?」


「それがどうした」


「いや、おかしいんです。現在、偵察用ドローンは一機も飛ばしていません」


 青柳が無人機の識別コードを検索すると、送信元の機体がヒットした。


「この識別コードは…………昨日デリートの映像を撮影し、直後にロストした機体です」


「どういうことだ?」


 大型モニタに表示されている、嶺華とデリートの写真。

 この写真を撮影したドローンは予備隊を動員して捜索・回収する予定だったが、竜巻の出現により中止となっている。


「通信が復旧したってこと? もしかして、デリートがいなくなってジャミングが解除されたのかしら」


「いえ、未だに他のドローンから応答がありません。ジャミングは継続中かと」


 美鈴の質問はあっさりと否定される。

 予備隊の再招集は不要なようだ。


「それにしても、妙ですね。通常は偵察用ドローンに対してこちらから映像送信を要求します。向こうから発信してくるはずがありません」


「誰かが直接ドローンの基板をいじくらない限り、ですが」


「…………」


 顔を見合わせるオペレーター達。


「出てみれば分かる。繋いでみろ」


 佐原に命じられ、青柳は緑色の受話ボタンを恐る恐る押した。



『…………ォォォォ……………………ザザ…………ザザ……………………』



 回線の向こうから聞こえてきたのは、激しい風の音。

 電波状況が悪いのか、ノイズが酷い。


「映像は受信できず。どうやら音声だけのようですね」

「一般人の無線機を使ったイタズラじゃないのか?」

「こんな時に悪質ですね…………」


 青柳が赤色の切断ボタンを押そうとした時。



『…………ァー、アー。これデ聞こエルかナ?』



 スピーカーから聞こえた不気味な声に、司令室が凍りつく。



『ワレの名はコード・デリート。コノ通信先がキサマらの拠点か?』



「なッ…………!?」


 絶句する青柳。


「…………まさか、向こうからコンタクトしてくるとはな」


 冷静に振る舞おうとする佐原も、隠しきれない驚きが顔に出ている。

 紫村に至っては、動揺が一周回って高揚していた。


「とッ! とんでもないことですよ! 械獣からのコンタクト!!! 歴史の転換点になりますよこれは!!!」


 他の隊員達も信じられないという反応で、司令室は騒然。


「静かにしろ! …………送信元はどこだ?」


 佐原から小声でせっつかれ、気を取り直した青柳が詳細画面を確認する。


「すぐに確認します…………あれ? 位置情報は取得できていますが、数値が変ですね」


 偵察用ドローンからの通信パケットには、映像や音声だけでなく環境情報も含まれている。

 位置情報や温湿度、気圧など、ドローンに搭載されたセンサー類の値も送られてくる仕組みだ。

 しかし、画面に表示されていたのは連続性の無いでたらめな値だった。


「1秒ごとに座標が全然違う値になっています。センサーが故障しているのでしょうか」

「まあいい。こちらの声も送れるのか?」


 佐原はマイクを受け取ると、隊員たちの顔を見回す。

 咳払いを一つ挟み、意を決したように声を出した。


「こちらはAMF基地だ。私は司令官の佐原。この基地の最高指揮権を持っている」


『キサマら下等種族ノ個体名ナド興味はナイ』


 流暢な日本語で返ってきたのは侮辱だった。

 マイクを握る佐原は顔をしかめつつ、会話を続ける。


「デリート、お前の目的は何だ」


『ワタシはあるハヴァクを探シテいル……アア、ハヴァクとはキサマらの言葉で”ソウシャ”だったナ。龍ノ如キ鎧を纏うハヴァクなのダガ、キサマらハ知っていルカ?』


 顔を見合わせる佐原と青柳。

 デリートが言っているのは、間違いなくカミナリ装者・覇龍院嶺華のことだろう。


『先刻、奴のコア反応を感じタ。奴はマダこの地にいル』


「(コア反応だと?)」

「(覇龍院嶺華の身体に埋め込まれたコアユニットから、何かが発信されたのでしょうか)」


「…………あ」


 すると、黙って聞いていた岡田が顔を上げた。


「まさか」

「何か心当たりが?」

「それはだな……」


「待て、それはデリートに聞かせて良い話か?」


 いつの間にか佐原はマイクをミュートにしている。

 会話が通話口に拾われないことを確認し、岡田が改めて口を開く。


「…………さっき隔離部屋で、カミナリ装者が装動しかけたんだ。失敗したようだったが」


 岡田は、地下で嶺華の身体から噴き出した黒い液体について簡単に説明した。


「その現象だけで、デリートは何らかの反応を検知できたっていうのか?」

「なぜ覇龍院嶺華が装動しようとしたのか、詳しく聞きたいのだけれど」

「…………いや、後にしよう。今はデリートの話を聞こうじゃないか」


『聞いテいルのカ?』


 美鈴は切り替えの速い岡田を訝しんでいたが、デリートの声を聞くと追及を止めた。


『スぐニ捕獲したイのだガ…………キサマらの街ヲ隅々マデ探し回ルのは面倒ダ』


「(ふむ、完全な位置までは特定していないのか)」


 小さな声で岡田が胸を撫で下ろしたのを横目に、ミュートを解除した佐原が質問する。


「それで、我々に捜索を依頼したいと?」


『ソウダ。龍ヲ纏うハヴァクを探し出シ、ワタシに差し出セ』


「お前に協力することで、我々に何のメリットが?」


『…………ハッ、下等種族ノ分際デ報酬ヲ望むカ』


 乾いた失笑を漏らすデリート。


 佐原はマイクに入らない小声で紫村に耳打ちする。


「(おい紫村、奴と取引するなら何を持ちかける?)」

「(械獣が欲しいものなんて分かりませんよ!?)」


 紫村はまたしても頭を抱えた。

 械獣の弱点や破壊方法を分析してきた紫村だが、意思疎通できる相手との交渉術などさっぱりだ。


「(カミナリ装者の身柄と引き換えにってことですよね…………うーん)」


 械獣データベースを漁ってみたが、参考になりそうな情報は何一つない。

 今まで人類が械獣から受け取ったものなど、破壊と殺戮以外にないからだ。


 AMF側が黙っていると、デリートは一方的に話を進めてくる。


『良イだろウ。ワレが報酬ヲ決めテやル。キサマらに与エるのハ…………』


 その時、通話ウィンドウを眺めていた青柳が声を上げた。


「送信元の位置情報、安定し始めました!」

「奴の場所が分かったのか?」

「はい! 座標は……」


 青柳が座標の値と地図を照らし合わせた時。


 回線の向こうで、人型械獣の合成音声はこう告げた。

 


『コノ街の人間全員の命。それガ報酬でどうダ?』



 遠鳴りが、轟いた。



「送信元座標……AMF関東第三支部!?」


「基地上空に巨大な空裂反応!!」


 基地中のスピーカーがサイレンを喚く。


 司令室の大型モニターに外の様子が映し出されると、オペレーター達の間に戦慄が走り抜けた。


「なんだあれは!?」



 基地の真上を、蜘蛛の巣のようなひび割れが覆っている。



『スラクトリーム! 試運転がてラ、下等種族ドモに挨拶してヤレ!!』


 デリートが叫ぶと同時、空を引き裂く亀裂が一斉に崩れ落ちた。


 大穴の向こうから吐き出されるは黒い竜巻。

 四方八方から吹き荒ぶ猛風に乗り、瞬く間に雨雲が空を覆う。


 大粒の雨と共に、星空を湛える大空裂。


 天から顔を出したのは、一本の剣。


「あれは……!?」


 驚愕に目を見開いたのは佐原だけではない。

 司令室に詰めた隊員たちは皆、その物体に見覚えがあった。


「カミナリ装者の剣……」


 覇龍院嶺華が振り回している大剣と、基地上空に空いた大穴から覗く大剣は酷似していた。


 だが、空裂の中に見えるのは剣だけではない。


 鰐のように尖った大顎。

 分厚いカッターを並べたような鋭利な鉤爪。


 まるで裁きを下すかのように、黒鉄の龍が睥睨していた。


『期限ハ明日の日没までダ。ワレは嵐の中で待っテいル………………』


 デリートの声は、最後まで聞き取ることができなかった。



 閃光。

 そして、轟音。



 司令室にいた人間全員の視覚と聴覚が、真っ白に染め上げられる。


「ーー、ーーーーッ!!!!」


 誰かの叫びは、鼓膜を割るような雷鳴にかき消された。


 一鳴り、二鳴り、三鳴り。

 黒雲の中にそびえる械獣から、光の爆撃が降り注ぐ。


 立て続けに鳴り響く轟音に続いて、基地の中央塔が大きく揺れた。


「うわああああああッッーーーーー!!!!」

「何かに掴まれッ!!」


 転がるように身を屈める隊員たち。

 揺れと轟音は収まらない。


 突如、司令室が真っ暗になった。


 天井の照明、大型モニター、個人のコンソールまでもが一斉に絶たれる。


「停電だ!」

「予備電源に切り替えろ!」

「作業する余裕ありません! ぐああッ!!」


 激しい横揺れでコンピューターがバタバタと倒れていく。

 どこかの席でコーヒーカップがパリンと割れた。


 …………………………。


 1分以上続く轟音。


 ………………。


 揺れが収まっても、隊員たちは暗闇の中で息をひそめていた。


 …………。


 しばらくすると、再びモニターや照明に光が灯る。


「予備電源に切り替え、電力復旧しました!」

「各員、直ちに被害を報告せよ!」


 オペレーター達はドタバタと自席に戻り、再起動したコンソールを操作する。


 基地の各種設備を確認し始めた直後、青柳が蒼白な顔で叫んだ。


「1番滑走路にて火災発生!」


 復旧した大型モニターに映し出されたのは、滑走路の監視カメラ映像。


 雨の勢いに負けず、激しい炎に包まれる尾翼。

 原型が分からないほどバラバラに散らばった主翼。


 滑走路に並んだ無人戦闘機たちが、1機残らず大破していた。


 機体だけでなく、路面もところどころめくれ上がるような大穴が開いている。

 再び滑走路が使えるようになるには、大規模な補修工事が必要だろう。


「ああ…………なんてこった」


 佐原は目を覆った。

 カミナリ装者によって破壊された無人戦車隊に続き、無人戦闘機隊も壊滅。

 今のAMF関東第三支部が保有する戦力では、従来の械獣に対する陽動作戦すら実行できないだろう。

 

 呆然とする佐原に対し、青柳は悲痛な声で報告した。


「基地上空の空裂反応、ロストしました…………」


 先程まで空一面に広がっていた亀裂は嘘のように消えている。

 残ったのは、限りなく黒に近い灰色の雨雲のみ。


 降りしきる雨模様は、土砂降りへと変わりつつあった。


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