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第26話 敗走


 アームズの力を限界まで引き出し、駅前広場を疾走する唯。


 増設弾倉を装備していない式守影狼の最高速度は時速60キロメートルにまで達する。


「はあああああああああッッ!!!!!」


 唯は次元障壁を最大出力で展開し、人型械獣目掛けてアメフトタックルのような体当たりをぶちかました。


「オオッ!?」


 そのままデリートの胴体にしがみ付くと、渾身の力で駅舎の壁へ叩きつける。


 分厚い壁に大穴を開け、駅の構内へとなだれ込む唯とデリート。


 半壊した駅舎の壁や天井から瓦礫が落下し、白い粉塵で視界が塞がる。

 地震のような衝撃で、ホームに停車したままの電車がぐらぐらと揺れた。


 建物の被害と引き換えに、デリートを瓦礫の下敷きとすることに成功。

 駅の管理者が激怒しそうなほどの大破壊だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


 唯は飛び跳ねるように立ち上がると、嶺華の元へと駆け寄った。


「嶺華さん!!!」


 憧れの少女は、血溜まりの中に沈んでいた。


「ぁ……ぎ…………」


「嶺華さん! しっかりしてください!」


 がたがたと震えながら悶絶する嶺華は、唯の呼びかけにも応えられない。


「(出血がひどい……)」


 応急処置のしようもないと見た唯は、搬送先を考える。

 普通の病院ではダメだ。

 装者の応急処置を専門とするAMF医療班でなければ助けられないだろう。

 嶺華を敵と見なすAMFが受け入れてくれるかは分からないが。


「(とにかく、基地まで連れて行かないと)」


 問題は、どうやって嶺華を運ぶかだ。


 周囲に車があれば拝借しようかとも思ったが、駅前広場はドルゲドスに蹂躙された後。

 見渡す限りの車はぺしゃんこにされている。

 それどころか、オプションで死体まで付いていた。


 唯が思わず目を逸らした時、駅舎に立ち込める粉塵の中からコンクリート塊が飛んできた。


「うわッ!?」


 慌てて腰に提げた短刀を掴み、薙ぎ払うように迎撃。


 コンクリート塊から飛び出した鉄骨がひしゃげ、斜め後ろに転がっていく。

 危うく嶺華に当たる所だった。


 瓦礫を踏み越え、銀色の人影が歩み出てくる。


「アナタも『ハヴァク』でしたカ……ヤハリ、アノ時消去シテおくべきデシタ」


 意味不明な単語を混ぜて喋るデリート。

 その手には、半透明の長剣が握られている。


 理由は分からないが、あの剣のせいで嶺華は負けた。

 嶺華が勝てなかったのだから、唯が正面から挑んでも勝ち目は無いだろう。


「(……だったら!)」


 唯は背中のハッチを開き、一発限りの切り札を取り出した。


「丙型燃焼杭、装填!」


 赤い杭を右腕に連結すると、式守影狼の背部装甲が唸り声を上げた。

 コアユニットから丙型燃焼杭へとエネルギーが充填されていく。


「無駄ダ。旧式のデンゼル兵器ナド、ワレのアナライズソードで打チ消シてヤル」


 そう言うとデリートは、長剣の柄を唯に向けた。

 柄の先端に取り付けれられた六角柱の結晶が妖しく瞬く。


 光の色は、ピンク色から徐々に色が増えていき、やがて不気味な虹色へ。


「解析完了。ワレの鎧に、ソノ兵器は届かナイ」


「(式守影狼に何かする気? ……でも、関係ない!)」


 唯は余裕そうなデリートに臆することなく、右腕を大きく振りかぶる。


「喰らえッ!!!」


 デリートの頭部を叩き潰すような勢いで右拳を振り下ろし、トリガーボタンを押し込んだ。



『ヒートストライク』



 ◇◇◇◇◇◇



 響く轟音、吹き(すさ)ぶ爆風。


 周囲の窓のガラスは粉々に割れ、半壊していた駅舎は完全に崩れ落ちる。

 駅前広場に敷き詰められたレンガが地面の土ごと舞い上がり、白煙と土煙が辺りを覆った。


 ドルゲドスの襲撃、嶺華とデリートの戦い、そして、唯の丙型燃焼杭。

 植樹や花壇によって美しい景観を誇っていた広場は、完膚なきまでに破壊された。


 煙が晴れるにつれ、廃墟と化した広場が姿を現す。

 

 そこには、銀色の人影が堂々と立っていた。


 至近距離で丙型燃焼杭の爆発を受けても、デリートは無傷。

 もはや一歩も動いていない。


「無駄ダト言ったハズダ」


 デリートは無謀な装者を斬り裂かんと、長剣を構え直した。


「…………ム?」


 だがしかし。


 そこには誰もいなかった。


 切り札を使い果たした唯も、倒れていた嶺華の姿も無い。


「…………」


 銀色の体に付着した煤を払うデリート。

 彼の足元では、爆発の衝撃で地面が崩れ落ちていた。

 ぽっかり開いた穴の奥からは、かすかな水音が聞こえてくる。


「ホウ。少しハ頭ガ回ルようダ」


 デリートはゴーグルに覆われた頭部で周囲を見回した。



 彼の目に留まったのは、血溜まりに浮かぶ龍の腕と、主を失った機械大剣。



 ◇◇◇◇◇◇



 真っ暗なトンネルの中。

 ぱしゃぱしゃと反響する足音。


「ぜえッ、ぜえッ、ぜえッ」


 式守影狼を纏った唯は、息を切らせながら下水道の中を走り続けていた。

 通路の脇を流れる汚水川からは鼻をつく臭いが漂っている。


「くそッ! まだ繋がらない!」


 握りしめた携帯端末から何度も基地に発信するが、画面の表示は圏外を示すだけだ。


 七夕の日と同じ電波障害。

 デリートがまだ近くにいるかもしれない。


「追って来てるかな……」


 絶対に止まってはならない。


 だが、電波が無いので地図は確認できない。


 地下に飛び込む直前、一応方角を確かめた。

 唯が走ってきたのは、木並駅の南から。

 基地は駅の東側だから、駅舎に向かって右方向へ進んでいるつもりだ。

 本当に合っているかは正直分からないので、不安でしかない。


「電波が回復したら、すぐに車を呼ぶからね! だからもう少し頑張って!」


「……」


 唯は背負った少女に叫ぶ。


 何度も呼びかけてはいるものの、返事は無い。

 のたうち回る体力も無いのか、嶺華はぐったりしたままだ。

 代わりに、嶺華の纏う強化外骨格が蠢いた。


「(これもアームズ、なんだよね……?)」


 地下に潜った直後、強化外骨格はオーバーヒートから回復したようだった。

 それだけではない。

 嶺華の全身に張り巡らされた真っ黒な筋繊維が生き物のように蠢き、右肩や腹部を締めつけて止血したのだ。

 これほど大きい傷口なのに、既に流血は止まっている。


 ただし代償として、嶺華本人には凄まじい痛みが伴うらしい。


「ぁがッッ……いだ……ぃ…………」


 時折こうしてうわ言のように悲鳴を上げる。

 気を失ってはまた目覚めてを繰り返しているのだろう。

 あまりに痛々しくて、見ているのもしんどい。


「もうすぐだから……」


 唯が携帯端末に目をやると、画面がパッと明るくなった。


 着信。

 相手は美鈴だ。


 脊髄反射で受話ボタンを押す。


「美鈴さん!』


『……やっと繋がったわ。唯ちゃん、大丈夫?』


「お願いします、急いで車を出してください!」


 通話口から心配そうな声を聞いた瞬間、唯は何の説明もせずに懇願した。

 にも関わらず、美鈴の回答は期待以上。


『もう向かっているわ。唯ちゃんの位置情報も確認済み。今地下にいるのよね?』


「はい! さすが美鈴さんです!」


 既に迎えが来ているらしい。

 唯が負傷すると予想していたのかもしれないが、嶺華を搬送することまでは想定外だろう。

 何にせよ、美鈴の手回しの早さには舌を巻く。


 唯はもう一つ、重要なことを尋ねた。


「デリートはどうなりました!?」


『今は分からない……でも、木並駅周辺の電波障害は解消したわ。諦めて帰ったのかしら?』


 電波障害が消えたのは唯の周囲だけではないらしい。

 デリートが追いかけてくる気配が薄れ、胃を絞られるような感覚が少しだけ和らいだ。

 だが、嶺華を基地に運び込むまでは気が抜けない。


『とにかく、一度地上へ出てちょうだい』


「了解!」


 唯が通話を切ると、都合よく通路の脇に梯子が見えた。


 ここを登れば、地上のマンホールに繋がっているはずだ。


「さて、どうやって登るか」


 左手に携帯端末、右手で嶺華の体を支えながら走ってきた唯。

 携帯端末と違って、嶺華の体はポケットに仕舞えない。

 いくら式守影狼によって身体能力が強化されていても、人を背負ったまま片手で梯子を登るのは難しい。

 意識の無い嶺華にしがみついてもらうのも無理だ。


「仕方ない、装動解除」


 一旦嶺崋を降ろした唯は、短刀を鞘に収める。

 青い装甲が溶け消えるように小さな空裂へと吸い込まれ、基地に帰っていった。

 唯も一緒に帰りたかったが、残念ながらここに空裂投射装置は無い。


「よい……しょっと」


 AMFの制服姿に戻った唯は上着を脱ぐと、再び嶺華を背負った。

 上着の袖をロープのように巻き付け、嶺華の体を背中に固定。


「荷物みたいに扱ってごめんなさい」


 背後に向かって謝るが、嶺華はまだ意識を失っているようだ。

 袖の結び目をぎゅっと縛り、急いで梯子を登る唯。


 少女の体は軽かった。

 いつも重厚な装甲を纏っている彼女だが、その中身は華奢な少女だ。


「絶対助けるから……」


 梯子を登りきった唯は天井に手をかけ、力一杯押し上げる。


 幸いにも、唯の力だけで蓋は動いた。


「わッ」


 マンホールから顔を出した瞬間、溢れる光に目が眩んだ。

 何度か瞬きして瞳を慣らす。


 すると、目の前に1台の車が停まっていた。

 光の正体はヘッドライト。

 運転席のドアが開き、大人のハイヒールが降りてくる。


「唯ちゃん! 無事?」

「美鈴さん!」


 白衣を羽織った美鈴が手を差し伸べてくれる。


 唯は美鈴の手を掴み、下水道から這い出た。

 必然的に、背負った少女も美鈴の視線に晒される。


「その子は……?」


「事情を説明している時間はありません! 基地に搬送をお願いします!」


 頭を下げた唯に対し、美鈴は真剣な表情で頷いた。


「……分かったわ。乗りなさい」


 唯は嶺華を抱えながら車の後部座席に転がり込んだ。

 運転席に座った美鈴がアクセルを踏む。


「飛ばすわよ」

「急いでくださ……ひッ」


 唯の予想を上回る急発進。


 嶺華の体が壁にぶつからないよう、座席に押さえつける。

 押し倒したような格好だが、いかがわしい雰囲気とは程遠い。


「嶺華さん、すぐに治療できる場所に行くからね! もう少しの辛抱だから!」


「…………」


 嶺華は目を閉じたまま何も言わない。


 このまま意識が戻らなかったら。


 恐ろしい想像が焦燥感を招き、唯の胸を締めつける。


「(まだ嶺華さんのこと何も知らないのに…………これでお別れなんて、絶対に嫌だ!)」


 唯は嶺華の左手を握り、再び目覚めることを祈り続けた。



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