第24話 奇怪再来
無秩序に人を襲っていたドルゲドスは、閃光を認識すると動きを止めた。
人面の張り付いた頭部が嶺華を凝視する。
「まったく、連中も見境なしですわね。紳士性の欠片もない蛮族共には反吐が出ますわ」
嶺華は宣戦するかのように、機械大剣の切っ先をドルゲドスに向ける。
「このわたくしが、お仕置きして差し上げますわ!」
重厚な竜脚装甲が地面を蹴ると同時、嶺華の体が弾丸のように加速した。
背部の翼が繊細に角度を変え、重力と慣性を無視しジグザグに疾走。
ドルゲドスは2本の太腕を振り降ろし、拳の壁で迎撃を試みる。
しかし、嶺華は攻撃を読んでいたかのように進路を変えて回避。
大振りな拳は誰もいない地面にめり込んだ。
生じた隙を見逃さず、直角に曲がった嶺華がドルゲドスの左後脚を強襲する。
「そこですわッ!!」
大型トラックのような太脚が一撃で切断された。
剣筋をなぞるように、弾ける紫電が後を引く。
嶺華の乱舞は止まらない。
「しゃッ!!」
再び薙ぎ払われた機械大剣。
ドルゲドスの右後脚が吹き飛ぶ。
瞬く間に両脚を失ったドルゲドスはバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。
大質量の衝撃が駅前広場を揺らす。
敷き詰められたレンガが四方に飛散するが、嶺華は真上へ跳躍して回避。
ふくらはぎの裏に備わった逆関節副脚により、瞬発した機体が10メートルを超えて舞い上がる。
空中で姿勢を制御し、倒れたドルゲドスの背中に着地。
「前回から進歩がありませんわねぇ!! 弱すぎですのッ!」
ドルゲドスは藻掻くように前脚を振り回したが、もう遅い。
「終わりですわ!」
機械大剣をドルゲドスの装甲に突き立てる嶺華。
柄に備わった安全装置のカバーを開き、流れるように白い引き金を引く。
銀色の機械大剣に稲妻が注入され、甲高い駆動音を奏でた。
『サンバースト・レイ』
ゼロ距離で放たれた光の刃が、械獣の装甲を貫いた。
高濃度の次元障壁であっても、雷龍の剣を阻むことはできない。
穿たれた巨体から嶺華が飛び降りた直後、凄まじい大爆発が起こった。
弾け飛んだ残骸が彼女の体に襲いかかるが、駆雷龍機の次元障壁は米粒一つ通すことを許さなかった。
光を吐き終え、著しく過熱した機械大剣は冷却を開始。
刀身が滑らかにスライドし、露出した排気口から熱風が噴き出した。
「あははははッ! 爽快にお仕置き完了ですわぁ!」
駅前広場に少女の笑い声が響く。
逃げ遅れていた市民の姿は無い。
殺されたか、避難したかのどちらかだ。
パチパチと弾ける炎だけが、嶺華の勇姿を称えていた。
「さて、帰って読書の続きですの……あら?」
機械大剣を鞘に収めようとした嶺華は、何かを感じ取ったかのように背後を振り返る。
無人の駅前広場。
黒煙を噴き出すドルゲドスの残骸。
その傍らに、銀色の人影が立っていた。
◇◇◇◇◇◇
「ッ! あいつは……」
唯は大型モニターに写った人影を見て息を呑んだ。
青みがかった銀色の肉体。
鼻も口もない無機質な頭部に、スキーヤーのようなゴーグル。
「唯ちゃん、もしかしてあれが……」
「はい! 間違いありません! 私が遭遇した人型械獣です!!」
七夕の日、唯と梓を追い詰めた謎の存在。
彼は自らを『デリート』と名乗っていた。
「カミナリ装者は仲間と合流したのか?」
「いや、嶺華さんとデリートは敵同士……だと思いますけど」
唯の記憶が正しければ、嶺華は嬉々としてデリートに襲いかかっていたはずだ。
「確証は無いだろう。たまたま仲間割れしていただけかもしれん」
佐原はあくまで疑う姿勢を崩さない。
「少なくとも、デリートそのものは人類の敵ね」
美鈴の言う通り、梓を殺そうとしたデリートは決して味方ではない。
「それに、嶺華さんには勝てないですよ」
「唯ちゃんの報告書だと、覇龍院嶺華はデリートを撃退したと書いていたわね」
「そうです。あいつは嶺華さんにボコボコにされて逃げたんですよ。武器も壊されてたし」
デリートの武器は不思議な六角柱が付いた杖だったが、嶺華にあっさりとへし折られていた。
慌てて空裂に逃げ込んだ所を見るに、他に対抗できる手段は無かったのだろう。
「それが気になる」
唯の証言に、佐原は疑問を呈した。
「何故、勝てない相手の前に姿を現す?」
「そう言われると確かに変ですね」
械獣に詳しい紫村が考察を述べる。
「何か交渉を持ちかけるのでは? 人間に会話を仕掛けてくるということは、デリートは非常に高い知性を持っている。正面から戦いに来たとは限りません」
「もしくは覇龍院嶺華を倒す秘策を持ってきたのか」
「まさか。嶺華さんがあんな宇宙人モドキに負けるなんて有り得ませんよ」
唯が饒舌にっていると、佐原が苦言を呈した。
「神代、お前いい加減にしろよ。カミナリ装者は敵だ」
「っ……」
佐原たちに白い目で見られ、口を噤む唯。
嶺華を応援すれば事態は解決しそうなのに、誰も同調してくれないのが悲しい。
「とにかく、今はもう少し様子を見るしかなさそうね」
美鈴が呟いた途端、大型モニターの映像がプツンと途切れた。
「どうした?」
「偵察用ドローンとの通信途絶!」
青柳が何度か再接続を試みるが、応答は無い。
「復旧不能。撃墜されたか、通信妨害が行われた可能性があります」
通信妨害、という現象に心当たりがある唯。
「そういえば、私が遭遇した時も携帯端末が圏外になってました」
デリートと遭遇したあの時、唯は美鈴に電話しようとしても繋がらなかった。
やはり、デリートが何らかの妨害を行っているのか。
「偵察用ドローンは、デリートから300メートル以上離れた位置を飛んでいました。そこまで広範囲の通信妨害が可能なのでしょうか?」
「知らん。すぐに代替の情報収集手段を用意しろ」
「しかし、偵察用ドローンや無人機がどこまで近づけるか不明です」
「付近の監視カメラも全くアクセスできません!」
困惑する紫村たちを見て、唯は手を挙げた。
「だったら私が直接行って見てきます!」
「待て。奴らがどちらも敵だった場合、同時に戦うことになるんだぞ」
「遠くから見るだけです! 危険だと思ったらすぐ撤退しますから」
唯の提案を退けようとした佐原だったが、他の手段も思いつかなかったらしい。
「はぁ……仕方ない。今は情報収集が最優先だ。奴らに気付かれないよう、遠くから接近しろ」
「了解!」
唯は短刀を腰に提げ、急いで司令室を飛び出した。
エレベーターではなく階段を使い、基地の1階まで駆け下りる。
目指す場所は、瞬時に目的地まで移動することができる空裂投射装置だ。
階段の踊り場から踊り場へジャンプする勢いで、10階分の高さを降り続ける。
胸に渦巻く期待が、ひたすらに唯を急かす。
「(また嶺華さんと話したい。昨日、私達に剣を向けた理由を聞きたい。本当は私達の敵じゃないって確かめたい……!)」
AMF基地1階、廊下最奥の部屋に辿り着いた唯。
鉄扉を開くや否や、カプセル型装置の中へ滑り込んだ。
骨伝導式のインカムを付けると、オペレーターの桃谷から通信が入る。
『投射目標はポイントA3、現場から2キロメートルほど離れた地点とします』
「現場までこっそり近づけってことね、了解」
『目標座標の入力完了。ディメンションアンカー固定』
カプセルが大きく揺れる。
使用するのは慣れてきたが、やはりこの装置の動作原理は謎だ。
空裂を使ってモノを送るという意味では、アームズの装動と似たようなものかもしれない。
『コネクション!』
桃谷が操作を完了させると、唯の視界がぱぁっと明るくなる。
カプセルの窓越しに夜空が覗き、無数の流れ星が降り注ぐのが見えた。
装置が激しく揺れ、唯の足元から渦潮のような光と影が駆け上がる。
次の瞬間、唯は誰もいないオフィス街にぽつんと放り出されていた。
改めて考えてみても、とんでもないテクノロジーだ。
通信が復活するのを待ってから、司令室に連絡を入れる。
「こちら神代、転送完了。嶺華さんを視認できるポイントを探します」
唯は携帯端末で目的地を確認し、駅の方角へと走り出した。