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第23話 叫喚の街


 敷城市西部、木並地区。

 家族連れの多い平和な街に、灰色の暗雲が立ち込める。


 ビルの上から顔を出したのは、無表情な人面が張り付く頭部。

 巨大な械獣はきょろきょろと辺りを見回すと、ピタリと一点を注視した。

 視線の先には私鉄の駅。


「ドルゲドス、木並駅へ向かって移動を開始!」


「市民の避難が間に合いません!」


 街中に響き渡る警報を受け、電車は止まっている。

 しかし、駅の改札は電車から降りた乗客でごった返していた。

 駅前広場にも大勢の人。


 ビルの合間からドルゲドスがぬっと現れると、広場は瞬く間に騒然となった。


 全力で反対側の道路へ走る者、駅の構内に逃げ込む者、恐怖のあまりその場で(うずくま)る者。


 ドルゲドスは品定めするように人々を見回し、発達した剛腕を振り上げる。

 容赦なく殺戮を始める構えだ。



 司令室の大型モニターを見ていた唯は、漆黒の短刀を手に取った。


「直ちに出撃します!」


「神代、お前は待機だ」


 司令室を飛び出そうとした唯だったが、佐原の釘を刺すような声に制止された。


「忘れたのか? 式守影狼ではドルゲドスに勝てない。お前一人行ったところで犠牲者が一人増えるだけだ」


「う、それは」


 6月30日。

 唯がドルゲドスと戦い、完膚なきまでに叩きのめされた日だ。

 アームズのオーバーヒートによって身動きが取れなくなった時の絶望感は、今でもはっきりと思い出せる。


「でもこのままじゃ、大勢の人間が殺されます!」

「代わりに無人戦闘機隊による攻撃を行う。青柳、出撃準備を急げ」

「了解。ヴォイドファイター各機、空対地ミサイルに換装」


 青柳がいつものように武装を選択した時、佐原が口を挟んだ。


「1機にはT3弾頭弾を積め」

「しかし、敵は地上ですが……」

「通常のミサイルだけでは、無視されて終わりだろう。奴を足止めするにはT3弾頭弾を使うしかない」


 佐原の指示に、唯は耳を疑った。


「待って下さい! T3弾頭弾は威力が高すぎるから、地上で使ってはいけないはずでは?」


 T3弾頭弾は、半径300メートル以内を爆風で吹き飛ばす破壊兵器だ。

 地上付近で炸裂させた場合、駅前広場から逃げ遅れた人々はまず助からないだろう。


 唯の懸念に続き、械獣分析担当の紫村が解説する。


「前回の観測データから、ドルゲドスは高濃度の次元障壁を展開することが分かっています。おそらくT3弾頭弾でも有効打にはならないかと」


 だが紫村の意見を聞いて尚、佐原は指示を変えなかった。


「T3弾頭弾が効かないことなど分かっている。だからこそ、次に繋がる一手なのだ」


「?」


 佐原の意図が分からず、首を傾げる唯とオペレーター達。


「関東第三支部の戦力だけではドルゲドスを破壊できない。ならば、他支部に応援を要請することになるだろう」


 説明を続ける佐原が見上げたのは、司令室の壁にかかる組織図だ。


 AMFは関東だけで3つの支部があり、それぞれに装者が所属している。

 通常の械獣相手ならば、他支部の担当地域に装者を派遣することはない。

 各地域の防衛力が手薄になるのを避けるためだ。


 しかし、あまりに強力な械獣が現れた際、各支部の装者を集めて大規模な共同作戦を行うことがある。

 唯が装者になってからは、まだ経験したことはないが。


「今回は他支部に応援を要請する、ということでしょうか」

「ああ。だが過去の戦闘記録の通り、ドルゲドス相手なら損耗が出るだろう」


 損耗、すなわち装者の死傷だ。

 械獣データベースに登録されたドルゲドスとの戦闘記録。

 5年前は装者6人がかりで戦い、1名死亡2名再起不能という凄惨な結果になったという。


「装者が死ねば、その装者が担当していた地域の防衛力が大幅に減る。応援を要請したとしても、他支部の司令官たちが了承するかどうか……」


「簡単には首を縦に振らないでしょうね」


 美鈴の言う事は尤もだ。

 唯もいきなり死地に赴けと言われたら、何かと理由をつけて断りたい。


「そこでだ。我が基地が持つ最高威力の攻撃を放ち、械獣に傷一つ付かないことを証明する。

 他支部の連中に破壊された街を見せることで、否応にでも協力せざるを得ない状況を作る。

 ドルゲドスを倒せなければ、次はお前たちの街がこうなる、とな」


 佐原の恐るべき魂胆を聞き、唯はまたしても声を荒らげた。


「まさか、演出のために目の前の市民を見殺しにするんですか!」


 いくら応援を取り付けるためとはいえ、大勢の市民を自分達の兵器で殺すことになる。

 そんなことが許されていいのか。


「司令…………」


 他の隊員達も迷っているようだ。

 唯だって到底納得できる作戦ではない。


 逡巡する部下に対し、佐原は冷酷に告げる。


「全体最適だ。迅速に共同作戦を開始できなければ、さらに被害が広がることになる」

「せめて市民の避難が完了するまでは、陽動攻撃で時間を稼げないんですか?」

「そうしたい所だが、誰かさんのおかげで無人戦車隊が壊滅状態でな。残った戦車をここで使い切るわけにもいかん」


 彼の言う通り、関東第三支部の無人戦車は半数以上を嶺華に破壊されてしまった。

 取れる戦術の幅は狭まっている。


「それなら私が囮になります!」

「式守影狼は温存すると判断したのだ。同じことを言わせるな」


 取り付く島もない。


 唯が唇を噛んでいると、械獣の動きを観察していた紫村が叫んだ。


「ドルゲドス、攻撃を開始しました!」


 大型モニターに映る光景を見て、部屋中の人間が慄いた。


 四足歩行のまま走り出したドルゲドス。

 向かった先は、逃げ遅れた人間が集まる駅前広場。


 大質量による蹂躙が幕を開けた。


 恐怖のまま動けなかった女が蹴り飛ばされ、街路樹の陰に隠れた男が木ごとへし折られる。

 路肩に停めた軽自動車は銀色の拳によってぺしゃんこに潰され、中から鮮血が飛び散った。

 それを見た人々は死にもの狂いで逃げ惑うが、肉食獣のように俊敏に駆け回るドルゲドスに次々と屠られていく。


 偵察用ドローンからの映像に音声は無いが、モニター越しでも悲鳴が聞こえて来るようだ。


「ああ……逃げて……」


 唯の手の届かない場所で、人々の命が潰れていく。


 そもそも械獣は何故、人を襲い、街を壊すのか。

 械獣の行動目的は一切分かっていない。

 一つだけ確かなのは、械獣と戦わなければ人類が滅びるということだ。


「無人戦闘機隊の装備換装、完了しました。5分以内に発進します」


 諸元の入力を終えた青柳が報告する。

 彼のモニター上では、今まさに5機の戦闘機が滑走路に進入している所だ。

 中央の1機には一回り大きいミサイルが搭載されている。


 人類が誇る破壊兵器が、市民ごと街を焼き尽くす準備を整えた。



 ◇◇◇◇◇◇



「うわあああああ!!……ごぎゃッ!」


 初老の男が野太い断末魔を上げて絶えた。


 駅前広場に広がっていく血まみれの惨劇。

 逃げ遅れた人々は、一人、また一人と踏み潰されていく。


「ママ……怖いよ……」

「しっ! 静かに」


 クレープ販売車の陰に身を潜め、娘の手を強く握る母親。


 今日は、5歳になった娘の誕生日プレゼントを買うはずだった。

 彼女に似合う服を買ってあげるという約束。

 しかし、電車が急に止まったかと思えば、目の前に械獣が現れた。

 恐怖に固まる娘を引きずるように車の陰へと逃げ込んだが、見つかるのは時間の問題だろう。


「(神様どうか……どうかお助けください…………)」


 母親はただ、祈ることしかできない。



 その時、車のサイドミラーの端で、朝日のような輝きが踊った。



 白と黒の瀟洒なドレス。

 黒いタイツに厚底のブーツ。

 右手には、1メートルを超える巨大な剣。


 黄金色の髪を持つ、美しい少女が立っていた。


「ごきげんよう。もう大丈夫ですわ」


 不安そうに縮こまる娘に対し、少女は優しく微笑んだ。

 スカートの裾をちょこんとつまんで会釈する彼女は、まるで異国のご令嬢。


「あ、あなたは……」


 優雅な立ち振舞いとは対照的に、重厚な大剣を構えた少女が名乗る。


「わたくしの名は嶺華。龍の意思を継ぐ者ですの」


 少女は大剣の柄を右手で握り締めると、刀身を引き抜きながら高らかに叫んだ。



「駆雷龍機! 装動ですわ!!!!!!!」



 銀色の刃が解き放たれた瞬間、宙を切り裂く稲妻が天へと昇る。

 開いた空裂は少女を飲み込み、異次元の星空へと(いざな)った。


 彼方より飛来する装甲は、流星の如く。

 対する少女の体からは、ドロドロとした黒い液体が沸き立った。

 液体は生き物のように蠢きながら、少女の全身に張り巡らされていく。


 黒いインナーとなった装甲と、集結する稲妻の装甲。

 やがて交差した2種の装甲は混じり合い、吸い付くように連結。

 胸、腰、足、腕、背中、そして頭。

 少女を覆った装甲は、龍のシルエットを形作った。


 背部ユニットから一対の龍翼が展開され、甲高い吸気音が咆哮する。

 歪んだ世界が砕け散り、明瞭な電子音声が名乗りを上げる。



『ライジング・ドラゴン』



 閃光と雷鳴を纏いながら、気高き龍が舞い降りた。



 ◇◇◇◇◇◇



「覇龍院嶺華が出現しました!」


「(嶺華さん! やっぱり来てくれた!)」


 司令室は嶺華の登場に湧いていた。

 といっても喜んでいるのは唯だけで、他の隊員たちは不安の入り交じる顔でモニターを見つめている。

 嶺華の目的が不明な以上、彼女の刃が人間に向けられないという確証は無い。


「無人戦闘機隊はどうしましょう?」


「……出撃中止。いつでも出せるよう、滑走路上で待機させておけ」


「了解。離陸シーケンス停止」


 腕を組みながら作戦を変更した佐原。

 下手に介入するのは避けるべきと判断したようだ。


 青柳が無人戦闘機の制御コマンドを再入力し、エンジンを一時停止させる。


 その間に、械獣の観測データを分析中の紫村は、モニターに地図を表示させた。


「各種センサーの値を集計中ですが、追加の空裂反応は確認できません」


 木並駅付近の地図に重ねられていたのは、AMFが観測した空裂反応のマッピングだ。

 表示されている空裂反応は1つだけ。

 巨大な械獣が通り抜けられる大きさの亀裂のみだ。

 

「カミナリ装者の空裂は検知できんか」

「周辺気圧計の数値も変化無しです。ドルゲドスが開けた空裂のせいで、細かい変化はかき消されているのかもしれません」

「毎回毎回、一体どこから来てるんだ?」


 佐原の問いに答えられる者はいない。


 そういえば、公園でジルガッタと戦った時も、昨日龍型械獣と遭遇した時も、嶺華の開けた空裂は検知されなかった。

 械獣が開けるものとは何かが違うのか。

 空裂の中で育った話といい、謎が多すぎる。


「司令、どうしましょうか」

「V-105搭載ミサイルはまだ準備できていない……しばし状況を注視する」


 市民の命を危険に晒すミサイルは、ひとまず撃たれないことになった。

 司令室の緊張感が一段下がり、ほっと胸を撫で下ろす唯。


「嶺華さんにドルゲドスを倒してもらえば、一件落着じゃないですか!」

「そう上手くいけば楽なんだが」


 佐原はぼやきつつも、肩の力が抜けたように見える。


 目の敵にされていたはずの嶺華。

 その嶺華に頼らざるを得ない状況に、唯は少し嬉しかった。



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