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第22話 解かれた封印


 目を開けると、無機質な白い天井。


 薄い病衣を着ているせいか、布団を被っていても肌寒い。

 冷房が効きすぎているのかも。

 二度寝する気分になれなくて、唯はむくりと体を起こした。


 ここはAMF医療班エリア、いつもの病室だ。

 病室に慣れているというのも嫌だったが。


 ベッドの横にあるカーテンを開けると、窓の外には濃い灰色の空。


「うーん…………午後は雨かなぁ」


 唯がベッドに腰掛けて背伸びをしていると、病室のスライド扉が開いた。


「おはよう。唯ちゃん」


 入ってきたのは、白衣をひらひらとなびかせるAMF補佐官・陣内美鈴だ。

 タイトスカートと黒ストッキングに彩られた美脚のせいで、朝から色気がすごい。


「美鈴さん、おはようございます」

「あら、意外と元気そうじゃない」

「今回は怪我してないんで」


 昨日の戦いの後、AMFに回収された唯は医療班による精密検査を受けた。


 幸いなことに、嶺華の電撃による身体麻痺は一時的なものだった。

 後遺症も特に無し。

 検査が終わったのが夜遅くだったため、そのまま基地に泊まったという訳だ。


「もっと落ち込んでると思ったわ」

「なんでですか?」

「憧れの装者様に噛みつかれたそうじゃない」

「それはそうなんですけど」


 苦笑いした唯は、一晩経っても変わらなかった想いを吐露する。


「嶺華さんは私の命の恩人で、梓のことも守ってくれました。

 だから、昨日の嶺華さんの行動には、きっと何か事情があったと思うんです。

 それが分かるまでは、嶺華さんを信じるって決めました」


「なるほど。唯ちゃんにしては珍しく前向きね」

「め、珍しいですかね……?」


 言われてみれば、美鈴にはいつも愚痴や弱音ばかり吐いている気がする。

 幼い頃から両親のいない唯にとって、美鈴の包容力についつい甘えてしまうのかもしれない。


「私も対話を続けようとする意思は重要だと思うわ。……ただ残念だけど、悠長なことは言ってられない状況よ」


 美鈴がタブレット端末の画面を見せてくる。


 表示されていたのは、AMFの『械獣データベース』だ。

 世界中のAMF拠点と連携したサーバー群には、各地で遭遇した械獣の戦闘記録が保存されている。

 別の支部で同じ械獣が現れた時、このデータベースを見れば作戦立案のヒントが得られるのだ。

 唯が遭遇したドルゲドスやジルガッタも登録済。

 昨日のカラス型械獣は『カラサリス』と命名されたらしい。


「こいつらがどうかしたんですか?」


 美鈴が提示したリストは日付順に並び替えられており、最近敷城市に現れた械獣たちが列挙されている。

 画面をスクロールしていくと、巨大な龍型械獣のデータも登録されていた…………のだが。


「え」


 龍型械獣と並んで表示されていたのは、もう一体の械獣の写真。

 それは、稲妻模様の刻まれた装甲を纏い、銀色の機械大剣を担ぐ少女だった。


「なんで嶺華さんが登録されてるんですか!?」


「AMFはあの少女を械獣と同じ存在、つまり『敵』と認定したわ」


 敵、という響きに強い違和感を覚える唯。


「そんな……確かに昨日の嶺華さんは変でしたけど、判断早すぎじゃないですか!」

「高価なVHヴォイドハートを40両以上破壊されて、無人戦車隊は半壊状態。佐原司令は相当頭に来てるみたいね」

「うわぁ……」


 佐原が長ーいため息をついて機嫌の悪さをアピールする姿は容易に想像できる。

 この後顔を合わせるのが憂鬱で仕方ない。


「ていうか、敵に認定したから何なんです? 言っておきますけど、私じゃ嶺華さんには絶っ対勝てないですからね」

「そんなの分かってるわ。この後の会議で対策を決めるらしいけど……果たしてAMFに対処できる相手なのかは怪しいわね」

「ですよねー」


 嶺華と正面から戦うことは回避できそうで、唯はとりあえず安心した。



 ◇◇◇◇◇◇



「揃ったな。それでは臨時対策会議を始める」


 午前9時。

 AMF関東第三支部の司令室には補佐官とオペレーターが集合していた。

 今回は唯も同席している。

 議題はもちろん嶺華のことだ。


「謎のカミナリ装者こと、覇龍院嶺華がついに本性を現した。我々は今まで様子見していたが、もう見過ごすわけにはいかん」


 唯の予想通り、佐原の口調は苛立っている。

 そんな佐原に急かされて、オペレーターの青柳が大型モニタに映像を投影した。

 内容は今まで撮影してきた嶺華の勇姿である。


「彼女はAMF装者と同じようなアームズを纏っています。

 しかし速度・防御力・攻撃力共に、AMFのアームズとは比べ物にならない。

 従来の械獣に対するような作戦は全く通用しない可能性が高いです」


 疾風のように高速で飛び回るアームズ機構。

 ミサイルだろうが械獣の突進だろうが一切通さない次元障壁。

 圧倒的な力で械獣の装甲を叩き斬る機械大剣。


 唯は改めて、嶺華を敵に回したくないと思った。

 械獣分析担当のオペレーター・紫村であっても、今回ばかりは降参らしい。


「そんな化け物とどうやって戦うんです? ただの械獣程度なら、赤子の手をひねるようにぶった斬る奴ですよ」


 紫村の愚痴に対し、司令室が沈黙する。

 唯だって、対策と言われても困る。


「…………」


 対策会議はこれにて終了かと思われた時、1人の男が手を挙げた。

 AMF補佐官・岡田だ。


「一つ試してみたいことがある」


 彼の懐から机上に置かれたのは、1冊の資料。


 唯はまた適当な作戦案でも書いてきたのかと思ったが、数枚のコピー用紙を束ねて作られた冊子はやけにボロボロだ。

 まるで、何年も昔に作った資料を引っ張り出してきたかのよう。

 赤い「極秘」の判と共に、表紙に記載されていた文字は。



「『V-105』取扱説明書?」



 少なくとも、唯はその単語に聞き覚えは無い。


 しかし、表紙を見た美鈴と佐原は明らかに動揺していた。


「これは…………」

「おい! これをどこから見つけてきたんだ?」


 佐原に問い詰められても、岡田の飄々とした態度は変わらない。


「ちょっと倉庫を整理していたら、たまたま見つけたんですよ」

「AMFのデータベースからは完全に削除されているはずだが?」

「ご安心ください。我が技術班の精鋭の手により、既に現物も生成済です」

「はあ……その行動力には脱帽するよ」


 呆れたようにため息をつく佐原に対し、自信満々に胸を張る岡田。

 ピンと来ていないオペレーター達は首を傾げるばかりだ。


 唯も会議に置いていかれないよう質問してみる。


「『V-105』って一体何なんです?」

「フッ、無知な神代のために説明してあげよう」


 鼻高になった岡田は軽快に端末を操作。

 すると、司令室にある大型モニターに数枚の写真が投影された。


 写っていたのは、ガラスの試験管。

 ゴム栓でしっかりと密閉された試験管の中は、白く濁った液体で満たされている。


「V-105は対人特化型の疑似ウイルス兵器だ」


「疑似ウイルス?」


 早速理解できない唯に対し、美鈴が顔を曇らせながら解説してくれた。


「免疫系に干渉する毒のようなものね。

 呼吸器や傷口から体内に入ると短時間で発症。

 発熱、全身の痛み、血中酸素濃度低下による呼吸困難や意識の混濁。

 危険な感染症に似た症状が出て、最後は死に至るわ」


「それってつまり、『化学兵器』ってことですか!?」


 驚く唯の反応を無視し、岡田が説明を続ける。


「もともとは医療班の暇人が趣味で作った代物だ。アームズ装者の反乱が起きた場合に制圧や尋問に使えるとな」


「実際にはアームズ装者の反乱なんて起きなかった…………それに、生物ではない械獣相手には全く効果が無いわ」


「しかも悪用されないよう厳格に管理しなきゃならん。やたら管理コストが高いんで、開発計画ごと凍結したはずだ」


 忌々しそうに補足する美鈴と佐原。

 特に費用対効果を重視する佐原ならば、凍結は当然の判断だろう。


「司令や陣内補佐官のおっしゃる通り。しかし、相手がカミナリ装者なら話は別です」


 岡田が力強く指差したのは、大型モニターで躍動する嶺華の姿。


「神代が奴と遭遇した時、奴は声帯で声を発していた。ということは、我々と同じ呼吸が必要ということだ」


 まるで未知の生物のような言い方に、思わず突っ込んでしまう唯。


「嶺華さんは人間だと思いますけど」


「それはまだ分からんだろう。だが呼吸をする生物ならば、V-105が効く可能性は高い」


 岡田の意図を理解した唯は、ゾッとするような悪寒を感じた。


「まさか、その兵器を嶺華さんに使う気ですか!?」


「そうだ。V-105希釈液を搭載した特殊な爆弾を炸裂させ、奴の周囲に発生した霧を吸い込ませるという作戦だ」


 説明を聞いた紫村が納得したように頷く。


「いかに強力な次元障壁でも、空気まで遮断しているとは考えにくい……確かにこの作戦なら、カミナリ装者を攻略できるかもしれません」


「そういう問題じゃないでしょう! 化学兵器を使うなんて、ダメに決まってるじゃないですか!」


 作戦実行に傾きそうになり、慌てて否定材料を探す唯。

 美鈴も同調してくれた。


「私も反対だわ。そんなものを街中で使ったら、一般市民にどれだけ被害が出るか分からないもの」


「その通りです! いつからAMFはバイオテロ組織になったんですか!?」


 大体、V-105が装者制圧用に開発されたという話も許せない。

 万が一そんな兵器が運用されていたら、唯に使用されていたかもしれないのだ。

 械獣と戦うだけでも命懸けなのに、同じ人間に害されるなんて考えたくもない。


「嶺華さんは私たちが知らない有益な情報を沢山持っています。まずは対話や交渉から始めませんか?」


「対話だと? はッ、どの口が言う。お前が無能なせいで何も情報を聞き出せてないから、この案を出してるんだろうが!」


 岡田の蔑んだような口ぶりに、唯は唇を噛むだけだ。


 ここで佐原が口を挟んだ。


「岡田補佐官。この作戦は奴を生け捕りにするということか?」

「もちろんです。神代の言う通り、彼女の持つ情報は必要ですから。作戦が成功すれば、弱った彼女から色々と情報を聞き出して見せましょう」

「なるほど。……陣内補佐官、V-105散布の影響は。あと、事後処理はどれくらい手間がかかる?」


 腕を組んだ佐原は、今度は美鈴に質問。


「本気? 逃げ遅れた市民が霧を吸い込んだ場合、死傷者が多数出るはずよ」

「私はいつでも本気だが」


 佐原に凄まれ、渋々といった顔で回答する美鈴。


「…………散布後のV-105の無毒化だけなら、希釈液と同じように中和剤の霧を散布すればいいわ。48時間後には無毒化されるはずよ」


「つまり、市民の避難が完了した後に希釈液を散布すれば、大した問題はないというわけだな」


「まさか司令……」


 唯の意見など聞かれないまま、佐原の口から作戦が告げられる。


「では、市民の避難完了後という条件で、岡田補佐官の作戦を採用する。爆弾と中和剤の生産に着手せよ」


「了解しました! 技術班の総力を挙げて、今日中には準備を整えてご覧にいれましょう!」


 満面の笑みで敬礼した岡田は、颯爽と司令室を出ていった。


「司令! どうしてこんな没兵器の復活を許したんですか!」


 今からでも作戦を取り消してもらうべく、声を荒げて詰め寄る唯。


「残念だが、お前の活躍が乏しいせいで、ここのところ我々は戦果を挙げられていない。本部からは関東第三支部の予算を減らす案まで出ている。挽回するには、手段を選んでいる場合ではないのだ」


 佐原の冷たい目は、AMF本部からの評価しか見ていない。

 倫理観も、街の人の安全も後回しだ。


「美鈴さんはそれでいいんですか!?」


「私もV-105の使用は反対よ。……でも、この支部の予算を守ることも必要だわ。予算がなければ唯ちゃんの治療もできないもの」


「そんな……」


 頼みの綱だった美鈴が折れてしまい、唯はいよいよ頭を抱えた。


 この作戦は確実に嶺華を傷つける。

 成功しても失敗しても、嶺華はAMFに対して敵意を抱くだろう。

 失敗した場合、無人戦車隊を破壊した時のようにAMFを襲うかもしれない。


「(どうすれば止められる……どうすれば……)」


 思考を巡らせたとて、唯には作戦会議をひっくり返す程の発言力は無い。

 己の無力さが悔しい。



 唯が俯きながら待機部屋に向かおうとした時、司令室に警報が鳴り響いた。



「木並地区で空裂反応を観測!」



 青柳の叫びと共に、司令室の空気が豹変。

 唯を除く隊員たちは素早く自席に着席し、械獣と対峙する体制を整える。

 ちなみに唯の席は無い。


「例の龍型械獣か!?」

「分かりません! 偵察用ドローンが急行中です!」


 青柳がドローンを飛ばすよりも、紫村が民間のカメラを接収する方が早かった。


「近くの監視カメラにアクセスできました! カメラ映像、受信開始します!」


 大型モニターに映し出されたのは、コンビニエンスストアの駐車場と思わしき場所だ。

 完全店員レスとなったコンビニでは閑古鳥が鳴いている。


 画面の端、空きだらけの駐車場の隅に、宙に浮かぶ亀裂が生じているのが確認できた。


 短時間でどんどん広がっていく亀裂。

 駐車場を飲み込むほどの大きさまで成長すると、突如として崩壊した。


 穴の向こうからぬっと飛び出してきたのは、太い銀色の腕。


「ッ!?」


 唯は、その腕の形に見覚えがあった。


「偵察用ドローン現着! 上空からの映像入ります!」


 モニターの映像が別アングルに切り替わる。


 そこに映る械獣の姿を見た瞬間、唯は凍りついた。


 全高10メートルを超える銀色の巨体。

 筋肉のような凹凸が隆起する極太の四肢。

 人面を貼り付けたような(いかめ)しい頭蓋。


「ドルゲドス……」


 唯を死の間際にまで追いやった存在。


 異次元の扉から、悪夢が再来した。



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