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第20話 未確認飛翔体迎撃戦III


 カラス型械獣の撃破に成功した唯。


 喜ぶのも束の間、慌てて未確認飛翔体の姿を探す。

 雲の中へと入射していく黒い影はすぐに見つかった。

 しかし、唯との距離は500メートル以上開いている。


「そんな……あれじゃどうやっても届かない!」


 視界の端では、カラス型械獣と同じくバラバラになった輸送機の残骸が落ちていくのが見えた。

 唯を回収できる無人機はもういない。

 もちろん、地上戦向けに設計された式守影狼が飛べるはずもなく。

 体に加わるのは重力加速度のみであった。


 未確認飛翔体を遠目に眺めながら、唯はただ、落ちていく。


「終わりだ…………」


 ぐんぐんと地上が近づき、ビルや鉄塔が肉眼でも視認できるほどになってきた。


 解像度が上がっていく街並みに向かって、一直線に落下する巨大な影。

 着弾時の破壊力がどれほどかは分からないが、街一つ滅ぼすには十分だろう。


 あと少しで、唯の家も、大切な家族の命も、全て失われてしまう。


「嶺華さん……助けて…………」


 唯は憧れの人を思い浮かべながら、奇跡を祈ることしかできなかった。




 ――――――その時、眼下に広がる街並みがステンドグラスのように砕けた。




 広がる亀裂。溢れ出す影。

 街が、大地が、暗闇に覆われていく。


 それは、ただ暗いだけの闇ではない。


 奥底から吹き上がる稲妻。

 嵐のように降り注ぐ流星。


 唯の足元には、煌めく光の湖が顕現していた。


「は………………?」


 空を見上げればいつもの太陽。

 だが、陽光が照らすはずの地表には、極彩色の星空が広がっている。

 敷城市の街並みは、星海のベールにすっぽりと覆われた。


「まさか…………これ全部……空裂…………?」


 あのドルゲドスが開けた巨大空裂ですら、直径は10メートル程度だった。

 しかし、街一つ飲み込んだ大穴の直径は数千メートル級。

 到底現実とは思えず、おとぎ話の世界に落ちていくような感覚だ。


 驚愕に見開かれた唯の目に、さらに信じられないものが映る。


「………………………………なに、あれ」



 星空の彼方から、それは飛来した。


 現れたのは、翼。

 空母の甲板よりも広い銀色の翼膜は、太陽の光を反射して神々しく輝く。


 現れたのは、胴体。

 50メートルを超える雄大な体躯を覆うのは、騎士の甲冑の如き銀の鱗。

 背骨に沿って規則的に並ぶトゲのような装甲は、大型の爬虫類を彷彿とさせる。


 現れたのは、頭。

 恒星のように煌めく瑠璃色の邪眼。

 2本の剛角がそびえ立つアギトには、高層ビルをも噛み砕けそうなほど尖った牙がずらりと並ぶ。


 ゆっくりと天を見上げるその姿は、まるで………………


「ドラ……ゴン……」


 街を覆い尽くすほど巨大な空裂から、あまりにも巨大すぎる龍が降り立った。



 ォォォォオオオオオオオオォォオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!



 大地を震わせる咆哮と共に、龍の口の中に稲妻が集まっていく。

 2本の剛角が鮮やかな紫電を纏う。

 強大すぎるエネルギーに、龍の周囲の空間がガラガラと音を立てて崩壊。

 龍のアギトが天を向き、明滅する光は空の破片をギラギラと輝かせる。



 光が一際明るく輝いた刹那、極太の雷が天を貫いた。

 


 街を覆い尽くす閃光。

 大地を震わせる雷鳴の奔流。

 雲を超え、大気圏を超え、月まで届かんとばかりに伸びる光の柱。

 飲み込まれたのならば、如何なる存在でも消滅する。


 雷の軌跡が見えなくなると、空には雲ひとつ残っていなかった。



 ◇◇◇◇◇◇



「未確認飛翔体……完全に消滅しました!」


 AMF関東第三支部・司令室に集まった隊員たちは、目の前で起きた出来事に騒然としていた。


「未確認飛翔体の次は、巨大ドラゴンか……」


 数々の械獣と渡り合ってきた佐原も今回ばかりは困惑を隠せない。


 敷城市上空に出現した超巨大空裂、その中から現れた高層ビルのような龍型械獣。

 今までの械獣たちとはスケールが桁違いすぎた。


「念のため聞くが、あのデカブツの情報は?」


 声を掛けられた械獣分析担当のオペレーター・紫村もお手上げだ。


「械獣データベースにはありません! AMF設立以来の歴史的瞬間ですよ、今が」


「だろうな。こんな奴がいたら、我々はとっくの昔に滅んでいる」


 佐原の諦観混じりの言葉に、紫村はふと思い当たる。


「昔……ちょっと待ってください。以前、どこかの資料で写真を見たような……」


 そう言うと、彼は慣れた手つきでキーボードを叩いた。


 AMFのサーバ群に蓄積された膨大な資料。

 隊員の日報から新聞記事まで対象に入れ、思い当たるキーワードで片っ端から検索をかける紫村。


 他の隊員たちに見守られながら数十秒後、紫村はあっと声を上げた。


「ありました! 70年前の資料です!」


 紫村は自分のパソコンの画面から、1つのウィンドウを大型モニタに転送した。


「民間の雑誌ですが『雲の向こうに巨大なドラゴンのような影が目撃された』という記事があります。一般人の証言なので、捏造という可能性もありますが」


 記事に添付された写真には、確かに翼を広げて飛行する黒い影が写っている。


「70年前………………暴次元大戦(ぼうじげんたいせん)か」

 

 隊員たちは各々ため息をつき、重苦しい空気が室内に満ちる。


 西暦2300年。

 まだAMFが結成される前、世界中が一斉に械獣の攻撃を受けた戦い。

 後に暴次元大戦と呼ばれる戦争によって、人類は総人口の半分を失った。


 大戦当時の資料は各国の軍隊がバラバラに保管していたため、現在AMFのデータベースに登録されているのはごく一部だ。

 嘘か真か判別のつかない都市伝説のような情報も数多く存在している。


「ふむ……仮に大戦時の械獣だったとして、そんな大昔の兵器がなぜ今更出てきたんだ?」


「我々人類を一気に抹殺するため、敵も切り札を投入してきたのでしょうか……?

 いや、それなら飛翔体を撃墜した理由が分かりません」


「奴らの目的が分からんのは今に始まったことじゃない。

 大事なのは今、目の前にある脅威をどう排除するかだ」


 腕を組んだ佐原に促され、戦況分析担当のオペレーター・青柳が状況を報告する。


「偵察用ドローンによる周辺観測、速報レベルですが完了しました。

 今のところ龍型械獣に動く様子なし。完全に沈黙しています」


 モニターに映る龍型械獣は、光の柱を撃ってからは微動だにしていない。


「停止しているのか?」

「稼働するコアユニットらしきエネルギー反応はあります。

 …………ただ、観測数値に気になる点が」


 青柳が指し示したグラフでは、械獣から放出される熱や電磁波などの様々な観測データが可視化されている。

 比較のため、過去に出現した械獣の観測データを並べてみたのだが。


「龍型械獣の体表には次元障壁の反応がほとんどありません」

「次元障壁が無い?」

「はい、全くの丸裸ということになります」


 AMFが械獣に立ち向かう際、装者に頼らざるを得ない理由は次元障壁の存在にある。

 銃弾もミサイルも、果ては核弾頭すら弾き返す鉄壁の盾を破るためには、同じ次元障壁を持つ装者のアームズが必須であった。

 ところが、龍型械獣にはその盾が無いという。


 共有された観測データを眺め、紫村が仮説を口にする。


「あれだけの巨体ですから、次元障壁で全身を覆うには膨大なエネルギーが必要でしょう。大技を撃った反動で、次元障壁を維持できなくなっているのでは?」

「今なら通常兵器だけで奴を破壊できる、ということか」

「しかし龍型を下手に刺激すれば、手痛い反撃を食らうリスクもあります」

「ふむ……」


 青柳の懸念を揉んだ佐原は、しばし考え込んだ後に判断を下した。


「リスクはあるが、だからといって、奴が復活するのを指を咥えて見ている訳にはいかん…………この機を逃さず奴を仕留める! 無人戦車隊を出撃させろ!」


「了解!」


 司令室の隊員たちが再び慌ただしく動き始める。


「(あの龍型を仕留めることができれば、我々は大勲章ものだろうな)」


 未確認飛翔体のために浪費した戦費を、特大の戦果で取り戻す。

 佐原の小さな呟きには、わずかな高揚が混じっていた。



 天から舞い降りる襲来者に続き、地から昇り来た訪問者。

 騒がしい一日は、まだ終わらない。


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