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第18話 未確認飛翔体迎撃戦I


 晴れ渡る青空の下、甲高いサイレンが鳴り響く。


 7月24日金曜日。

 平日のビジネス街は怒声と悲鳴で騒然としていた。

 スーツを着た営業マンやエプロンを付けたファミレスの店員たちが、我先にと雑居ビルの非常階段を駆け下りていく。

 人々が目指すのは、AMFが各都市に整備した地下シェルターだ。


 今日もまた、騒がしい一日が始まる。



 ◇◇◇◇◇◇



「対衛星ミサイル群、着弾!」


 AMF関東第三支部・司令室。

 詰めかけた隊員たちは、部屋の中央にある大型モニターに視線を集めていた。

 その中でも一番厳しい表情を浮かべているのは、AMF司令官の佐原だ。


「こいつを使う日が来るとはな……」


 佐原は司令室を俯瞰できる特等席に体重を預けながら、急速に減っていく血税を見て頭を抱えた。


 『対衛星ミサイル』は、AMFに配備されている兵器の中でもトップクラスのコストを誇る。

 お値段は、1基で20億円。

 そんなミサイルを4発も使用。

 防衛費を食い尽くす兵器に頼らざるを得ないほど、事態は緊迫していた。


「監視衛星からの映像、回復します!」


 司令室の全員が固唾を呑んで見守る中、大型モニターに戦果が映し出される。


 遥か高空、地表から約200km離れた宇宙空間。

 空気すら無いはずの絶界に、ぽつんと浮かぶ特大異物。


 オペレーターの一人・青柳(あおやぎ)が蒼白な顔で叫ぶ。


「未確認飛翔体…………健在です!」


 司令室に落胆の声が溢れた。


「ハァーーー……」


 大きなため息をつく佐原を横目に、青柳が状況を再確認する。


 監視衛星のカメラが捉えていたのは、真っ黒な円筒形の物体だった。

 直径約50メートル。長さは100メートルを超えている。

 のっぺりとした表面には何の模様も突起も存在しない。

 何もかも不明で無機質な脅威が、宙から地球に迫っていた。


「未確認飛翔体、速度上昇!」


 司令室にいる3人のオペレーターは、自分のキーボードを叩きながら逐次状況を報告していく。

 彼らのモニタ上には、地球の3Dモデルに加え、スーパーコンピュータで計算された未確認飛翔体の落下軌道が点線で描かれていた。

 大気圏外から伸びる放物線が突き刺さっているのは、東洋に浮かぶ島国のど真ん中だ。


「落下予測地点、関東南部で変わらず!」


 隕石が偶然落ちてきた、というのには無理がある。


 明らかな人工物の飛来。

 明らかな敵意の介在。

 何者かが、AMF関東第三支部をピンポイントに攻撃していた。


「作戦を変更。撃墜は諦め、着弾地点を海へ逸らす」


 消沈から回復した佐原が次の一手を指示する。


「しかし、対衛星ミサイルでも軌道が変わりませんでしたが……」


「『T3弾頭弾』を使え。ゼネラルエレクトロニクス社が在庫処分セールをしたがっていただろう。未確認飛翔体の横っ腹に集中攻撃すれば、軌道が変わるかもしれん」


「了解! 第一次迎撃隊の武装を換装!」


 青柳の担当は戦況分析と火器管制だ。

 彼が素早くキーを操作すると、モニター映像が基地の滑走路を映したものに切り替わる。


 滑走路の端には、かまぼこ型の格納庫がシャッターを開いていた。

 中にずらりと並ぶのは、第一次攻撃隊の無人戦闘機たち。

 全自動化されたロボットアームにより、各機の武装が素早く換装されていく。

 僅か30秒で換装作業を終えた無人戦闘機には、オレンジ色のミサイルが搭載されていた。


「ヴォイドファイター各機、T3弾頭弾を搭載完了しました」


 『T3弾頭弾』は、対衛星ミサイルに次いで高い破壊力を持つ兵器だ。

 無人機に搭載できるほど小型である反面、地表で使うと周辺の家屋をまとめて吹き飛ばしてしまうというデメリットを持つ。

 そのため今まで滅多に使われることはなかったが、超高空でなら存分に威力を発揮できるだろう。


 かまぼこ型の格納庫から滑走路へ、5機の無人戦闘機が一列に並んで進み出る。


「第一次迎撃隊、直ちに発進せよ!」

「了解! 第一次迎撃隊、発進!」


 青柳が力強くキーを叩いた直後、無人戦闘機のエンジンに火が入る。

 そのまま一斉に離陸した各機は、一糸乱れぬ編隊を組みながらまっすぐ上空へ。


「ブースター点火!」


 無人戦闘機の機首が天頂を向くと、真下に向かって火柱が噴き上がった。


 第一次迎撃隊のエンジン横に取り付けられているのは、固形燃料式のロケットブースター。

 この装備があれば単独で大気圏を突破できる。

 さらに、短時間ならば宇宙空間での機動戦闘が可能となるのだ。


「未確認飛翔体、進路変わらず」

「第一次迎撃隊、約3分後に接敵と予測!」


 大型モニターに、オペレーター達が転送した落下軌道のモデルが映し出された。

 未確認飛翔体のアイコンに加え、第一次迎撃隊のアイコンが新たにプロットされている。


 2つのアイコンの距離が刻一刻と近づいていく。


 その時、観測数値の変化を見守っていたオペレーターの一人・紫村(しむら)が目を見開いた。


「未確認飛翔体、内部エネルギー反応急上昇! さらに加速します! それにこの観測数値……微弱ですが、コアユニットの反応に似ています!」

「やはり械獣か……」


 腕を組んだ佐原が唸る。


「次元障壁が展開された場合、T3弾頭弾が直撃しても進路を変えるのは難しいと思われます」

「相手が械獣でも、我々にはまだ策が残っている。桃谷! 第二次迎撃隊はどうなっている?」


 佐原は3人目のオペレーター・桃谷(ももや)に声を掛けた。


「こちらも全機T3弾頭弾への換装完了。隊長機には『積荷』の搭載も完了しています」


「直ちに発進準備にかかれ!」

「了解!」


 桃谷は無人戦闘機の編成を確認しながら通信端末にインカムを繋いだ。

 彼女の担当は、装者との連絡係である。



 ◇◇◇◇◇◇



 AMF関東第三支部、無人戦闘機格納庫。

 第一次迎撃隊が飛び去った後。


 かまぼこ型格納庫の屋内では、追加で5機の無人戦闘機が待機していた。

 第二次迎撃隊は大気圏内での戦闘を想定しているため、ロケットブースターは装備していない。


 格納庫のシャッターが開き、5機は順番に滑走路へと進み出る。

 編隊の先頭は、他の4機よりも一回り大きい隊長機。

 その隊長機の機内には、ミサイルとは別の『積荷』が鎮座していた。


 胴体を覆う青い装甲。

 両手両足についた金属の爪。

 犬耳型の頭部アンテナ。


 『積荷』の正体は、式守影狼(シキモリカゲロウ)を纏った唯だった。


「…………重い」


 アームズのシルエットは、いつもの近接戦闘スタイルとは異なる。


 目を引くのは、長さ50cm、直径10cmの赤い必殺兵装。

 式守影狼の切り札・丙型燃焼杭である。

 通常時の携行本数は1本だけだが、今は唯の両腕に1本ずつ接続されていた。

 さらに、背部装甲には『増設弾倉』が取り付けられ、その中には追加で8本もの丙型燃焼杭が搭載されている。

 合計10本の丙型燃焼杭を搭載した式守影狼は、どこからどう見ても過積載。

 その上バランスを崩して倒れないよう、機内の壁にある金属アームでがっちりと固定されている。


 完全に身動きがとれなくなった唯は、腰痛と戦いながらため息をついた。


「なんでこんなことに……」



 時刻は2週間ほど前に遡る。



 ◇◇◇◇◇◇



「『覇龍院 嶺華(はりゅういん れいか)』…………ふざけた名前だ」


「は、はあ」


 6畳ほどの狭い会議室。

 窓を覆うブラインドの隙間から夕日が差し込む。


 そろそろ帰って夕飯の支度をしたいと思いながらも、唯は家に帰れずにいた。

 原因は、灰色のスチール机の向かいに座る男。

 AMF補佐官・岡田(おかだ)の呼び出しであった。


「この『駆雷龍機(クライリュウキ)』とかいうアームズについてゼネラルエレクトロニクス社に問い合わせたが、そんな機体は知らないそうだ」

「そうですか」

「そうですかってお前……この報告書はどういうことだ? 欲しい情報が全然書かれてねえじゃねえか!」


 行儀悪く足を組み、パイプ椅子でふんぞり返る岡田は苛立しそうに紙束を叩きつけた。


 それは、唯が作成した今日の戦闘レポートだ。

 カマキリ型械獣・ジルガッタとの戦い。

 嶺華と別れた後、基地に戻った唯は休む間もなく書類仕事を課せられた。

 腕の痛みを我慢しながらやっとの思いで書き上げたと思ったら、この呼び出しである。


「ちゃんと書きましたよ。カマにチェーンソーが付いてたとか、空気を噴射して高速移動してたとか」

「違う! あの『カミナリ装者』についてだ! 奴の目的は? 所属する組織は? アームズの製造元は?」

「だからそれは言ってなかったって」

「戦闘の後、しばらく2人でいたようだが? 一体何の話をしてたんだ?」

「それはまあ……ちょっとした世間話ですかね?」

「そうか、お前は馬鹿なんだな」


 ため息をついた岡田は蔑んだ目を向けてきた。


 実際、報告書に書いた内容はほとんどジルガッタのことだけだ。

 嶺華のことは名前くらいしか書いていない。

 展望台で嶺華が話してくれた内容は他言無用と念を押されている。

 せっかく心を開いてくれそうになった彼女を、裏切ることはしたくなかった。


 そういう訳で、唯はこのむさ苦しい男の罵声を浴び続けている。


「佐原司令が嘆くのも当然だな。…………まあいい、そんな馬鹿にも良い知らせがある」


 岡田は嫌味ったらしく笑うと、スチール机の引き出しから別の書類を取り出した。


「この私が式守影狼の新しい運用案を考えてやったのだ。感謝しろよ」


「『式守影狼攻撃力アップ案』……なんですかこれ?」


「お前の足りない頭でも理解できるように、この私が特別に説明してやろう」


 唯は見下したような岡田の言い方にイラつきながらも、印刷されたプレゼン資料を捲った。

 やけにカラフルな背景に、太字アンド斜体で強調された文字がすごくダサい。


「今までの式守影狼は、丙型燃焼杭を使う機会が限られていた。なぜなら、丙型燃焼杭は1本しか積めないからだ」


 唯が培ってきた式守影狼の戦闘スタイルは至ってシンプルだ。

 通常攻撃で械獣の次元障壁を削ってから、最後に丙型燃焼杭を打ち込んで破壊する。


「だがジルガッタ戦の中で、お前は丙型燃焼杭をトドメではなく、脚部の破壊に使った。その結果、械獣の機動力は削がれ、カミナリ装者が攻撃するチャンスが生まれた」


 唯は昼間の戦闘を思い出す。

 あの時は嶺華がトドメを刺してくれると信じていたから、躊躇うことなく杭を撃った。


「つまり、トドメ以外の状況で丙型燃焼杭を使用することが、戦術的に有効だと示されたのだ」


 確かに、丙型燃焼杭を複数回も撃てるなら、械獣との戦いが楽になるかもしれない。


「でも丙型燃焼杭は1発限りの切り札でしょ。そんな気軽に使うわけには」


「そこでこの『増設弾倉』だ」


 岡田が資料のページを捲ると、そこに描かれていたのはロケット戦車のように大量の杭を背負った式守影狼だった。


「1本で足りないなら2本、2本で足りないなら3本。要するに、持てるだけ持って撃ちまくればよいということだ。簡単だろう?」


 唯は岡田の脳筋ぶりに目眩を覚えそうになった。


「ちょっと待ってください。丙型燃焼杭を1本しか装備しないのは重量のせいでもあったはずです」


 丙型燃焼杭の質量は1本約10kg。それを10本も背負うなんて生身の人間には不可能だ。

 もちろん式守影狼を纏うことで全身の膂力は強化されるため、背負って歩くことはできるだろう。

 しかし、機動力の低下は避けられない。

 械獣を前にしてのんびり歩いていたら、杭を撃つ前に袋叩きにされてしまう。


「安心しろ。この運用スタイルは真正面から敵に突っ込む訳ではない」


 次のページを捲ると、三角形の編隊を組んで飛ぶ5機の戦闘機が図示されていた。

 三角形の先端には太った機体が描かれ、それを守る随伴機が左右2機ずつ付いている。


「無人戦闘機隊との連携?」

「そうだ。この『CL輸送機』ならば、増設弾倉を装備した式守影狼を高速で運搬できる。

 最高速度マッハ1.2で械獣の背後に接近し、式守影狼を投下。

 械獣が振り返る前に丙型燃焼杭を連打して次元障壁を破り、一気にトドメを刺すというわけだ」


 唯はいきなり空中に放り出される自分を想像した。

 人を爆弾か何かだと思っているのか。


「もし奇襲に失敗したらどうするんですか? のろのろ歩いて敵から逃げろと?」

「そうなったら、いつものように真正面から突っ込めばいいじゃないか。お前の得意な戦い方だろう?」


 そんな状況は想定していないとでも言いたげな岡田。

 唯の危険など微塵も気にしていない。


「ふざけないでください! そんな適当な作戦、認められるはずが」


「作戦実行の判断を下すのはお前じゃない。お前は兵器として、我々の指示に従っていればよいのだ」


「……」


 人でも隊員でも兵士でもなく、兵器。

 装者を道具扱いする岡田の言葉に、唯は絶句した。


「この作戦が成功すれば私の昇進は間違いなしだ。未来の司令には、今から適切な態度を取ることをおすすめするぞ」


「……そうですね」


 面倒臭くなった唯は、もう適当に相槌を打つことだけに専念した。

 自分の評価を上げることしか考えてない奴には何を言っても無駄だ。


 その後も岡田のムカつく話が続いたが、唯は早く帰りたいという一心で聞き流した。



 結局、唯が自宅に帰れたのはすっかり日が落ちた後。

 お腹を空かせて待っていた梓には、申し訳ないと思いつつもカップラーメンを与えた。

 許せ、育ち盛りの妹よ。




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