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第17話 戦う理由


 耳鳴りが収まる頃、唯は恐る恐る目を開いた。

 どうやら自分はまだ生きているらしい。


「……………………っ」


 青々とした芝生は跡形もなく消し飛び、地面には巨大なクレーター。

 式守影狼の次元障壁はとっくにオーバーヒート。

 爆発を至近距離で食らった唯は消し炭のはず。

 しかし、なぜか生きている。


 くらくらする頭を振った時、黄金色(こがねいろ)の髪が目に入った。


「…………無事ですの?」


 唯を見下ろすように立っていたのは、黄金の稲妻模様を抱く龍。


「げほッ……嶺華さん…………」


 咳き込む唯はようやく状況を理解した。

 ジルガッタが爆発する直前、唯の前に降り立った嶺華が、爆風を受け止める盾となってくれたのだ。


「わたくし、おとなしく見ていろと言いましたわよね」


「…………すみません」


「まぁ、その根性は認めて差し上げますわ」


 やれやれという顔で微笑む嶺華。

 てっきり叱られるかと身構えていた唯は、穏やかな態度に胸をなで下ろした。 


「嶺華さん……!」


「あとこちら、落とし物ですわよ」


 嶺華が唯に差し出したのは、さっき手放してしまった式守影狼の短刀。

 ジルガッタとの戦闘中に回収してくれたようだ。


 嶺華の優しさに、目眩がするほどの喜びを覚える。


「ありがとう、ございま……痛ッ!」


 立ち上がろうとした唯だったが、痺れるような痛みに顔をしかめた。

 ズキズキする腕に目をやると、滲んでいたのは真っ赤な血。

 腕部装甲の下では、ジルガッタのチェーンソーにやられた傷がザックリ開いてしまっている。


「はぁ……仕方ありませんわね。ちょっと待っていてくださいまし」


 ため息をついた嶺華は、機械大剣の先端で軽く地面を叩いた。

 瞬く間に2メートルほどの亀裂が出現。

 すると、嶺華はすたすたと空裂の中へと歩いていってしまった。


「?」


 唯は首をかしげつつ、式守影狼を納刀した。

 刀身がカチリと鞘に収まると、青い装甲の連結がたちまち解除される。

 唯の体から分離した装甲は毛布をめくるように空間を歪ませ、僅かに開いた空裂の隙間に吸い込まれていった。

 異次元空間を通って基地に帰った装甲を見送ると、全身からどっと疲れが溢れ出す。


「はぁーーーーーーーー」


「あら、心肺機能は問題なさそうですのね」


 唯が長い息を吐き終えた所で、嶺華が戻ってきた。


 アームズを纏っていない代わりに、古びた革のカバンを抱えている。

 いや、持ち物以前に。



「嶺華さん……私服かわいいですね!!」



 唯は、嶺華の格好を見るや否や叫んでいた。


 漆黒のドレスに厚底ブーツを履いたゴシックスタイル。

 まるでどこかの貴族のお嬢様のよう。

 金色(きんいろ)の鞘に納まった機械大剣を背負っているのがシュールだけど。


「じっとしててくださいまし」


 嶺華はカバンを開くと、中から消毒液と白い包帯を取り出す。

 持参してきたのは応急箱のようだ。


「沁みますわよ」

「は、はい……痛っ!」

「我慢してくださいまし」


 唯の腕に消毒液をさっと垂らし、黙々と包帯を巻いていく嶺華。


「あっ……」


 目の前にずいっと近づいた横顔を、唯はまじまじと見つめてしまう。

 長い睫毛と整った顔立ち。

 黄金色に輝く髪からは、柑橘系の果実のようないい匂いがした。


「これでよし、ですわ」


 包帯を巻き終えた嶺華は慣れた手付きで端を縛る。


「(嶺華さん……イケメンすぎる…………)」


 唯が恍惚とした表情で魅入っている間に、応急措置が終わった。


「それでは、わたくしはこれで失礼しますの」

「ちょ、ちょっと待って!」


 再び空裂の中へ消えようとした嶺華を、3度目の正直とばかりに引き止める唯。



「少しの時間だけ、付き合ってくれませんか」



 ◇◇◇◇◇◇



 玉木公園の奥、2階建ての木造展望台。


 手すりには所々黒い煤がついているものの、械獣の攻撃による被害は免れていた。


「まあ! 素敵な景色ですわ!」

「私のお気に入りの場所なんです」


 展望台の手すりから身を乗り出した嶺華は、眼下に広がる街並みを興味深そうに眺めている。


「(よおっし!!)」


 心の中で歓声を上げる唯。

 ついに嶺華と二人きりで話せる時が来た。

 この機を逃すまいと、予め考えておいた質問を試みる。


「嶺華さんって、最近この街に来たんですか?」


「ええ。ですからわたくし、街のことはあまり詳しくありませんの」


 まず唯は、『カミナリ械獣』と嶺華の関連性を確かめようとした。

 唯の住む敷城(しきしろ)市でカミナリ械獣の噂話が出始めたのは、1ヶ月ほど前からだ。

 カミナリ械獣の正体が嶺華なら、新参者という証言と辻褄が合う。


「今は住んでるってことですよね。嶺華さんの家ってどの辺なんですか?」

「この街に住んでいる訳ではありませんの」

「へぇ……じゃあ隣街とかから来てるんですか?」


「それは秘密ですわ」


「あっ! そ、そうですよね……」


 真顔で回答拒否した嶺華に、唯は慌てて相槌を打った。

 いきなりどこ住みかを聞くのはまずかったか。


 こういう時は、まず自分のことから話すべきだろう。


「私が住んでる家は、あのでかいビルの近くです。この公園まではギリギリ歩ける距離なんですよ」


 でかいビルとは勿論、AMF関東第三支部のことだ。


「ふーん。あの塔、なんだか偉そうで不快ですわね。あそこだけ景観を損なっていますもの」

「あはは……」


 基地を見た嶺華の反応はいまいち。

 彼女の言う通り、住宅街の近くにいきなり地上10階の巨大施設がそびえ立っているのは変かも。

 建設当時、周辺住民と揉めたことが容易に想像できる。


 唯も好き好んで職場の近くに住んでいる訳ではない。

 械獣が出れば夜間でも即出勤しなければならないので、いつでも帰れる場所に家を用意してもらったのだ。


「わたくしは、あのくらいの高さが限度だと思いますわ」


 嶺華が指差した建物は、唯の母校・藤乃台(ふじのだい)高校の校舎だった。


「あれは私が通ってた高校ですね。今は妹が通ってます」

「高校……義務教育を終えた子供が高等教育を受けるための施設、でしたかしら」


 辞書を引いたような言い方をする嶺華に、唯は首を傾げる。


「嶺華さんだって高校は卒業してるんですよね?」


 嶺華の学歴は知らないが、梓よりは年上に見える。


 だが唯の質問に対して、予想外の答えが返ってきた。



「わたくし、高校どころか学校なんて行ったことありませんわ」



「ええっ!?」


「何か問題がありますの?」


 常人ならざる存在だと思っていたが、そこまで俗世から離れていたとは。


「問題はないですけど……嶺華さんって今何歳なんですか?」

「乙女に年齢のことを聞くのはタブーですわよ」

「ごめんなさい!!」


 地雷を踏み抜いた唯は全力で謝った。


 改めて嶺華の顔を見ると、目線の高さは唯と同じくらい。

 今の嶺華は厚底ブーツを履いているから、素の身長は唯の方がやや大きいか。

 それにしても学校に行っていないとは。

 相当特殊なご家庭で育たれたに違いない。


「ところでさっき気になったんですが、嶺華さんの名字って『覇龍院(はりゅういん)』で合ってます?」


 つい先程、唯を助けてくれた時に大声で名乗っていた。

 珍しいというか、そんな格好いい姓は聞いたことがない。


「ええ、わたくしの姓ですわよ」

「すごいですね……嶺華さんの高貴な感じにピッタリといいますか」

「わたくしが考えたのですから当然ですわ」


 自慢げに胸を張る嶺華。


「って、本名じゃないんですね……」


 俳優が活動する時の芸名みたいなものだろうか。


「本名なんて知りませんもの」

「お父さんやお母さんの名字、じゃないんですか」

「知りませんわ」


 嶺華は、大して感情の篭っていない声で、平然と言った。



「だってわたくし、家族いませんもの」



 唯は、次になんと声を掛ければいいか分からなかった。


 一瞬だけ。

 嶺華の顔が、寂しそうに歪んだような気がしたから。



 ◇◇◇◇◇◇



「そんなにわたくしに興味がありますの? …………まあ、無理に隠す程のことではありませんし、特別に教えてさしあげますわ」


 展望台の手すりに寄りかかった嶺華は、淡々と話し始めた。


「わたくしはずっと暗い所にいましたの。

 朝も昼も夜もない、本当に何も無いだけの暗闇で一人。

 ときおり通りかかるのは、不気味な光の奔流だけ」


「それって……」


「わたくし、空裂の中で育ちましたの」


「!?」


 唯は驚きに目を見開いた。

 外国育ちとかいうレベルではない。

 もはや地球人と呼べるのかさえ怪しかった。


「わたくしは、暗闇の中でひたすら戦い続けましたわ。

 来る日も来る日も戦って、戦って。

 誰に指図される訳でもなく、一人で剣を振るいましたの。

 自分が何のために戦っているのかも分からずに」


 孤独すぎる戦い。

 それがどれほど凄惨なものか、唯には到底想像できない。


「けれど、この星に降りた時から、わたくしは変わったのですわ」


 嶺華は燦々(さんさん)と輝く太陽を見上げた。


「初めてこの陽光を浴びた時……それはそれは感動しましたの。

 感動で涙が止まりませんでしたわ。

 どこまでも続く青い空、ゆっくりと流れる白い雲、風になびく緑の木々。

 ……わたくしの知らない世界には、こんなにも美しい景色があるなんて」


 背中まで伸びた黄金色の髪が、暖かな日差しを浴びて輝く。


「ですから、この星が野蛮な械獣共に汚されるのが許せませんの。

 この色鮮やかな景色を守るために、わたくしは戦う。

 それがわたくしの使命だと確信したんですわ」


「それが嶺華さんの戦う理由……」


 スケールが違いすぎた。

 この街すら守りきれない唯とは比べ物にならない。

 確かに嶺華の実力があれば、星を守るなんて絵空事じゃないのかもしれないが。


 すると今度は、嶺華が唯に問いかけてきた。


「唯さんは、何のために戦うんですの?」


 昨日までの唯なら、曖昧に誤魔化していただろう。

 だが、今日の唯は迷わずに答えられる。


「それは……家族のためです」


「家族のため?」


 眉をひそめる嶺華に怖気づくことなく、唯は語った。


「械獣に脅かされる市民を一人でも多く助けたい、って気持ちもあります。

 でもそれは、嶺華さんとか、私より強い人がいればいい。

 私なんて必要とされてないと思ってました」


 実際、ドルゲドスの前には手も足も出なかった。

 今日戦ったジルガッタだって、嶺華がいなければ簡単に負けていただろう。


「けど、梓は……私の妹は、私が装者であることに意味があると言ってくれた。

 私を信じてくれる家族がいる限り、私は応えたい。

 だから、どんなに嶺華さんが強くても、私は装者を辞める訳にはいかないんです」


 嶺華と比べて小さすぎる理由に、呆れられてしまうだろうか。


「…………そうですの。理解しましたわ」



 唯の答えを聞いた嶺華は、ぺこりと頭を下げた。



「先程、唯さんのことを足手まといと申し上げたのは訂正いたしますわ」


「え……!?」


 唖然とする唯に対し、顔を上げた嶺華が優しく微笑む。


「わたくしに家族はいません。

 それでも、守りたいもののために戦う、というのは唯さんと同じですわ」


「嶺華さん……!」


 嶺華の言葉を聞いた唯は、感激に打ち震えた。


 憧れの存在が、自分と同じと言ってくれた。

 自分を認めてくれた。

 そのことがとてつもなく嬉しくて、胸の奥が熱くなる。


「私達同じです! だからもっとお話しましょう!」

「ふふっ、唯さんったら表情がころころ変わりますのね。面白いお方ですわ」

「えへ、そうですか?」


 嶺華に可愛がられているようで、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 興奮した唯はそんな恥じらいをも飲み込み、次の話題を探す。



 その時、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「お姉ちゃーーーーーん!!!」


 公園の入口から走ってくるのは、唯の大切な家族。


 梓の姿を見た嶺華は、背中の機械大剣を掴んだ。


「今日はこの辺りで失礼しますの。

 唯さん、本日は素敵な場所を教えていただき感謝いたしますわ」


 嶺華が鞘に納まったままの刀身を軽く振ると、再び空裂が出現する。

 今度こそ異次元空間の中に帰るようだ。


「やっぱり、私たちと一緒に来てもらうってのは駄目ですか? 基地に来ていただければ、お茶くらい出しますよ」


 ダメ元で引き止めようとした唯だったが、嶺華は首を横に振った。


「お断りしますわ。前にも言った通り、わたくしはあの組織を信用していませんの。わたくしの身の上話も他言無用でお願いしますわね」

「わ、分かりました……」


 そこは譲れない線引きがあるらしい。

 何故AMFを避けようとするのか、嶺華とAMFとの間でどんな因縁があるのか、唯には知る由もない。


 だが、他言無用の話を唯にだけ教えてくれたのだ。

 嶺華も少しは唯に心を開いてくれたのかもしれない。


 唯は勇気を出して、もう一歩だけ踏み込んでみた。


「あの、じゃあ二人きりで会うのはいいんですよね?」

「何ですの?」


 首を傾げる嶺華に、精一杯の提案をする。


「もしまたお会いする機会があったら、今度は私の家に来ませんか? 

 もちろんAMFには秘密で! 助けて頂いたお礼ってことで、美味しいご飯作りますから」


 美味しいご飯、と聞いた嶺華はぴくりと肩を震わせた。


「……まあ、そのくらいなら行ってあげてもいいですわ」


 なんとオッケーが出た。

 またしても脳内ガッツポーズの唯。


「やった! 約束ですよ!」

「約束……ふふ、楽しみにしていますわね」


 そう言うと、嶺華は空裂の中に歩いていった。


「では、ごきげんよう」

「はい! また今度!」


 嶺華がひらひらと手を振った直後、空裂が閉じる。


 去り際に見えた嶺華の口角は、かなり上がっていたように見えた。



 ◇◇◇◇◇◇



 数秒後、梓が息を切らせながら展望台の階段を駆け上がってきた。


「はぁっ、お姉ちゃん! はぁっ、はぁっ、大丈夫!?」

「梓! もう基地から戻ってきたの?」

「お姉ちゃんが心配で、連絡要因として近くに待機してたんだよ」

「そっか……ありがとね」


 梓は危険な戦場から逃げずに留まっていてくれたらしい。

 自分を想ってくれる家族がいることに、唯は改めて感謝した。


「そんなことより、さっきここに誰かいたでしょ!」

「えっ」


 嶺華の空裂は何もなかったかのように消失している。

 しかし、梓の目は誤魔化せなかったらしい。


「もしかして、またあの『カミナリ女』?」


『カミナリ女』という呼称は初耳だったが、一旦スルー。


「うん、そう。今まで嶺華さんと話してたんだけど、もう帰ったよ」


「何の話をしてたの?」


 いつになく真面目な表情で聞いてくる梓。


 嶺華のことについて、梓にどこまで話していいのか迷う。

 他言無用と言われたのだから、梓にも黙ってないといけないのかな。

 でも梓に隠し事をするのは心苦しい。


「えーっと……」


 煮え切らない唯に対し、梓は声を荒げた。


「お姉ちゃん! あの女は敵かもしれないんだよ! 

 それなのに二人っきりになるなんて危機感無さすぎ! 

 お姉ちゃんがいなくなったらわたし、死んじゃうんだからね!」


 どうも梓は、嶺華にいい印象を持っていない。

 命の恩人なのに。


「嶺華さんは敵じゃないよ。ほら」


 唯は包帯の巻かれた腕を見せた。

 傷の手当をしてくれたのが嶺華だと知ったら、梓の態度も変わるはず。


「お姉ちゃんまた怪我したの!?」

「これを嶺華さんが……」


「まさか、あの女にやられたの!? 許せない!!!」


 ものすごい誤解をされてしまった。


「いや違うって」


「とにかく、急いで基地で見てもらわないと! 自力で歩ける!?」 


 説明する隙なし。

 梓は完全に、嶺華のことを仇だと思い込んでしまった。


「(この子、全然人の話聞かないな…………)」


 鬼気迫るほど取り乱した梓に引きずられ、展望台から降りる唯。



 結局、犯人が嶺華ではないと納得させるまでに3日かかった。

 


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