第16話 弱者の意地
前門のミサイル、後門の未知。
呆然と立ち尽くす唯に向かって、ジルガッタの胴体から一斉にミサイルが放たれる。
360度どこへ跳躍しても回避は間に合わない。
「そんな……」
行き詰まった絶望感と死の恐怖。
万事休す。
その時、透き通るような声が聞こえた。
「伏せてくださいまし!!!!」
「ッ!」
唯が反射的に倒れ込んだ直後、粉々に砕け散る空裂。
割れた世界の隙間から、雷が薙ぎ払われた。
ヘッドスライディングの格好でうつ伏せになる唯。
真上では数多のミサイルが迎撃され、閃光と共に散っていく。
爆風の前に降り立つ影。
黒と白を基調とする刺々しいアームズ。
気高き龍の装甲は、黄金の稲妻で彩られていた。
◇◇◇◇◇◇
「覇龍院嶺華、参上ですわ!」
龍を纏う少女が機械大剣を振り抜く。
迫り来る爆風は空間ごと捻じ曲げられ、大地にひれ伏した。
「『参上ですわ』……ふふっ、一度言ってみたかったんですの」
無邪気に笑う少女。
唯の前に、三又爪の生えた竜脚装甲が踏み出される。
「嶺華さん!!!!」
「あら唯さん、ごきげんよう。またまた大ピンチのようですわねぇ」
機械大剣を軽々と担ぐ嶺華は鋼鉄のスカートの端をつまみ、お淑やかにお辞儀する。
その可愛らしくも神々しい佇まいに、唯は感涙を流した。
「まさか私を助けに来てくれたんですか!?」
「いえ別に。貴方のために来たわけではありませんけれど」
「そ、そうですよね……」
自分で言ってみて項垂れる唯。
助けてもらう理由は無いので当然なのだが。
「それにしても、唯さんを見張っていて正解でしたわね……こうして獲物に出会えたのですから」
「私を見張る? どこから見てたんですか?」
偵察用ドローンでも飛ばしていたのだろうか。
辺りを見回すが、カメラの存在は確認できなかった。
「話は後ですわ。この美しい緑を汚す愚か者を、早急に切り刻んでしまいませんと」
「はい! 嶺華さんが一緒に戦ってくれるなら百人力です!」
唯は意気揚々と立ち上がった。
憧れた少女と初めて並び立てる。
喜びと興奮が湧き上がる。
だがそんな唯に対し、嶺華はスッと手を出して制止してきた。
「手出しは無用ですわ。ここからは、わたくしの狩りですの」
「私も戦います! 今日は万全の状態ですから!」
「…………何か勘違いをしているようですけれど」
目を細めて微笑む嶺華は、あっさりと言い放った。
「足手まといだと言ってますの。唯さんはおとなしく見ていてくださいまし」
「え……」
反論は、できなかった。
ドルゲドスを瞬殺した嶺華なら、どんな械獣でも一人で倒せる。
唯が隣に立っていようがいまいが、嶺華の勝敗に関係なし。
むしろ邪魔。
理解はできても、面と向かって言われると凹む。
がっくり肩を落とす唯を尻目に、嶺華は悠然と機械大剣を構えた。
背部ユニットの龍翼が展開し、機動戦闘態勢に移行する。
「いきますわ! せアァーー!!」
焼けただれた芝を蹴り上げた嶺華は、先手必勝とばかりにジルガッタに突っ込んでいった。
蠢動する龍翼が跳躍のエネルギーを水平方向の推進力に変換。
突進の勢いをそのまま乗せ、機械大剣が振り抜かれる。
ドルゲドスと同様、この械獣も即解体だろう。
しかし、轟速の剣筋は空を切った。
「!?」
木陰で観戦していた唯の目には、ジルガッタの姿が突然かき消えたように見えた。
辺りを見回し、カマキリ型の姿を探す。
すると、遥か前方に鎮座する巨体が見つかった。
嶺華との距離はおよそ20メートル。
同じくジルガッタを再補足した嶺華は、竜脚装甲を地面に突き立ててブレーキをかける。
「ほう? わたくしの攻撃を避けるとは、いい度胸ですわ!!」
ギロリと睨みつける少女。
その視線の先で、ジルガッタがミサイルハッチを開く。
嶺華が大剣を構えると同時、3発のミサイルが放たれた。
ミサイルは白煙を噴きながら散開。
左右と上方から少女に迫る。
対する嶺華はミサイルの弾道を躱すように、ジルガッタ本体に向かって飛翔した。
ミサイルを無視し、本体を叩くつもりだろう。
だがミサイルは突然軌道を変えると、嶺華の直上で起爆。
まるで、嶺華の動きを予測していたかのようなタイミングだ。
爆風と共に無数の金属片が撒き散らされる。
生身の人間ならば蜂の巣にする死の雨を、真正面から浴びてしまう嶺華。
「嶺華さん!!?」
ゾッとした唯はつい叫んでしまったが、すぐに安心する。
白煙の中から現れたのは、にやりと笑う嶺華の姿だ。
黒鉄のドレスには傷一つ付いていない。
「面白い手品ですのねッッッ!!」
再び弾丸のように駆け出す嶺華。
ジルガッタ目がけて急速接近し、居合の要領で機械大剣を斬り上げる。
しかし、嶺華の一撃はまたしても空を切った。
大剣が届く寸前、ジルガッタが驚異の加速で離脱したのだ。
「なにその動き!? 反則でしょ!」
唯は械獣の動きに面食らいながらも、その巨体を目で追った。
青く明滅する胴体下部。
ジルガッタの後足付近では、芝の絨毯が激しくなびいている。
どうやら足の先端から圧縮空気を噴射しているようだ。
足の役割は、瞬発的な推進力を与えるブースター。
唯が瞬きする間に、10メートルの巨体が高速移動を繰り返す。
「ははッ! わたくしから逃げられると思っておいでですの? 甘いですわぁ!!!」
嶺華は2度も攻撃を避けられたにも関わらず、余裕を崩さない。
逆関節副脚による跳躍を織り交ぜながら、次々と大剣突撃を繰り出していく。
推進力の向きを自在に操る駆雷龍機は確かに速い。
だが、ジルガッタの移動速度はさらに上を行っている。
胴体を浮遊させ、地面との摩擦を持たないジルガッタ。
4本の後足の向きを精密に制御しながら圧縮空気を噴射することで、前後左右へ瞬時に加速する高速移動を実現していた。
加えて、高速移動の直後は必ずミサイルを放つ。
いかに堅牢な次元障壁を誇る駆雷龍機でも、ミサイルの爆風を受ければ疾走の勢いは止まってしまう。
ジルガッタへ一直線に駆ける嶺華だったが、進路を塞ぐよう的確に制御されたミサイルに対し、立ち止まって迎撃のアクションを取らざるを得ない。
その間にジルガッタは圧縮空気の噴射準備を整え、次なる高速移動を行う。
装填、移動、発射。
装填、移動、発射。
繰り返されるいたちごっこが続く限り、嶺華の剣がジルガッタに届くことはない。
「ちィッッ!! 小賢しい、小賢しいですわ!!!」
下品に舌打ちした嶺華は、苛立たしそうに追加のミサイルを斬り払う。
◇◇◇◇◇◇◇
悶々と眺めているだけの唯は無力感に苛まれていた。
「(足手まとい、か)」
嶺華に言われたことが心の中でリフレイン。
だがその時、頭に浮かんだのは梓の言葉。
『お姉ちゃんが装者であることに意味があったんだよ』
唯は、嶺華のように強くない。
ジルガッタと1対1で戦っても勝ち目はないだろう。
それでも。
「(…………私にだって。できることが、ここにいる意味があるはず!)」
見ているだけは嫌。
何とか嶺華の力になりたい。
茂みの陰に隠れながら、唯はジルガッタの動きに目を凝らした。
「(なにか攻略法は……)」
嶺華をあざ笑うかのように反復横跳びを繰り返すジルガッタ。
しばらく観察していた唯は、あることに気が付いた。
「(さっきから同じところをぐるぐる回ってる?)」
周囲を雑木林に囲まれたこの公園では、10メートルの巨体が収まるスペースはそれほど空いていない。
前足のチェーンソーで木々を切り倒すこともできるはずだが、悠長なことをしていたら嶺華に追いつかれてしまう。
高速移動のタイムロスを無くすため、木の生えていない領域のみで立ち回っているのだろう。
ジルガッタ自身も逃げ場が無いはずだが、嶺華のスタミナ切れを狙っているのか。
さらに、圧縮空気を噴射する様子から、もう一つの法則に気付く。
「(もしかして、毎回違う足から噴射しているのか?)」
ジルガッタは、移動方向を常に切り替えながらジグザグに動いていた。
逆に言えば、同じ方向に連続して移動することはなかった。
どうやら圧縮空気を噴射した後、もう一度同じ足から噴射するまでには時間がかかるようだ。
唯が数えた所、最短でも高速移動2回分の時間を空けなければ、同じ足は使えない。
4本の後足を組み合わせて移動しているものの、1本1本の可動域は限られている。
そのため、直前に噴射した後足がどれかによって、次の移動方向がある程度予測できた。
「(よし……)」
雑木林の中、姿勢を低くして気配を消す唯。
木の幹に背中を預け、ジルガッタが近づいてくるタイミングを伺う。
待っている間に、式守影狼の右腕に丙型燃焼杭を接続。
「いいかげんにしてくださいまし!」
機械大剣を振り回す嶺華から再び距離を取るジルガッタ。
その巨体が唯の近くまでやってきた。
頭部のカメラは嶺華の方に向いている。
「(今だッ!)」
唯は素早く立ち上がると、ジルガッタの前に踊り出た。
振りかぶるのは右腕の切り札。
今にも圧縮空気を噴射しようとしていたジルガッタの左後足に向けて、赤い杭の先端を押し付ける。
そのままノータイムでトリガーボタンを押し込んだ。
『ヒートストライク』
高速回転しながら射出された杭は、ジルガッタの次元障壁を食い破って炸裂。
鼓膜を震わせる甲高い爆音。
械獣の後足がぐにゃりとねじ曲がり、噴射口が塞がった。
「やった!」
小さくガッツポーズする唯に対し、逆三角形の頭部がぐるりと振り向く。
唯を認識したジルガッタは前足の大鎌を振り下ろしてきた。
「捕まえたッ」
読み通り。
唯は大鎌の付け根を抱え込み、脇に挟むようにしがみつく。
これで械獣の高速移動を止めることに成功した。
しかし、ジルガッタも大人しく拘束されてはくれない。
唯を振り払わんと大鎌のチェーンソーが高速回転を始める。
式守影狼の表層に展開された次元障壁から激しい火花が散った。
青い装甲は悲鳴を上げるように軋み、両腕からチリチリとした痛みが伝わってくる。
「ぐぐぐ…………絶対に……逃さないッ」
網膜プロジェクターに映る次元障壁の残量は恐ろしい速さで減少していった。
60%……50%……40%……。
残量が0になった瞬間、唯の体は八つ裂きにされるだろう。
次元障壁が打ち消しきれなかった斬圧がじわじわと襲い来る。
腕部装甲がミシミシと歪み、腕に激痛が走った。
「うぅぅぅぅ…………!!!」
両腕から血が滴っても尚、唯は大鎌を離さない。
歯を食いしばり、痛みに耐える。
20%……10%……。
式守影狼の腕部装甲にヒビが入った。
引き裂かれた腕の皮膚から血が噴き出す。
「痛ッッッだあああああああああッッッ!!!」
唯が堪らず絶叫した時、チェーンソーの回転が止まった。
それどころか、ジルガッタの大鎌がゴトリと地面に落ちた。
「…………!」
力尽き、仰向けに倒れ込んだ唯。
停止した械獣を見上げ、思わず口元を緩める。
カマキリを模した逆三角形の頭部。
その背後に、龍の少女が降り立っていた。
紫電弾ける機械大剣は、既にジルガッタの上半身を貫いている。
「逃しませんの……」
嶺華は低い声で囁くと、機械大剣の引き金を引いた。
『サンバースト・レイ』
鳴り響く電子音声。
機械大剣の刀身から、光の刃が顕現する。
「ぜあああああああッッ!!!」
嶺華は、ジルガッタの頭から胴体に向けて大剣を振り抜いた。
光刃一閃。
少女の股下を駆け抜ける光が、10メートルを超える弾薬庫を真っ二つに開く。
胴体の断面から覗くのは、両断されたコアユニット。
械獣の中に溜め込まれていた火薬とエネルギーが一気に開放され、大爆発を引き起こす。
拡散する爆風と黒煙の奔流。
真下には、倒れ伏す青狼。
唯の視覚と聴覚は、真っ黒に塗り潰された。