第15話 開演・螳螂大サーカス
唯が装動を終えるのに合わせて、公園に瓦解音が轟いた。
広がる空裂の大きさは、展望台がすっぽりと収まってしまいそうなほど。
崩れ落ちる空間の断片をかき分けて、中から青緑色の巨体が姿を現した。
「うへぇ……」
第一印象は、巨大なカマキリ。
そびえ立つ人馬のような上半身に、小刻みに動く逆三角形の頭。
胸の前に構えた2本の前足は、カマの代わりに銀の直方体に覆われている。
地面から逆三角形の頭部までの高さはおよそ5メートルといった所か。
ドルゲドスには及ばないが、唯が戦ってきた械獣の中では大きい部類である。
だが巨大なのは、上半身だけではない。
「いやいや長すぎでしょ!!?」
上半身の後ろに現れたのは、巡洋艦のように太長い胴体。
亀裂を無理やり押し広げながら、鋼の塊が突き進む。
全身が空裂から引き抜かれる頃には、その奥行きは10メートルにまで達していた。
さらに驚くべきことに、巨大な胴体は地面についていなかった。
ドローンのように、地上30センチメートルほどの高さで浮遊している。
何故これほどの巨体が浮くのかは不明だが、底板から漏れる青白い光が関係していそう。
「こんな奴、AMFの記録でも見たことない……」
胴体側面からは、昆虫のような4本の後ろ足が生えていた。
こちらも浮いている。
カマキリ型械獣は空中で足を漕ぐと、アメンボのように地面を滑り出した。
「ッ!? でかいのに速い!」
ホバリングしながら半円を描く巨体。
唯が逆三角形の頭部を見上げると、複眼のようなカメラと目が合った。
本物のカマキリと同じ位置にある機械の瞳は、正確に唯をロックオン。
太長の胴体からハッチ開閉音が響くと同時、黒い塊が噴進する。
「小型ミサイル!?」
唯は慌てて真横に跳躍。
ミサイルは唯が2秒前まで立っていた地面に突き刺さり、爆音と共に地面を抉った。
カマキリ型の攻撃は1発だけではなかった。
2つ、3つと胴体のハッチが開き、次々と小型ミサイルが発射される。
「動き続けないとまずい!」
唯は背後を取られないよう、カマキリ型の周りを走った。
綺麗だった芝生に次々とミサイルが着弾し、緑の床が黒い土で汚されていく。
「(お気に入りの公園なのに!)」
心の中で悲鳴を上げる唯。
すると、頭部装甲に備えつけられたインカムに通信が届いた。
『こちらAMF司令室。神代隊員、聞こえますか』
「こちら神代! 械獣と交戦中!」
梓がちゃんと連絡してくれたのだろうか。
3発のミサイルをすんでのところで回避しながら、唯は女性オペレーターの声に返事する。
『その械獣はAMFのデータベースに登録されていません。つい先ほど、「ジルガッタ」と命名されました』
「名前なんてどうでもいい! 作戦は!?」
興奮しながら新種の械獣名を考えるオペレーターの顔が思い浮かび、顔をしかめる唯。
知りたいのは目の前の化物を止める方策である。
『これより、無人戦闘機隊による陽動爆撃を行います。械獣の動きが止まったら、一気に攻撃をお願いします』
「了解!」
通信が切れた直後、上空から戦闘機のエンジン音が聞こえてきた。
AMFに配備されている無人戦闘機・ヴォイドファイターである。
5機1小隊の編隊を組み、一糸乱れぬフォーメーションで接近する機体。
精密に制御された各機は全く同じタイミングで底部ハッチを開くと、回転する台座から4発の爆弾を投下した。
さらに、素早く反転。
ジルガッタめがけて急降下しながら、翼の対地ミサイルが放たれる。
爆弾とミサイルの2波同時攻撃。
対するジルガッタはその場から動かず、胴体のミサイルハッチを開いた。
左右に整列したハッチが各列30ずつ。
合計60のハッチが一斉に開く様は、逆さにしたムカデ足のようだ。
「迎撃する気!?」
夥しい数のミサイルが上空に向けて発射された。
天地のミサイルが空中で交差し、突如始まる信管の輪舞曲。
爆発。爆発。爆発。
5機の無人戦闘機はジルガッタから離れるように散開し、爆風を回避。
公園上空では、灰色の粉塵花が大輪を咲かせた。
そして。
白昼の花火大会の結果、AMF側が放った爆弾と対地ミサイルは全て撃墜された。
ジルガッタは無傷。
僅かに届いた爆風も、体表に展開された次元障壁に阻まれている。
「(次元障壁、最大出力………)」
唯はその様子をじっと見ていた訳では無い。
ジルガッタの真下に潜り込みつつ、短刀に濃密な次元障壁を集中させていた。
ミサイルハッチは多数存在するものの、1つ1つのハッチはミサイル装填に時間がかかり、連射はできない。
つまり、大量のミサイルを発射した直後は隙ができる。
「(まずは頭部のカメラを無力化する!!)」
各ハッチがミサイルを吐き終わったのを見計らい、ジルガッタの正面で跳躍する唯。
刀身に120%の次元障壁を乗せた一撃ならば、相手の次元障壁を打ち消しながら一太刀を浴びせられるはずだ。
逆三角形の頭部、その付け根めがけて短刀を振りかぶる。
ジルガッタは直方体の装甲に覆われた前足を掲げた。
ガードのつもりか。
「(ならば前足ごと斬って…………え?)」
唯が短刀を振り下ろす直前、ジルガッタの前足に変化が起きた。
直方体の装甲が一瞬にして開く。
中身が外気に晒される。
「なッ!?」
現れたのは、巨大なチェーンソー。
前足のカマの部分に取り付けられた鋼の刃が、唸りを上げて回転開始。
式守影狼の刀身に触れた瞬間、赤い火花が散った。
「わわッ!??」
刀身を握る手に凄まじいトルクがかかった。
咄嗟に短刀を手放していなければ、唯の手首がへし折られていたかもしれない。
空中でバランスを崩した唯は、械獣の目前で無防備に落下。
着地した唯に向かって死の回転刃が振り下ろされる。
「くッ、式守影狼がッ!」
唯は弾き飛ばされた短刀を横目に、全力疾走でジルガッタから離脱する。
奇襲は失敗。
無人戦闘機隊が作り出したチャンスを失ったどころか、短刀を手放してしまった。
短刀はジルガッタの足元に突き刺さっており、もう一度近づかなければ回収できない。
「どうしよう………」
残された武装は、両手両足の拳爪と背中の丙型燃焼杭のみ。
ステゴロだけでは回転ノコギリの餌食だろう。
鋼の要塞と対峙するには、式守影狼の短刀は必要不可欠だ。
唯が短刀回収の算段を整えるよりも早く、ジルガッタが動いた。
チェーンソー付きの両腕を突き出しながらの突進。
さらに、再装填を終えたミサイルが次々と放たれる。
唯は短刀に構う間もなく、逃げ回るしかなかった。
「まずいまずいっ」
背後から、斬撃と爆発の2面攻撃が迫る。
抉れる地面、焦げる木々。
撃破を諦めて撤退する前に、あの短刀だけは回収しなければ。
式守影狼の短刀は、単体で空裂を生じさせる能力を持つ。
体の装甲と違ってスペアの無い特注品だ。
万が一にも紛失したり、敵に回収されるようなことは許されない。
ジルガッタの方を見ると、その動きは10メートルの巨体とは思えないほど俊敏だった。
浮遊する4本の後ろ足。
その先端が地面に触れる度、巨大な胴体がくるくると回転し方向を変える。
草がなびく様子から、足の先端から空気を噴射しているようだ。
方向転換の合間を縫って放たれるミサイルが、動きの隙を完全に潰している。
「うわッ!!」
脇腹で爆ぜる衝撃。
ついに1発のミサイルを食らってしまった。
爆風に投げ飛ばされ、公園の雑木林の中をゴロゴロと転がる唯。
網膜プロジェクターの表示を確認すると、次元障壁は残り90%。
「(一発で10%はヤバい!)」
なんとか起き上がった唯の前に、ジルガッタの巨体が立ちはだかった。
次々と開く胴体のミサイルハッチ。
照準はもちろん唯一択だろう。
唯は頭をフル回転させて回避ルートを思案する。
残念なことに、遮蔽物は吹けば飛ぶような木々しか無い。
「(避けきれない!)」
1発で次元障壁の10%を消失したのだ。
数十発のミサイルが直撃したら、式守影狼の次元障壁はひとたまりもない。
残量が0%になった瞬間、爆風に飲み込まれて死ぬ。
とにかく1メートルでも距離を稼ごう。
諦めそうになった足を動かし、木々の中へと後ずさりした所で、唯の頭は真っ白になった。
背後から、ガラスの割れるような音。
「……嘘」
ちらりと後ろを振り返ると、中空に浮かぶ一筋の亀裂。
雑木林の奥から、新たな空裂が生じているのが見えた。
バキバキという破砕音を掻き鳴らし、空間の割れ目が広がっていく。
ジルガッタではない、別の械獣が来る。