第13話 曖昧で愛妹な未来
謎の人型械獣・デリートとの遭遇から2日後の朝。
神代家のリビングには久しぶりに唯と梓が揃っていた。
一緒に朝食を食べるのは、唯がドルゲドスにやられて入院した日以来だ。
「お姉ちゃんエナジーが足りない!」
「どういうこと?」
右手首に湿布を貼り付けた梓は、朝からテンションが高い。
「だって、全然お姉ちゃんと2人きりになれなかったんだよ! お姉ちゃんエナジー欠乏症になっちゃうよ!」
「そんな病気は無い。ただの捻挫と打撲でしょ」
唯を助けるためにデリートと戦い、負傷した梓。
基地に搬送して精密検査を受けさせたが、幸いなことに異常は見られなかった。
「もうほとんど痛みは引いたから、全然平気! またいつでも戦いに行けるよ!」
「違うでしょ。あんたは戦っちゃだめなの」
梓は正規隊員にしか使用が許可されていないリミテットリガーを勝手に持ち出し、規律違反の叱りを受けた。
予備隊の調査活動からも外され、現在は自宅謹慎中である。
「美鈴さんは融通きかない人じゃないんだし、次はちゃんと相談してから行動しなさいよ」
「はーい」
本来なら懲戒があってもおかしくなかったが、美鈴のおかげで重罰は免れた。
貴重な戦力である唯を助けるためにやむを得ず持ち出した、と上層部に報告したらしい。
自宅謹慎というのも、怪我の療養を考慮してのことだろう。
美鈴の心遣いを無駄にしないためにも、梓にはしっかり言っておかないと。
「今度また械獣が出ても、無茶はしないこと。
梓は梓のやるべきことをすること。
……お姉ちゃんと約束できる?」
真面目なトーンで伝えると、梓は苦い顔を浮かべた。
基地でこっぴどく叱られたのを思い出したのだろう。
「…………分かった。約束する」
「素直でよろしい」
こくりと頷いた梓の頭を撫でてやると、ぱあっと明るい表情に変わる。
まるで飼い主に会った犬のようだ。
少しは反省しているようだし、ご褒美をあげてもいいだろう。
「じゃあ、出かける準備して」
「お姉ちゃん、どこかいくの?」
「それはね……」
唯はキッチンへ向かうと、ピザの宅配に使うような横長のバッグを持ってきた。
中身は、朝から主婦モード全開で拵えた唯の傑作だ。
「ずっと家の中にいるのも退屈だし、一緒にピクニックでもどうかなって」
「本当? 行く行く!!」
梓が自宅謹慎する一方、昨夜まで基地に缶詰だった唯。
人間の言葉を喋る人型械獣に、謎の装者との再会と、報告のネタには事欠かない。
結局この2日間は報告書三昧で、帰宅する余裕が無かったのだ。
「ここのところ忙しかったし。私を守ってくれた梓も労わないとね」
「お姉ちゃん…………大好き!!!」
「ちょっ!?」
梓は目をキラキラと輝かせながら、踊りだすかの如く唯に抱きついてきた。
がっしりとホールドされた唯は身動きがとれなくなる。
世間一般の家庭がどうかは知らないが、姉妹のスキンシップというのはここまで情熱的ではないと思う。
「(ま、たまにはいいか)」
両親のいない梓が思いっきり甘えられるのは、姉である自分しかいないのだ。
唯だって、梓の温もりにいつも助けられている。
優しく抱擁を返した唯は、そのまましばらく梓の体温を感じていた。
結局、2人が家を出たのは1時間後のことだった。
◇◇◇◇◇◇
吹き抜ける風が木々を揺らす。
暖かな初夏の日差しが、芝生の広場に降り注ぐ。
「ふぅ、着いた」
「ここまで来れば涼しいねー」
唯と梓は汗ばんだ肌をタオルで拭うと、涼やかに凪ぐ緑の絨毯を見回した。
2人がやってきた『玉木公園』は、神代家から歩いて30分ほどのところにある丘陵地だ。
家からここまでの道のりは、ひたすらに坂道。
足腰を鍛えるにはいい運動になるが、これから夏本番ともなれば暑さがしんどい。
「……誰もいないね」
「子供1人くらいはいると思ったんだけど」
公園には遊具など存在せず、だだっ広い芝生を取り囲むように樫の木が植えられている。
地面は全体的に傾斜がついており、フットボールのような球技は向かない。
交通のアクセスは悪く、駐車場も無いので徒歩で来るしかない。
つまるところ、人気が無かった。
「少子高齢化の影響かな?」
「よく分からないけど、2人きりだね!」
朝に引き続き、道中からずっとテンションが高い梓はぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「運動したからお腹すいた!」
「せっかくだし、展望台で食べよう」
横長のバッグを抱えた唯は、公園の隅にある年季の入った建物へと向かった。
林の中にぽつんと立つ展望台は木組みの2階建て。
いつ頃作られたのかは知らないが、唯が物心つく前からあったと思う。
「これ、大丈夫かな?」
錆びた釘が露出した階段に恐る恐る足を乗せる唯。
ギシギシと音が鳴るものの、今すぐ壊れる程ではない。
「お姉ちゃん早くー!」
「気をつけて登りなさいよ」
蛮勇な妹は足元を気にせずに駆け上がっていく。
ちょっと真似できない。
唯はバランスを崩さないよう慎重に進み、なんとか無事に階段を登りきった。
展望台の2階には屋根が無く、木製の椅子と机が1組あるだけ。
雨風で傷んでいるのか、どちらも所々塗装が剥げている。
しかし、そんな些細なことは気にならない。
2人は展望台の手すりから身を乗り出した。
「うーーん。いい天気だなー」
「気持ちいいくらい晴れてるね! 景色もよく見える!」
遮るものが何もない、青空。
眼下に広がるのは、平野に敷き詰められた人々の営み。
住宅街、商店街、高層マンション郡、公園、大型商業施設。
点在する駅と駅が線路と電線で繋がれているのもよく見える。
唯たちの住む敷城市の街並みを一望できるこの展望台は、お気に入りの場所だ。
「ちゃんとテーブルクロスも持ってきたよ」
「いいねいいね!」
赤白チェック柄のテーブルクロスをぼろぼろの机に敷くと、洒落たカフェの座席に早変わり。
バッグを開け、パン屋に置いてあるような籘編みのパンかごを取り出す。
「うわぁ! 美味しそう!」
感嘆する梓の反応を見て、満足げに頷く唯。
パンかごの中には、ラップに包まれた色とりどりのサンドイッチが所狭しと並んでいた。
ベーコン、レタス、トマト、卵、ツナ。
鉄板はもちろん、鯖サンドやアボカドサンドといった変わり種もある。
デザートには、苺やキウイを生クリームで挟んだフルーツサンドをご用意。
これこそ、唯の最高傑作ランチセットなのだ。
「早起きして作ったのよ」
「さっすがお姉ちゃん! 天才主婦! わたしの嫁!」
「それはどうかな……?」
妹を甘やかすだけで嫁になれるなら楽なんだが。
いつもの梓ジョークは風に流し、目の前のご馳走を堪能するとしよう。
向かい合わせに座った2人は仲良く手を合わせた。
「「いただきます」」
唯はまず定番のBLTサンドを手に取った。梓も同じセレクト。
「美味しい!」
1つ1つは大きくないのでぺろりと食べ終えてしまう。
続いて口に運ぶのはツナサンド。
マヨネーズの甘みが、疲れた体に染み渡る。
「このツナサンド、しゃきしゃきしてる! もしかして玉ねぎ?」
「うん、上手くできてよかった」
「なるほど~」
切ったレタスや玉ねぎをそのまま挟んでしまうと、染み出した水分でパンがべちゃっとしてしまう。
キッチンペーパーでよく圧迫し、水気を搾り取ってから挟むのがコツだ。
「やっぱりお姉ちゃんは、料理できるのが素敵!」
羨望の眼差しを向ける梓の褒め言葉に、自己肯定感が上がっていくのを感じる。
「それほどでも。梓もちょっと勉強すればできるわよ」
「わたしはお姉ちゃんがいれば大丈夫! 将来も楽しみだね」
「将来?」
首をかしげた唯に対し、梓は大真面目な顔で言ってのける。
「うん! わたしとお姉ちゃんが結婚したら、毎日愛妻料理を作ってね!!」
またこの子は、おかしなことを言うものだ。
「既に姉として作ってますが」
「それとこれとは別! 奥さんが伴侶のために作る料理にしか含まれない栄養素があるのです!」
「そうですか……」
満面の笑みで結婚生活の展望を語る梓に若干引きつつ、唯は適当に相槌を打っておいた。
…………姉妹で結婚って、ありなのか?