第12話 シスター・イズ・マイン
雷龍の舞踏が終わった。
地上に倒れていた唯は、その威光を呆然と見上げるのみ。
すると、龍の少女がビルの屋上から飛び降りてきた。
重力に逆らわず、唯の目の前で豪快着地。
路面が盛大に砕け散ったが、嶺華は涼しい顔をしている。
着地の衝撃は全てアームズが吸収し、足腰に一切のダメージは無いようだ。
「お怪我はありませんの?」
嶺華は初対面の時と同じように唯を見下ろした。
その整った顔立ちに、思わずドキッとしてしまう唯。
「私は大丈夫です! でも妹が……」
嶺華の美しさに見惚れている場合ではない。
ぐったりと寝転がる梓の肩をそっと叩く。
「梓、大丈夫? 起きれる?」
「…………うぅ……だいじょうぶ……」
のそのそと上半身を起こし、返事を絞り出す梓。
脳震盪からは回復したようだが、基地に戻ったら精密検査を受ける必要があるだろう。
そんな妹の元へ、龍の少女が歩み寄る。
「初めまして、ですわね。わたくしは嶺華と申しますの」
鋼鉄の爪を広げたようなスカートを両手で掴み、ぺこりとお辞儀する嶺華。
上品な立ち振る舞いとは真逆の荒々しいアームズを見て、梓は不安そうな表情を浮かべた。
「……」
「(梓! 挨拶して)」
「え? あ、はい。…………神代梓です」
突然現れてピンチを救ってくれた龍の少女。
彼女の右手に握られた、見たことも聞いたこともない機械大剣。
梓は、驚きを超えて困惑しているようだ。
「(お姉ちゃん、この人知り合い?)」
「(うん。会ったのは2回目だけど)」
「(ほぼ他人じゃん……)」
「(そう言われるとそうなんだけど)」
姉妹でひそひそ話していると、艶めかしい視線が突き刺さった。
嶺華が興味深そうに見つめていたのは、梓だ。
「この方が唯さんの妹さんですの? ずいぶん可愛らしいですわねぇ」
嶺華が微笑んだタイミングで、機械大剣から青白い火花が散った。
「ひぃ!?」
まるで飢えた龍の舌なめずり。
すっかり萎縮してしまった梓は、嶺華の視線から目を逸らした。
パチパチと放電する機械大剣に肝を冷やした所で、唯は重要な任務を思い出した。
「嶺華さん。戦いの後で恐縮ですけど、お聞きしたいことがあります」
謎の装者の情報を聞き出す。美鈴に頼まれたことだ。
「あら、なんですの?」
「っ……」
嶺華の美しい瞳を向けられ、質問を躊躇する唯。
貴方は何者ですか、なんていきなり聞くのは失礼じゃないだろうか。
下手な質問をして嶺華の機嫌を損ねたら大変だ。
ここは慎重にいかなくては。
黒鉄の装甲に刻まれた稲妻模様を見つめながら、唯は最初の質問を口にする。
「嶺華さんのアームズって、独特な感じですよね」
「あら? もしかしてわたくしの機体に興味がありまして?」
「はい、なんか『格好いい』っていうか」
「……!」
驚いたように目を見開く嶺華。
しまった、変な地雷を踏んだか。
急速に乾く唯の舌。
訂正するかを迷ったが、思うように声が出ない。
すると、嶺華は両手をばっと広げ、誇らしげに胸を張った。
「さては唯さん、この駆雷龍機に見惚れていますのね!」
「え!?」
予想外の反応だ。
「唯さんは見る目がおありですこと! この駆雷龍機は、わたくしの愛機であり、相棒ですのよ!」
目をキラキラさせて語る嶺華のテンションは高かった。
まず1つ、情報ゲット。
アームズの名前は『駆雷龍機』というらしい。
様々なスイッチやトリガー、変形しそうな機構を持つ機械大剣は、唯の式守影狼とは比べ物にならないほど多機能に見える。
そのまま自慢話に乗ってみる唯。
「めちゃくちゃ格好よかったです! 地面をビュンビュンするやつとか!」
「そうでしょう、そうでしょう! 本当はもっと速く飛べますのよ!」
名前や性能と並んで、唯には気になることがあった。
「嶺華さんのアームズってゼネラルエレクトロニクス製じゃないですよね? どこの企業が作ったものなんですか?」
唯の式守影狼を含め、AMFに所属する装者のアームズは全てゼネラルエレクトロニクス社が製造している。
正規のアームズならば、装甲のどこかに『GE』のロゴが印字されているはずだ。
しかし、嶺華のアームズにはそのような文字が見当たらなかった。
他の企業や国を表すようなエンブレムも確認できない。
「それは秘密ですわ」
「ごめんなさい!」
反射的に謝る唯。
急に冷静な即答が来た。
「(製造元がダメなら、所属もダメかな……?)」
せめて、どこから来たのかだけでも聞いておきたいが。
唯が次の質問を考えあぐねていると、隣で縮こまっていた梓が恐る恐る口を開いた。
「ねえ、さっきの雷みたいな攻撃はあなたがやったの?」
「ええ。駆雷龍機の力ですの」
親切に答えてくれる嶺華。
「変な銀ピカ怪人と戦ってたのも」
「わたくしですわ」
「!!」
ふらふらと立ち上がった梓は、突然声を張り上げた。
「お姉ちゃん下がって! もしかしてこいつ、械獣の仲間かもしれない!」
梓はなんと、嶺華に向かってリミテットリガーの刃を突きつけた。
「ちょ、梓? 何言ってるの!?」
いきなり不穏な事を言い出す梓に、唯は困惑した。
「ずいぶんとやんちゃな妹さんですわねぇ……こんな無害なわたくしが、あなた方に危害を加えるとお思いですの?」
武器を突きつけられたというのに、嶺華はニコニコと微笑んだままだ。
彼女が体を動かす度、トゲトゲした装甲の影が地面でゆらめく。
いつでもお前を殺せる。
少女の口に代わって、影が代弁しているようだ。
「そんな物騒な姿で説得力ないよ! もしかして、最近世間を騒がせてる『カミナリ械獣』もあなただったりする!?」
「ふふ……さあ、どうでしょう?」
「やっぱり……! それ以上お姉ちゃんに近づかないで!!」
短刀の切っ先をさらに近づけて嶺華を威嚇する梓。
唯は聞くに堪えず、無礼な妹を叱りつけた。
「こら梓! 嶺華さんは命の恩人よ! それに、こんな綺麗で可愛くて格好いい人が、私たちの敵なはずないでしょ!」
言い切った所で、はっとする唯。
本人を前にして、綺麗でかわいいだなんて。
引かれてしまうかも。
その時、梓の手から短刀が滑り落ちた。
からんと音を立て、地面に転がるリミテットリガー。
「何言ってるの、お姉ちゃん…………」
梓は足元のリミテットリガーを拾おうともせず、戦慄した表情で叫んだ。
「もしかして、こういうタイプの女が好みなの!?」
「なッッッ…………!」
唯は、心臓が飛び出るかと思った。
図星というか、本人を前にそこまでどストレートに言われると恥ずかしい。
否定しない姉を見た梓は、切羽詰まった声で詰め寄ってくる。
「お姉ちゃんにはわたしという嫁がいるのに! まさか浮気!? 有り得ない!!」
「いや、あんたは妹だけど……」
「妹も嫁も似たような字面でしょ!」
「は?」
やはりこの子は変だ。
たまに唯でも理解できない時がある。
暴走する梓は、果敢にも嶺華を指さした。
「お姉ちゃんはわたしのお姉ちゃんよ! 寝取るなんて絶対許さないから!!」
「本当に何言ってるの????」
突然始まった姉妹の漫才を見て、嶺華はぷっと吹き出した。
「ふふふっ……お二人はずいぶん仲がよろしいんですのね。少し羨ましいですの」
「すみません嶺華さん! 妹にはよく言って聞かせますので!」
「お姉ちゃんに何かする前に、ここでわたしが倒して……うっ!?」
今にも飛びかかりそうな勢いだった梓の体が突然ふらつく。
そのままぺたんと座り込んでしまった。
脳にダメージを受けたばかりの状態で頭に血が上り、気持ち悪くなったのだろう。
「梓! あんたは怪我人なんだから安静にしてなさい!」
「くぅ……でもッ……!」
梓は尚も嶺華を睨みつけていたが、彼女は優しく笑っていた。
「ご心配なく。わたくしはこれで失礼しますわ。姉妹水入らずを邪魔する趣味はありませんの」
「え、嶺華さん!? もう行っちゃうんですか!? もっとお話しましょうよ!」
「唯さんとのおしゃべりは興味ありますけれど……時間切れのようですわ」
引き留めようとする唯に対し、嶺華は空を指差した。
オレンジ色の夕焼け空の向こうから、騒がしい音が近づいてくる。
AMFのヘリコプターだ。
隊員の誰かが呼んだのだろう。
無人の街で雷鳴やら閃光やらが炸裂していれば、遠くからでも異常に気付くのは当然だ。
携帯端末を取り出してみると、アンテナマークはしっかり4本立っていた。
いつの間にか通信が回復していたらしい。
「わたくし、あまり大勢の人間に囲まれるのは苦手ですの。それにあの組織は信用していませんので」
嶺華は機械大剣を掴み、剣先でアスファルトの道路をトントンと軽く叩いた。
すると、大剣が触れた場所からバキバキという断裂音。
突然空間がひび割れた。
少女の足元から亀裂が駆け上がり、たちまち高さ3メートルほどの空裂が開く。
「!?」
一瞬の出来事に驚愕する唯。
空裂ってそんなお手軽に開くものなのか。
まあ確かに、式守影狼でも空裂を発生させることはできる。
ただし、それは蓄えたエネルギーを抜剣時に一斉開放することで初めて実現できる芸当だ。
それがちょっと剣を振るだけでできちゃうなんて。
式守影狼とは出力が桁違いだった。
唯が呆気にとられていると、嶺華は迷わず空裂の中に足を踏み入れた。
「唯さん。わたくしも貴方に言っておきたいことがありますのよ」
暗い狭間の異次元世界。
振り返った少女は、真面目なトーンでこう言った。
「『コード付き』と戦う力を持たぬのなら、戦場になんて来ないでくださいまし。大切な家族を悲しませることになりますわよ」
「え……」
戸惑う唯に向けて、嶺華は得意げに機械大剣を掲げてみせた。
「安心してくださいまし。唯さんが戦わなくても、械獣は全部わたくしが斬り刻んでやりますので」
はっきりとした戦力外通告。
力を持つ者だからこそ言える、持たざる者への冷たい配慮。
唯は、彼女の言葉に反論できない。
「それではごきげんよう。妹さんはお大事になさってくださいまし」
嶺華が鋼鉄のスカートを掴んでお辞儀をした直後、空裂が自動ドアのように閉じた。
AMFの装者として、この街の防衛を任された唯。
格闘技や剣術に秀でていた訳ではないが、地道な訓練で少しずつ力を付けてきたつもりだった。
重たい責任に疲弊しながらも、自分にしかできない仕事だからと、逃げ出さずに戦ってきたのだ。
そんな唯の自負が、真っ向から否定された。
「嶺華さん……」
元通りになった虚空を眺めても、なんて言い返せばいいかが思いつかなかった。
◇◇◇◇◇◇
『トリガーオフ』
嶺華が姿を消した後、梓はリミテットリガーを解除した。
小指のように細い空裂が開き、手甲と刃が吸い込まれて消える。
梓の手中には、刀身の無い剣の柄だけが残った。
「やっと変なのがいなくなった……お姉ちゃん大丈夫? 怪我は無い?」
「それはこっちの台詞だけど」
唯がツッコむと、梓はため息を吐きながら仰向けになった。
「……実はめっちゃ手首痛い。頭も背中も痛い」
「もう! 大人しくしてなさい!」
冷や汗を浮かべる顔はかなり苦しそうだ。
嶺華の前では相当我慢していたらしい。
妹の強がりに呆れながらも介抱してやる唯。
「あんたはまだ予備隊なんだから、械獣に遭遇したら逃げればいいの。未知の敵に単身で突っ込むなんて無茶すぎるわよ」
「でも、私が来なかったらお姉ちゃんが危なかったでしょ」
「それは……まあそうね。ありがとう梓」
「えへへ、どういたしまして」
梓は弱々しくも満足げに笑った。
危なっかしい所もあるが、梓のおかげで唯は生きているのだ。
唯は感謝の気持ちを込めて、梓の頭を撫でてやった。
その時、通りの向こうから多数の足音が聞こえてきた。
ビルの角から現れたのは、武装した隊員たちだ。
ヘリコプターが着陸できるほど開けた場所が近くに無いため、陸路で唯たちを迎えにきたのだろう。
先頭には美鈴の姿もある。
「あなたたち! 状況は!?」
「なんとか危機は去りました! でも梓が怪我を……」
「なんですって!? 詳しい話は後よ。すぐに基地へ搬送して!」
美鈴がテキパキと指示を出すと、隊員の一人が分解式の担架を持ってきた。
唯も手伝いながら素早く組み立て、梓の体を慎重に乗せる。
「50メートル先の道に車を置いてあるわ。そこまで運びましょう」
「了解!」
二人の屈強な隊員が担架を軽々と持ち上げ、颯爽と走りだす。
高低差の大きい瓦礫を上手く避けながら進む様子は、流石訓練された正規隊員だ。
「あれ?」
隊員達の連携を見た唯の頭に、ふと疑問が浮かんだ。
「ところで美鈴さん、正規隊員がいるのにどうして梓一人だけ私のところに向かわせたんですか?」
リミテットリガーを持たせたということは、アームズが必要になる程の危険が迫っていると判断したからだろう。
しかし、まだ訓練を受け始めたばかり梓よりも、リミテットリガーの扱いに長けた隊員は大勢いるはずだ。
いくら唯の妹だからといって、後衛部隊の隊員だけを向かわせるなんて変だ。
「指示なんて出してないわよ」
「?」
唯が首をかしげている間に、一行は車に到着した。
後部座席に担ぎ込まれた梓に向かって語りかける美鈴。
いつもと同じく優しい声色なのに、その目は笑っていなかった。
「梓ちゃん。精密検査が終わったら、リミテットリガーを勝手に持ち出した件についてゆっくり話を聞かせてもらいますからね」
「ぎく」
担架の上で硬直する梓。
「まさか……梓の独断!?」
驚く唯の視線を受け、梓は気まずそうに目を逸らした。
「そもそも、リミテットリガーの実戦使用が許可されているのは戦闘班の正規隊員だけよ。予備隊が使用することは許されてないわ」
「そうだったんですか……」
予備隊は学生や新人隊員を中心に組織された後衛部隊だ。
よくよく考えれば、械獣と渡り合うための武器を握らせるなんてありえない。
「でも、お姉ちゃんのピンチを救ったんだから結果オーライですよね!」
「それとこれとは話が別。規律違反はしかるべき処分が下るわよ」
「そんなぁ~」
運転席に座った美鈴がアクセルを踏み込むと同時、誤魔化そうとした梓の言い訳は一蹴された。
「(これは長時間お説教アンド謹慎コースかな……)」
手段はどうあれ、梓は唯を助けるために行動してくれたのだ。
頭を抱える梓がちょっとだけ可哀相に思えてきた。
体のダメージよりもメンタルのダメージの方が長引きそうだな。
唯は疾走する車の助手席で、妹の一刻も早い回復を祈った。