第11話 電光石火
唯の視界を埋め尽くしたのは、閃光。
一拍置いて鳴り散らす轟音。
「ヌオォッ!!」
間抜けな声を上げながら地面を転がるデリート。
抑揚のなかった機械音声に、初めて感情が浮かんだ。
唯の視力が回復するにつれ、もうもうと立ち上る湯気が見えてくる。
デリートが立っていた場所。
落雷地点の中央に突き刺さっていたのは、黄金の鞘に収まった機械大剣。
「あらあらあら。こんな所で『コード付き』に出会えるだなんて。わたくしは運がいいですの」
夕日に照らされ輝く黄金色の髪。
漆黒のドレスを彩る純白のフリル。
スカートの下から覗く厚底ブーツ。
名家の令嬢の如く、洒落込んだ少女が歩いてきた。
「嶺華さん!!」
「ごきげんよう。確か……唯さん、でしたかしら。またお会いましたわね」
スカートの端をつまみ、軽くお辞儀する嶺華。
気品に満ち溢れた仕草に、唯は釘付けになった。
「私も! 嶺華さんにお会いしたかったです! あの、えっと……」
話したいことを色々考えておいたはずなのに、いざ本人を前にすると何も思い出せない。
口をパクパクとさせる唯を見て、嶺華はくすりと笑った。
「ふふ、ご無事のようで何よりですわ。ですがお話はまた後で」
嶺華が振り返ると、銀色の人型がよろよろと立ち上がった。
「キサマ、何者ダ!」
敵意を剥き出しにしたデリートが、異形の槍を構える。
「わたくし、こういう者ですの」
対する嶺華は地面に刺さった機械大剣の柄を握ると、力強く引き抜きながらその名を叫んだ。
「駆雷龍機! 装動!」
『ライジング・ドラゴン』
鞘から解き放たれた銀色の刀身が瞬き、空に向かって稲妻状の亀裂が駆け上がる。
亀裂の奥から覗くのは、満天の星空。
まばゆい恒星の輝きが嶺華を照らす。
すると、少女の体に変化が起きた。
彼女の胸のあたりから、ドロドロとした黒い液体が溢れ出す。
生き物のように蠢く液体は、少女の全身に広がりながら硬化していく。
やがて手先足先までを覆うと、漆黒の甲殻を形作った。
まるで、龍の骨格。
それだけでは終わらない。
無地のインナーに身を包んだ少女を彩るべく、星空の彼方から黒銀の装甲が飛来した。
背部、胸部、腰部、脚部、腕部の順で合体していく装甲が、龍に肉体を、外殻を与えていく。
荒々しい体躯を力強く支える竜脚装甲。
雨傘の鉄骨部分だけを抜き出したような、湾曲した槍骨で形作られたスカート。
胸部装甲に刻まれた金色の稲妻模様。
そして黄金色の美髪を飾るのは、龍の頭蓋を模したティアラ。
骨が隆起したようにトゲトゲした背部ユニットから吸気音が鳴り響くと、収納されていた龍翼が堂々と立ち上がった。
紫電迸る機械大剣を振り抜いて、稲妻抱く龍が舞い降りる。
◇◇◇◇◇◇
「シゃああああッ!!」
竜脚装甲で地面を踏みつけ、デリートに急迫する嶺華。
上半身を華麗に回転させ、機械大剣を横薙ぎに振り抜く。
デリートは一歩後ろに下がって回避した。
だが嶺華は、デリートの動きを読んでいたかのように、体をぐるりとひねって後ろ回し蹴りへ派生。
疾走の勢いを乗せた龍の踵がデリートの腹部に突き刺さる。
さらに、竜脚の裏から逆関節副脚が瞬時に伸張し、地面をも粉砕する蹴りが繰り出された。
「グォオ!!!」
水平に吹き飛ぶデリート。
銀色の鱗に覆われた肢体は道路のアスファルトを削り取りながら停止する。
「速攻! 瞬殺ですわあああ!!」
高らかに笑う嶺華が大地を蹴った。
地面を滑空するように駆ける機体は一瞬でデリートに追いつくと、容赦なく機械大剣を振り下ろす。
縦斬り、斬り上げ、斜め、横薙ぎ。
無駄なく隙なく連続で繰り出される、嶺華の剣戟。
「フザケタ速度ダッ!」
体勢を立て直したデリートは槍の先端で大剣の腹を叩き、怒涛の斬撃をいなそうとする。
しかし全ての衝撃を殺しきれず、一撃一撃ごとに後ずさっていく。
「無駄な抵抗はおすすめしませんわよ?」
「フン、油断ハ命トリにナル!!」
嶺華の切り上げを躱した直後、デリートは素早い刺突を差し込んだ。
無防備に腕を上げた嶺華には、回避不可能な一閃。
尖った槍の先端は嶺華の胸部を完全に捉えた…………はずだった。
「ナニッ!?」
デリートの一撃は、嶺華の装甲に触れることを許されなかった。
見えない壁に阻まれ、弾き返される異形の槍。
体重を乗せた突きのエネルギーは行き場を失い、デリートが大きくバランスを崩す。
その隙を嶺華が見逃すはずもなく、力を溜めた竜脚装甲を押し付けた。
「無・駄・ですの!」
引き絞られた逆関節副脚が一気に解放。
乾いた音が響き渡り、銀色の体躯が高々と蹴り飛ばされた。
3階建てのビルのベランダに叩きつけられ、壁をバウンドしながら屋上へ落下する銀影。
槍を杖代わりに立ち上がったデリートは、忌々しそうに嶺華を見下ろした。
「次元障壁ダト……! この密度、コノ星の技術デハありえナイッ!!」
「ずいぶん丈夫な外殻ですわねぇ……でも」
屋上に立つデリートに向けて、嶺華は機械大剣の切っ先を向けた。
「このわたくしを見下ろすのは不愉快ですわ! 叩き落として差し上げますの!!」
自分で打ち上げておいて理不尽な言いがかりだが、抗議の隙など与えない。
逆関節副脚が地面を踏み砕くと、黒銀の機体は一直線にデリートの足元へ跳んだ。
「しはァ!」
「ウォオ!」
機械大剣の剣先を空に向け、敵を貫かんと突撃する嶺華。
デリートは体をのけ反らせ、刃の弾丸を回避。
だが、それで打ち止めではない。
嶺華がデリートを飛び越えた瞬間、背部ユニットの龍翼が角度を変えた。
上向きだった慣性が強引に捻じ曲がり、飛翔方向が真下に切り替わる。
「しゃっはぁ!!」
捻じ曲げた慣性力、地球の重力、そしてアームズの膂力を重ね合わせた剛撃が振り下ろされる。
槍を水平に構えて受け止めようとしたデリートだったが、それは大きなミスだった。
「グァァア!!!」
異形の槍が、柄の中央から真っ二つに切断された。
槍がどんな物質で構成されていようと、紫電迸る機械大剣の一撃を正面から受け止めることなどできない。
デリートの武器を鮮やかに両断した大剣は、そのまま鱗状の装甲を斬り裂いたのだ。
「あら、小枝かと思いましたわ」
屋上に降り立つ嶺華。
対するデリートは、己の体表につけられた斬創をおさえながら、屋上の端まで後退した。
「コノ攻撃力……ソートルを消したのはキサマか」
「倒した雑魚のことなんていちいち覚えてませんの。それより貴方、もっとわたくしを楽しませてくださいまし!」
嬉々として機械大剣を構え、さらなる追撃を繰り出そうとする嶺華。
「クッ、一時撤退ダ!」
デリートは転がるようにビルから体を投げ出した。
空中で半分の長さになった槍を振るう。
するとデリートの真下に、銀色の体躯が丁度収まる大きさの穴が開いた。
空裂は自由落下するデリートを呑み込むと、瞬く間に閉じてしまう。
「はぁ……逃げ足だけは早いんですの」
嶺華は斬り足りないと言わんばかりに、機械大剣を素振りした。