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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第98話 凍獄に荒ぶ風 II


「嘘つき。わたしを捨てたくせに」


 その凍えきった声音は、唯の胸を残酷に抉った。

 赤黒剣を握る力が弱まり、拮抗が崩れる。

 一気に押し負け、仰け反る炎鬼の顔面を、銀の拳が容赦なく殴りつけた。


「がぁぁッ…………!!」


 錐揉み回転しながら吹き飛ばされ、氷の床に倒れ込む唯。

 鼻っ柱に激痛を覚えつつ、慈悲も手心も無い暴力に戦慄する。

 涙目で鼻血を垂らす姉の情けない姿を見下ろし、梓は深いため息をついた。


「はぁ…………お姉ちゃん、全力出してないよね。だってお姉ちゃんがこんな簡単に負けるはずないもん」


 仰向けに伸びたまま起き上がらない唯のもとへ、白銀の騎士がゆっくりと歩み寄る。

 槍の穂先が唯の頭に突きつけられる。


「デリートを倒した時はもっと殺意に満ちていたはずだよ? あの時みたいに本気を出してよ。わたしを、殺す気で向かってきてよ!」


 唯の全力。業炎怒鬼のフルスペック。

 そう言われて思い浮かぶのは、アームズの脳波刺激と薬剤注入による身体能力のブーストである。

 灼熱の衝動を体内に誘致すれば、唯は獣のように獰猛になれる。

 被弾の痛みなど無視して目の前の敵に喰らいつき、額に顕現させた衝角でもって白銀の装甲を貫くこともできるだろう。

 炎鬼のアームズ性能を最大限に引き出していれば、こんな無様な戦い方にはならないはずだ。

 梓の言う通りである。

 唯は全力を出していない。

 だが、そうしない理由は明白だった。


「私は、あんたを助けるためにここへ来たの。本気で戦うわけないでしょ……」


 きっと今ごろニードルは、痛めつけられる唯を見てほくそ笑んでいることだろう。

 それがどうした。

 我を失って妹を殺めてしまうようなことがあれば、それこそ本末転倒だ。

 目的はあくまで妹の救出。

 だから唯は、梓の新たな力に驚きつつも、械獣を相手にする時のような破壊的戦法を封じていた。


「違う、違うよ……もっと抵抗してよ! 本気でわたしと戦ってよ! わたしの力がお姉ちゃんの全力に追い着いたって、証明させてよ!!」


 梓はそんな唯の態度が到底受け入れられないようで、槍を握る手に力を込める。

 それでも唯は体を起こすことなく、妹に対する素直な想いを口にする。


「嫌だ。私は、梓を傷つけたくない…………!」


 喉の奥から絞り出した吐息が白く漂う。

 顔の真横を掠め、凍り付いた地面に槍の穂先が突き刺さる。


「戦う気が無いなら、装動を解いてよ。お姉ちゃんの体をご主人サマに差し出して、わたしたちと一つになれるように改造してもらうから」

「それも……嫌だ…………」


 このままニードルの生贄になるなんて御免だ。

 けれど、これ以上梓と戦いたくはなかった。

 愛する妹を助けるため、決死の覚悟で異次元の敵艦に乗り込んだはずなのに。

 その妹が、変わり果てた姿となって唯の前に立ちはだかる。

 何故こんなことになったのか。

 どうすれば梓を助けられるのか。

 ギザギザ峰の赤黒剣には峰打ちなんて器用なことはできない。

 破壊か、降伏か。

 理不尽な二択を迫られた唯は愚かにも、白銀の騎士を見上げて懇願していた。


「お願い梓、武器を置いて。あんたは操られているだけ。戦いたいなんて、本心じゃないはずよ」

「操られて? ……何言ってるのか分かんないよお姉ちゃん。わたしはいたって正気だよ?」

「正気じゃない! こんなの私の知ってる梓じゃない! ニードルがあんたの頭に何かしたんでしょ!」

「ごちゃごちゃうるさいなぁ。大人しく装動を解いてくれないなら、手足の骨くらい折っちゃうんだから……」


 青い光を点滅させる機械の瞳には、唯の悲痛な表情は見えていないのだろうか。

 膝をついて訴える唯に向かって、梓は苛立たしげに足を振り上げる。

 業炎怒鬼の次元障壁はまだ残っていたが、岩壁を抉るほどの脚力で踏みつけられたら無事では済まない。

 緩和しきれない衝撃だけでも骨が折れることは容易に想像できる。

 痛みに備えて唯ができるのは、歯を食いしばることくらいだ。

 無慈悲な踵が唯の肩へと降下を始めたその時、足元からズズンという振動が伝わった。


「ッ!?」


 想像した痛みは来ず、脂汗だけが額に浮かぶ。

 騎士の脚撃は唯の肢体から逸れ、氷の床を砕いただけに終わった。

 恐怖で反射的に体が跳ねたのかとも思ったが、壁からパラパラと礫が舞ったのを見るに、部屋全体が揺れたようだ。

 唯の脳裏に、機械大剣を担ぐ少女の姿が浮かんだ。


「嶺華、さん…………」


 ニードル母艦内部に侵入する唯のため、たった一人で敵の増援を食い止めていた少女。

 彼女はまだ、この艦の甲板上で巨大械獣・ヘルクルモスと戦っているのだろうか。


「そういえば、あの女も来てるんだったね…………」


 梓は唯への追撃の手を止め、天井を見上げて忌まわしげに呟く。


「……うん。そうだ、そうだよね。お姉ちゃんだけが悪いんじゃない。あの女がいるから、わたしとお姉ちゃんが一つになれないんだ…………」


 自分に言い聞かせるように、仮面の下でぶつぶつと独り言を弾ませる白銀の騎士。

 やがて納得したとばかりに頷くと、氷の床に刺さっていた槍を引き抜いた。

 唯を見下ろす氷の異形が軽やかな口調で告げる。


「ちょっと待っててね、お姉ちゃん。わたしがあの女を処刑してきてあげる。そうすれば、お姉ちゃんも踏ん切りがつくと思うから」


 そう言うと梓は踵を返し、あんなにも執着していた唯を放置して走り去っていく。

 カツカツと氷の床を打ち鳴らす足音は、凍える広間ではやけに大きく反響して聞こえた。

 遠ざかる白銀の騎士の背中を見た瞬間、唯の中で何かが逆立った。


「待ちなさい…………!!」


 自分でも、ずいぶんと低い声が出たと思う。

 そのくらい、聞き捨てならなかった。

 赤黒剣を杖代わりにふらふらと立ち上がった唯は、白銀の騎士に向かって叫ぶ。


「嶺華さんに手出しは、させない!」

『プロミネンスラッシュ』


 妹を傷つけることに対する躊躇いが消えた訳ではない。

 だが、例え痛みを伴ったとしても。

 嶺華を守る。その使命だけは絶対だ。

 胸に刻んだ使命を思い返した時、唯は迷わず赤黒剣のトリガーを引いていた。


「あんたの身に何が起きてるかは知らない。でも、嶺華さんに危害を加えるなら、私は、あんたを止める……!!」

「あの女のことを言った途端に目の色変えちゃって。本当に不愉快……ッ!」


 立ち止まり、背後をちらりと見ただけで爆炎の弧を躱す梓。

 振り返りざまに槍を掲げ、結合した柄部分を両腕でねじりながら握り込む。


『ブレードモード』


 両刃槍の柄となっていた銀色のパーツが瞬時に収縮する。

 再び二本に分かたれた剣は、唯が追撃で放った二発目の爆炎の弧を軽々と斬り飛ばす。

 黒煙の晴れた先に、二角の鬼の姿は無い。


「小癪な……」

「はぁッ!!」


 白銀の騎士が分かりやすい囮を迎撃する僅かな隙に懐へと駆け込んでいた唯は、慎重に赤黒剣を振り下ろす。

 氷の仮面の表面すれすれを狙った攻撃はしかし、交差した双剣によってガードされた。

 ここでも梓の方が一枚上手であった。


「邪魔しないでよ、お姉ちゃん。わたしは、お姉ちゃんを救うためにあの女を……」

「もうやめて! あんたはそんな怖いこと言うような子じゃない!! 本当の梓は優しい子だって、私が一番よく知ってる。だからお願い! 元の優しい梓に戻って!」


 今度こそ押し負けぬよう赤黒剣に重心をかけながら、氷の仮面と至近距離で向かい合う。

 唯の必死な呼びかけに対し、白銀の騎士から返ってきたのはさらなる膂力であった。

 異形の右眼に埋め込まれた機械の瞳が一際明るく点滅する。

 その吸い込まれるような青い輝きからは、優しい少女の心は微塵も感じられない。

 むしろ、溢れんばかりの憎悪を表しているかのようだった。


「元の? わたしの本当の気持ちなんて何も知らない…………理解しようともしなかったくせにッ!!」


 双剣に絡め取られるようにして赤黒剣が受け流され、カウンターの肘鉄が唯の胸を穿つ。

 後ずさる唯に向かって、銀色の刃がギラめいた。


「お姉ちゃんはわたしよりあの女を選んだ……妹のわたしよりも、あの女を優先したんだ!! 許せない…………許せない、許せない、許せない!!

 わたしのことを見てくれないお姉ちゃんなんていらない!

 わたしの思い通りにならないお姉ちゃんなんていらない!

 わたしを捨てたお姉ちゃんも、わたしからお姉ちゃんを奪ったあの女も…………まとめて地獄へ墜ちてしまえええええ!!!!」


 双剣を握り潰すかのような勢いで、騎士の指がトリガーを弾いた。


『ヘルミッション・ブリザード』


 二本の剣がステレオサウンドで必殺を告げると同時、白銀のアームズを中心として、(みぞれ)のような無数の氷塊が浮かび上がる。

 梓はその場でコマの如く一回転すると、双剣の切っ先を唯に向けて突き出した。

 腰を低くして、左手は胸の前、右手は頭の上に構えるという奇妙な前傾姿勢。

 すると、地面に対し水平となった二本の剣の周りに、小さな氷塊が吸い込まれるように集まっていく。

 異様な現象からとてつもない危険を感じ取った唯であったが、離脱を試みるよりも早く、冷たい突風が紅蓮の装甲に押し寄せた。

 遠くから見れば、二本の剣の合間から横倒しの竜巻が発生したかのように見えただろう。

 ホワイトアウト。

 純白の氷雪が唯の視界を埋め尽くし、渦巻く激流に炎鬼の鎧がたちまち飲み込まれる。

 少しでも手足を動かそうとしたが、踏みしめる地面もしがみつくモノも見つけられなかった。

 まるで雪崩に巻き込まれたかのような、なす術のない凄まじい力に押し流され、凍りついた滝に叩きつけられる。

 たまらず目を瞑った唯の体を、終わらない浮遊感が包み込む。

 広間の壁ごとぶち抜かれたということにも気付かず、平衡感覚が天地を忘れる。

 鼓膜を劈く轟音の嵐に押し潰されながら、唯は意識を失った。


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