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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第97話 凍獄に荒ぶ風 I


震冥凍騎(シンメイトウキ)……装動」


『ブリザード・ドレイク』


 凍りついた。唯の感情が。  

 愛する妹の姿が、無機質な鋼鉄の兵器に成り果てた。

 必ず取り戻すと誓ったその笑顔は、分厚い氷塊の中に閉ざされた。

 肌を刺す冷気の痛みも忘れ、ただ呆然と立ち尽くす唯。

 氷の仮面で顔を隠した白銀の騎士は、そんな姉を無言で一瞥した。

 獲物を前に、間合いを測るかのように。


「…………………………フッ」


 冷たい風が吹いた刹那。

 白銀の騎士の膝は、唯の腹に突き刺さっていた。


「がはッ!!!!」


 ほぼ水平に吹き飛ぶ唯。

 次元障壁をねじ曲げるほどの衝撃が内臓にまで達し、肺の中の空気が強制的に排出される。

 歪む視界の中央、美しい膝蹴りのポーズを取った騎士の姿が一気に遠ざかったと思えば、後ろで炸裂した爆砕音が背骨の芯までも震わせる。

 勢いよく岩壁に叩きつけられた唯は、砕けた石礫と共に地面へと沈んだ。


「ぅ…………ぁ…………ッ!」


 霜づいた床とキスする唯の頭は真っ白である。

 何が起きたのか、何もできなかった理由すらも理解が追いつかない。

 壁に手をついて立ち上がろうとした所で、腹部の鈍痛が後追いでやってきた。

 胃の中に岩石を詰め込まれたような不快な痛みを感じ、片膝のまま硬直しそうになる。

 しかし、唯の体に染み付いた戦闘経験と生存本能がその場に留まることを許さなかった。

 何故なら、凄まじい殺気が吹き付けたから。

 藻掻くように手足を動かして真横に転がった直後、唯の顔があった場所に砲弾のような蹴りが放たれた。

 騎士の足裏が岩壁に着弾し、大きな岩の塊がスポンジのようにバコンッと陥没する。

 あまりに容赦のない攻撃であった。

 顔を上げる暇もなく、今度は銀の刃が薙ぐ。


「やめてッ! 梓! くッ……!!」


 体を仰け反らせて直撃を避けようとする唯。

 胸のあたりを剣先が掠め、装甲からバヂッという火花が散った。

 炎鬼の身を守る次元障壁がいとも容易く傷つけられた。

 バランスを崩して尻餅をついた唯の頬が引き攣る。

 銀色の双剣を振りかざしながら見下ろす騎士は、氷の仮面の下から可愛らしい声を発した。


「どうしたのお姉ちゃん? ちゃんと反撃しないと、勢い余って殺しちゃうよ?」


 聞き慣れた声のはずなのに、唯は見ず知らずの通り魔に襲われるかのような恐怖を覚えた。

 実姉に向かって淡々と殺意を向ける少女は、敷城市で対峙した時とは明らかに様子が違う。

 その際は唯を生け捕りにしたいというようなことを言っていたが、目の前の騎士からはそんな生(ぬる)い情けは微塵も感じられない。

 気を抜けば本当に首を撥ねられてしまいそうだった。


「なんで、梓と戦わなきゃいけないの……」

「さっき言ったよ。わたしの力がお姉ちゃんを超えられるって、ご主人サマに示すためだよ」

「だからなんであんたがッ……ニードルの言うことを聞くのッ!?」

「ごちゃごちゃ言う前に剣を構えて? お姉ちゃん」


 唯が感情的に怒鳴りつけても、梓は動じなかった。

 今の梓は外見だけでなく中身まで、何かがおかしい。

 もちろん妹がちょっと変なのは昔から承知の上だが、それにしたって、こんな梓は初めてだった。

 唯の言葉の意味を理解し応答を返してくるが、それだけだ。

 こちらの気持ちが伝わらない、響かない。

 姉を妄信的なくらい慕っていた愛らしい妹はどこにもいない。

 そこにいるのは、何を考えているのか全く分からない不気味な人型械獣。

 氷の仮面で顔を隠しているのと同じく、心も固く閉ざしているようだった。

 そして、彼女の思考回路を冷たく作り変えた犯人は間違いなく、ニードルだ。

 暗示か催眠の類か、はたまた、もっと脳の奥深くに細工を施されたのか。

 頭部に埋め込まれた怪しげなデバイスとの関連は。

 

「(マリザヴェールの医療設備で診てもらえれば、何か分かるかもしれない)」


 梓の身体と精神に何をされてしまったのか、元に戻すことは可能なのか。

 際限なく湧き上がるおぞましい想像を頭の片隅に追いやり、立ちはだかる白銀の騎士を見上げる。

 妹を助ける方法を調べるためにも、まずはこの鎧を脱がさなければ。

 なるべく無傷……は難しいが、梓を無力化して母艦マリザヴェールに連れ帰ることが急務である。

 唯は逡巡しながらも、血の繋がった妹に対し、やむなく赤黒剣を向けた。


「荒療治になるけど、文句は受け付けないから……!」

「やっとやる気になってくれた! それじゃあ行くよ!!」


 庭先でキャッチボールをするような軽い調子で、双剣の舞が始まった。

 1メートルを超える刀身を軽々と片手で振りかぶる梓。

 唯の視界には網膜プロジェクターが映し出す赤いマーカーが浮かび上がった。

 業炎怒鬼(ゴウエンドキ)の攻撃予測が発動してからコンマ1秒も置かず、二本の刃が別々の軌道で唯に迫る。

 両者の剣がぶつかり合い、氷の広間に甲高い音が響く。

 アームズの補助が無ければ唯の被弾は免れなかったであろう。

 息をつく間もなく、梓の追撃が来る、来る。

 待ち望んだ再会は激突と化した。

 疾風の如き連撃を繰り出す白銀の騎士。

 それを赤黒剣で受け止める焔の鬼。

 打ち合う度、相互干渉した濃縮次元障壁が眩い火花を咲かせてゆく。


「お姉ちゃんと遊べてッ! 楽しいなッ!」

「うぅッッ!?」


 唯は、次々と襲い来る双刃を懸命にいなした。

 一撃一撃が重い。

 白銀の騎士の獰猛な膂力が、赤黒剣を握る手首を通じてビリビリと伝わってくる。

 新たなアームズを身に纏った梓の戦い方は、スピードと手数に頼っていた式守景虎(シキモリカゲトラ)とは全く異なる。

 唯の業炎怒鬼は大型械獣を一方的にねじ伏せる出力を誇るが、白銀の騎士はその業炎怒鬼と正面から拮抗するパワーでぶつかってきた。

 それでいて、双剣を怒涛の勢いで繰り出すスピードも兼ね備えている。

 震冥凍騎(シンメイトウキ)と名乗ったそのアームズは、あらゆるステータスが式守景虎を上回っていた。

 もしかすると業炎怒鬼をも喰らうポテンシャルを秘めているかもしれない。

 想定外の強さを前にして、妹を打ち負かして連れ帰るという唯の目論見は早くも頓挫しかけている。

 いや、この事態は、機体の性能だけでは説明がつかない。


「一体、どういうこと……!?」


 脇腹のあたりを狙う刃を辛うじて弾きながら、唯の脳内には困惑が渦巻いていた。

 刃を交えてみて分かった。

 梓の戦闘能力は、単に機体の性能に頼る付け焼き刃ではない。

 攻撃を唯に受け止められたと認識するや否や、弾かれた勢いを利用してくるりと反転し、逆側から勢いをつけた剣を振るう。

 ガードを試みる唯の長剣に片方の剣を滑らせ、もう片方の剣を素早く振り下ろす。

 彼女の身のこなし、そして剣さばきは、達人のように洗練されていたのだ。


「ほらほらッ! もっとお姉ちゃんからも攻撃しないと、こっちが優勢のままだよ!」


 煽られたところで、牽制の斬り上げは容易く避けられてしまう。

 本気で唯を斬り裂こうとしてくる白銀の騎士に押され、唯は防戦一方であった。

 戦闘訓練どころか運動部に入ったこともない女子高生が、無駄も隙も無い動きで紅蓮の炎鬼を圧倒する。

 唯が致命傷を避けられているのは、双剣よりも赤黒剣のリーチが勝っているから、というだけに過ぎない。


「わたしが強くてびっくりした? でも、これだけじゃないんだよね」


 梓は唯からニ、三歩後ずさると、両手に持った剣の柄の末端、柄頭をピタリと合わせた。

 そのまま左右の手で同時にトリガーボタンを弾く。


『ロッドモード』


 二本の剣から電子音声が鳴り響き、それぞれの持ち手の周りに収縮していた鞘、その銀色のパーツが一気に伸張した。

 柄側に伸びたパーツはもう片方の剣と結合し、剣先側に伸びた銀の外装は刀身の八割ほどの長さまでを覆い隠す。

 ガシュンという金属が擦れる音と共に、二本の剣が一つに合体。

 白銀の騎士が手にする武器は、2メートルを超える長さの両刃槍に変化した。

 手品のような合体ギミックを見せつけられ、双剣の間合いに慣れ始めた唯のポジショニングに迷いが生まれる。

 ブオン、という風切り音が聞こえた頃にはもう手遅れ。

 リーチの伸びた槍の柄は唯の側頭部を正確に叩いていた。


「ぎぃッッ…………!?」


 左耳を金属バットで潰されたような痛みが頭蓋を揺らした。

 もしも唯が生身だったなら、首がぺっきりと折れていただろう。

 唯は一拍遅れて長剣を顔の高さまで持ち上げたが、それこそ悪手。

 今度は下段に差し込まれた槍の穂先が唯の腹部を弾丸のような勢いで突き穿った。


「かはッ!!」


 次元障壁越しに伝わる刺突の衝撃がみぞおちに耐え難い苦痛をもたらす。

 くの字に折れた唯はそのまま跳ね上げられた槍の穂先を避けることができず、顎の真下から直撃を許した。

 強制的にガチンと噛み合わせられる歯が舌を裂く。

 剣を持つ手から力が抜ける。

 脳震盪でよろめく唯の無防備な体を、白銀の騎士は容赦なく蹴り上げた。


「あの時のお返しねー!」


 フットボールのように高々と舞い上がる唯。

 受け身など一切取れず、後頭部から床へと墜落する。

 手放してしまった赤黒剣が氷の上を滑っていく。

 口内には鉄の味が広がり、視界は涙で滲んだ。

 上手く息が吸えない。呼吸のやり方ってどうするんだっけ。

 痛みと冷気に炙られながら、唯は口をパクパクと動かして喘ぐだけだ。


「まだ休む時間じゃないよ」

「ぎゃうッ!」


 仰向けに倒れ伏す唯の胸に、直上から突き立てられる銀の槍。

 穂先を受け止めた装甲表面からオレンジ色の火花が噴き上がった。

 網膜プロジェクターの隅に表示された次元障壁残量が70%……60%……50%……と急激に削られていき、紅蓮の装甲がミシミシと軋む。

 どうにかして槍を除けようとするも、体の芯を抑え付けられた格好ではうまく力が入らない。

 さらに梓は柄を握る力を緩めぬまま軽快に走り出すと、氷の床をガリガリと砕きながら唯を引きずった。


「ぐぁぁッ!! このぉッ!」


 唯は苦悶に顔を歪めながらも、上半身を溶けた氷に滑らせて捻り、強制モップ掛け状態からなんとか脱出。

 長槍から逃げるように床を這い、傍らに落ちていた赤黒剣を拾い上げる。

 唇から血を流し、弱々しく剣を構え直す唯を見て、白銀の騎士は愉しそうに長槍を振り回す。


「すごい、すごい! あんなに焦がれたお姉ちゃんに、わたしの手が届く……届いちゃってる!」


 スピードスケートのような勢いで唯の元へと駆け寄ってくる梓。

 氷上でもバランスを崩すことなく、力強い槍撃を唯に届ける。

 アームズの提案に従って赤黒剣で受け止めようとする唯だったが、刀身が打ち合う直前で槍の穂先が引かれた。

 空を切る赤黒剣の横をすり抜け、またしても銀の柄が炎鬼の装甲を打つ。

 唯の視界の中では確かに赤いマーカーが見えていたのだが、その攻撃予測の裏をかかれた。

 フェイントを交えながら繰り出されるテクニカルな連撃に、業炎怒鬼の処理性能が追いつかない。

 槍と棒術を組み合わせたような梓の動きに対して唯は翻弄されっ放しである。

 双剣の時とはリーチも逆転し、数え切れないほどの打撃と刺突が唯の体に叩き込まれていった。


「ほっ、はっ、とうっ! どうかな? わたし、かっこいいでしょ!」

「はぁッ……はぁッ…………あんた、どこでそんな技を、身に着けたの……?」

「わたしの強さの秘密が知りたい? いいよ、教えてあげる!」


 梓は唯を寄せつけないほどの勢いで長槍を回して見せた。

 まるでカンフー映画の主役が棒術の演舞を披露するような動きである。


「わたしの頭にはね……全宇宙から集めたいろんな武術がインストール(・・・・・・)されてるの! ご主人サマがわたしの戦闘スタイルを考えて選んでくれたんだよ!」


 インストール、と聞いて唯の背筋がぞわっとした。

 単に知識を得ただけでなく、実践技術までもが刷り込まれた状態。

 誇張ではないのだろう、長槍を自分の体の一部の如く操る梓は、体幹から指先に至るまで達人の技術が染み込んでいるようだった。


「余計なことを考えなくても勝手に体が動くの。今までの弱いわたしが嘘みたい!」


 それが本当ならば、新米装者をものの数日で熟練兵に仕立て上げることができるということだ。

 薬物によるドーピングを敢行したAMFよりもはるかに効率が良い育成方法である。

 だが、本来の彼女の運動神経では手に余る動きを無理やり再現しているのだ。

 少女の身体への負担は軽いはずがない。


「自分の体を傷つけてるって、分かってるの!?」

「お姉ちゃんにわたしの力を認めてもらえるなら、わたしの体なんてどうでもいい……」

「そんなもの、あんたの本当の力じゃない! ニードルに植え付けられた偽物の力よ!」

「力に偽も真もないよ! ご主人サマと一つになったおかげで、わたしはお姉ちゃんを超える力を手に入れた!!」


 不機嫌に振り下ろされる銀の槍。

 赤黒剣で受け止めるが、あまりの重さにアームズの踵が氷の床に沈み込む。

 こちらを潰さんと力を増してくる梓に対し、膝を付かないよう耐える唯。

 互いの武器を鍔迫り合い、両者の背部装甲から鳴り喚く吸気音がボルテージを上げる。


「そうだ、お姉ちゃんもご主人サマにお仕えすればいいんだよ! そうしたらわたしたち、本当の姉妹になれると思うの」

「何言ってるの!? あんたは最初から私の妹よ!」 


 唯は梓の言葉を世迷言と断じた。

 同じ腹から生まれたのだから、梓はこの世に生を受けた瞬間から正真正銘、唯の妹である。

 しかし白銀の騎士は、氷の仮面の下で恨みがましく吐き捨てた。


「嘘つき。わたしを捨てたくせに」


 その凍えきった声音は、唯の胸を残酷に抉った。


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