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プロローグ


 広々とした会議室。

 大学の講堂のように段々畑を形作る机には、大勢の人間が腰掛けていた。


械獣(カイジュウ)は新小坂地区から春波駅方面に移動中」


 最前列の机に腰掛けるのは、オペレーターと呼ばれる3人。

 一人は火器管制を、一人は敵の分析を、そして一人は連絡係を担当。

 彼らは自席のモニターを眺めながら逐次状況を報告する。


「付近住民の避難完了。半径1キロメートル以内に歩行者視認できず」


 報告を受けるのは、会議室の中央に腰掛ける男。

 彼がこの基地の最高指揮権を持っている。


「無人戦車による陽動砲撃を開始しろ」

「了解。ヴォイドハート隊、砲撃開始」


 火器管制を担当するオペレーターがキーボードを叩く。

 会議室の真正面、壁に掛けられた大型モニターの映像が切り替わった。


 映し出されているのは閑静な住宅街。

 道行く人の姿は無い。

 代わりに物騒な戦車が数両、街路樹の陰に身を隠すように並んでいた。

 映像はその内の1両に備え付けられたカメラが撮影している。


 轟く砲声、乱れ咲き。

 戦車の砲塔が次々と火を吹いた。

 会議室に詰めかけた人々の視線が大型モニターに集まる。

 もうもうと立ち上る白煙が徐々に晴れていくと、砲弾を浴びたばかりの被写体が露わになった。


「全弾命中。械獣へのダメージは確認できず」


 カメラが真正面に捉えていたのは、道路の上に佇む異形。

 体長は約3メートル。

 トカゲを思わせる爬虫類型の頭部に、2本の足で直立する胴体。

 金属質の皮膚から生える砲身は、その異形が自然生物でないことを主張している。



械獣(カイジュウ)』――人類の生命を脅かす、未知の天敵。



 表情も読めず、言葉も通じない不気味な機械兵器が、住宅街を悠々と闊歩していた。


「予想通り、械獣は次元障壁(ジゲンショウヘキ)を展開しています」

「かまわん。撃ち続けろ」


 オペレーターがキーボードを叩くと、即座に飛来した砲弾が械獣に着弾する。

 続けて2発、3発と着弾。

 爆発の衝撃で付近の家の窓ガラスが一斉に砕け散った。

 一方の械獣は立ち止まっただけで、かすり傷ひとつ無い。


「械獣データベースの検索完了しました。識別名はリザルーモ。半年前に北九州で交戦報告があります」


 写真付きの資料を見ながら、敵の分析を担当するオペレーターが解説する。


式守影狼(シキモリカゲロウ)だけで十分対処できる雑魚械獣ですよ」

「そいつは良かった。で、その本人はまだか?」


 司令という肩書を持つ男は、もう一人のオペレーターに声を掛けた。


「既に春波駅前を通過しています。間もなくだと思うのですが……」

「チッ、遅いな。装者到着まで械獣を足止めしろ」

「了解……っと! リザルーモに動きあり! 砲身を展開させています!」


 リザルーモと呼ばれた械獣は前脚を地面につけて四つん這い姿勢になると、肩から生えた砲身が水平状態になった。

 狙いを定める先は、住宅街に並ぶ戦車たち。

 砲口の中が青白く発光すると同時、重装甲の戦車が吹き飛んだ。


「1号車大破! 尚もリザルーモは砲撃体勢を継続!」

「無人戦車隊は撤退させろ! これ以上無駄金を使うな」


 残った戦車の無限軌道が動き出し、カメラの視点も遠ざかる。

 司令は苛立たしそうにモニターを睨みつけた。


 その時、一人の女が械獣の前に立ち塞がった。


 重火器など持っていない、丸腰同然の格好。

 ただし女の手には、漆黒の鞘に収まった短刀が一振り。


「式守影狼、現着!」

「遅い。さっさと片付けさせろ」


 短刀を胸の前で構えた女は、鞘から勢いよく刀身を引き抜く。

 黒い刃が外気に晒された瞬間、モニターの映像が歪んだ。

 女の周囲が切り取られたかのように、ぐにゃりとした光の檻に包まれる。

 一拍おいて映像が元に戻ると、女の装いは一変していた。


 全身を覆う青い装甲。

 三角に尖った犬耳型アンテナ。

 両手足から生える金属爪。

 装甲の合間から覗く、健康的な白い肌。

 機械の鎧を身に纏った女が、械獣に向かって駆け出してゆく。


 リザルーモは砲門の狙いを女に変更。

 再び砲撃を行おうとしたが、女の拳が突き出される方が早かった。

 鋼の手甲が到達した瞬間、紙切れのようにひしゃげる砲身。


 械獣の巨体が揺らいだ。

 慌てたように2足歩行体勢に戻り、前足を振り回すリザルーモ。

 対する女は軽快に跳躍して回避。

 械獣に向けて黒い短刀の切っ先を向ける。


 刀身に刻まれた回路図のような文様が輝く。

 光の軌跡を描きながら、黒い短刀が振り抜かれる。

 突き出した刃が械獣に触れると、火花を散らしながら金属質の皮膚に傷が入った。

 間髪入れず、傷口に拳爪を叩き込む女。

 肉食獣のような拳が振るわれるたび、戦車の砲弾では傷一つ付かなかった械獣の装甲が剥がれ落ちていく。

 女はバランスを崩した械獣の背後に回り込むと、後足を力一杯蹴り飛ばした。

 生身の人間ではあり得ない、重機のような一撃。

 脚部の関節を砕かれ、たまらずうつ伏せに倒れ込むリザルーモ。


「械獣の次元障壁残量、推定30%! 順調に削れています」

「耐久力は大したことねえな」


 会議室の人々が見守る中、女はさらに猛攻加勢。

 青い装甲から放たれる渾身の右ストレートが突き刺さり、トカゲ頭に大きな亀裂が入った。

 鋼の巨体が地に伏せる。

 ひっくり返った械獣はビクビクと痙攣。

 すると、金属質の皮膚の隙間から光が漏れだした。

 会議室のカメラがズームする。


「械獣の次元障壁0%! コアユニット露出を確認!」


 敵の分析を担当するオペレーターが声を張り上げた。

 カメラ映像をよく見ると、リザルーモの後頭部直下、生物における脊髄の位置に、煌々と輝く立方体が顔を覗かせている。

 物体を視認した女は短刀を腰に戻し、背中の装甲のカバーを開いた。

 中から取り出したのは、長さ50センチメートルの赤い杭。

 右腕のジョイントに杭を接続すると、手甲の下に折りたたまれていたレバーが展開する。

 杭の先端を械獣の頭部に突きつけた女は、レバーに備わったトリガーを迷わず押し込んだ。


 即発動、瞬間加速。

 ロケットのように勢いよく射出された杭は高速回転しながら亀裂をこじ開け、そのまま内部の立方体を貫いた。


 直後、凄まじい大爆発。

 黒煙で塗りつぶされるカメラ映像。


 数秒間の暗転の後、会議室のモニターは別のカメラ映像に切り替わった。

 映っていたのは、爆心地で平然と立ったままの青い装甲。

 爆風を至近距離で受けたはずの女の顔には、煤の欠片も付いていない。

 一方、必殺の杭を打ち込まれた械獣は上半身が粉々に爆散し、胴体はピクリとも動かなくなった。


「械獣の無力化を確認。状況終了します」


 オペレーターが耳につけていたインカムを外すと、会議室に張り詰めていた緊張感が緩んだ。



 ◇◇◇◇◇◇



 西暦2370年――人類は謎の機械兵器『械獣(カイジュウ)』の脅威に晒されていた。


 世界中に突如として出現し、街や人を屠っていった異形の怪物たち。

 彼らの体表面を覆う不可視の鎧『次元障壁(ジゲンショウヘキ)』は、砲弾はおろか核弾頭の直撃すら耐えてみせた。

 各国政府は一丸となって抵抗。

 しかし、通常兵器が効かない械獣の前に、既存の軍隊は無力。

 国家体制は崩壊し、人類は総人口の半分を失ってしまう。

 そんな人類に生存の道を切り開いたのは、人を超える機械の装甲『アームズ』だった。

 次元障壁を引き剥がし、械獣を完全に破壊できるアームズの登場により、戦局は一気に好転。

 崩壊した国家に代わり『連邦政府』を樹立した人類は、械獣を撃退することに成功した。

 その後も散発的に現れる械獣に対処するため、連邦政府は対械獣防衛軍『AMF』を設立。

 アームズを纏う選ばれし戦士は『装者』と呼ばれた。


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