第三話:STiLA
作中に出てくる建物や施設は、いずれも実在しません。
ショッピングモールの中は、初日に行った駅舎よりも暗かった。
駅舎と同じく天窓はあるものの、天井が高すぎるうえに面積も広すぎるのだ。
これでは、せっかくの陽光を光源として活かせない。
ショッピングモール特有の贅沢な高さと広さが、却って仇になるとは。
この様子だと、夜になる前に足元も見えなくなりそうだ。
「───暗いとこばっか目につくようになっちまったなぁ」
「なに?」
「状況がさ。
ショッピングモールに全く人おらんて、普通ならそっちのが不自然なはずなのにさ。
そこすっ飛ばして、暗いなぁ、て感想が最初に来るようになってきたなぁって」
「見事にまぁ、オレの思ってることを言語化してくれたな」
早乙女の言う通りである。
ここ、大型複合商業施設STiLAは、地元で一・二の規模と人気を誇るショッピングモール。
本来であれば、地元民の憩う場所だ。
だからこそオレ達はここへ来たし、ここにも人がいないことを真っ先に着目すべきだった。
ところが、実際に着目したのは暗さのほう。
早乙女の指摘を聞くまで、優先順位がおかしいことに気付かなかった。
「(さっそく麻痺しちまってるってことだよな、これ)」
ちょっと、まずいのではないか。
人がいないのもライフラインが死んでるのも、もはや当たり前になりつつある証拠ではないか。
いちいち驚かなくなったのは良い。
ただ、違和感を違和感と捉えられなくなるのは問題だ。
何が正常で何が異常か、感覚だけは切らさないよう注意しなければ。
「───はーい、とうちゃく~」
しばらく歩いていった先で、先導するおばさんが立ち止まった。
オレ達が入口として使った正面口、またの名を南口。
そこから真っすぐに一階フロアを進んでいき、食品売り場に面した通路を右折したところにある、いわゆる待合室。
ベンチを並べただけの簡素なスペースだが、これが意外と無くては困る。
連れの用事を待つ人や、飲食店に入る程じゃないが歩き疲れた人なんかが、主に小休止のために利用するのだ。
本来であれば、の話だけど。
「ちょーっと暗いけど、みんなで座れるとこって案外限られててね~。
その分ほら、今は他に誰もいないし、ゆっくり出来るでしょ」
ベンチは、壁沿いにコの字型で7つ並んでいる。
ベンチの上には、野外キャンプ用のLEDランタンが1つずつ置かれている。
ベンチは元々あったとして、ランタンの方はおばさんと女の子が手分けして置いたと思われる。
このあたりは陽光が届かないし、照明も点かないので、必要最低限の措置だろう。
オレ達と同じ発想だ。
「こっちはビジホって感じだな」
「シッ!」
オレ達とで違うのは、こちらの方がランタンの質が良く、数も多いこと。
おかげで、待合室全体を照らせるだけの照度がある。
なんなら、天窓の真下より明るく感じる。
「さ、ほら。
指定とかないから、好きなとこ座って座って」
先程、女の子がおばさんを呼びに行った時。
オレ達の元へ戻ってくるまでの所要時間は、10分に満たなかった。
呼びに行っただけにしては遅い気がするが、あれやこれやを準備してからと考えると、早過ぎる気もする。
つまり、これらのランタンは、オレ達を迎え入れるために急拵えされたものではない。
以前からここで、おばさんと女の子は過ごしてきたようだ。
「だってよ、リーダー」
「え、なしてオレがリーダー」
「まぁまぁ」
"好きなとこ座って"。
おばさんに促されて、照美と早乙女はオレを一瞥した。
さっき代表して挨拶したのもそう。
三人ともに話を振られたり、選択を迫られた場合、二人は何故かオレに決断を委ねてくる。
「え、と……。
じゃあ、ここ座っていいすか」
「どうぞ~」
オレは向かって右側のベンチを選んで座った。
照美と早乙女も付いて来て、わざわざランタンを除けてまでオレと同じベンチに座った。
「なんでだよ。他にもあるだろいっぱい」
「なんとなく」
「つれないこと言うなって」
席順もやはり、オレが真ん中に。
除けたランタンは、早乙女が膝に抱っこした。
なんかポニョみたいだ、トメ。
「仲いいのね~。
せっかくだし、私達もお隣座らせてもらいましょうか」
「そうですね」
「今ウェルカムドリンク用意するからね~」
「あ、わたしが……」
「いいのいいの!さき座ってて!」
女の子もおばさんに促されて、オレ達と直角になるベンチに怖ず怖ずと座った。
おばさんは女の子に続かず、部屋の隅に寄せてあった買い物カートへ近付いた。
あのカート、来た時からそこにあったけど。
あれも多分、おばさん達が自分で置いたものだよな。
「お飲み物なにがいい~?」
「はえ、飲み物っすか?」
「そ!色々あるけど、好きなのは?」
「えっと……」
「あ、実際に見なきゃ分かんないか!」
困惑するオレ達を察してか、おばさんがカートを引いて戻ってくる。
「走ってきたって聞いたからさ、喉渇いたでしょ?
私の奢り───、になるかは、今はまだ分かんないけど。
遠慮せず飲み食いしてくれていいから!」
カートには、上下ともにカゴが積まれている。
上が菓子類やパン類で、下が500mlペットボトルの飲料水。
なるほど、ウェルカムドリンク。
おばさん達が自分用にと準備していたものを、オレ達にも振る舞ってやろうということか。
「いいんすか!
やったー、いただきまーす!」
「すいません、いただきます」
「めっちゃ喉渇いてたんで有り難いです~」
「ミクちゃんは?」
「わたしは今はいいです。ありがとうございます」
おばさんの奢りかどうかはさて置き、ご厚意に甘えさせてもらう。
オレと照美は緑茶、早乙女は0キロカロリーのスポーツドリンクをチョイス。
加えて早乙女は、生クリームをたっぷり挟んだデニッシュも手に取った。
大きな矛盾を犯していることに、恐らく本人は気付いていない。
「(ていうか今、ミクって……?この子の名前か?)」
カートを退けたおばさんも、女の子の隣に遅れて着席。
オレは緑茶を半分まで一気飲みし、いつ話を振られても答えられるよう身構えた。
「さて、改まったところで───……。
なんの話から始めましょうか?」
「まだ名乗ってもないですし、やっぱり自己紹介からの方が……?」
「ありゃ、そっか!うっかりしてたわ!」
おばさんと女の子で相談し、とりあえず自己紹介をという流れに。
オレはすかさず挙手をし、お邪魔したこちらから名乗るべきと、照美と早乙女に目配せをした。
「新名良太、東篠学園三年、ハタチです!
横二人とは腐れ縁みたいなもんで、同じ大学通ってて、今の状況は───、あとで纏めて話します!
好きな食べ物はカツカレーで、嫌いな食べ物は魚卵全般です!」
小学生でももっとマシなオレの自己紹介に、おばさんと女の子は拍手で返してくれた。
次、とオレが締め括ると、今度は照美と早乙女で目配せをした。
早乙女はまだデニッシュをモグモグしている。
照美は半笑いで肩を竦め、ほぼ飲み干した緑茶の蓋を閉めた。
「照美です。大体のプロフィールは右に同じ。
遅くなりましたが、突然押しかけてしまってすいません。
お茶、ごちそうさまでした」
照美はオレに乗っかって詳細を省いたあげく、オレより丁寧な謝辞を添えた自己紹介をした。
「あ、ラストぼくっすね。
早乙女雅といいます。よく漫画みたいな名前って笑われます。
学校とか関係とかは二人が言ってくれた通りで、好きな食べ物は甘い物と焼き肉です!
えっと、えへへ。お腹すいてたもんで。品がなくてすいません」
早乙女は口に付いた生クリームをクリームパンみたいな手でゴシゴシしながらの自己紹介に終わった。
その様子が可笑しかったのか、おばさんがくすくすと笑って、"美味しい?"と早乙女に尋ねた。
早乙女は元気いっぱい良い笑顔で、"うん!"とお返事した。
なんで"うん"なんだよ。
"はい"だろそこは。
オレが突っ込む前に、早乙女は自分で訂正した。
気が緩むのは分かるが、おばさんはお前のお母さんではない。
「大学生くらいかなーとは思ったけど、東篠の子だったのねぇ、みんな。頭いいんだ」
「いやいや、そんな大したもんじゃないですよ実際」
「なんちゃって東大とか言われてるしな」
「ぜんぜん大したものよー、私の知り合いで落ちた子いるもの。
あ、でもミクちゃんだったら、もっとイイトコ行けるかな?」
「まさか、わたしなんてほんと、買い被りですよ」
オレ達の通う東篠学園は一応、北海道では五本の指に入る名門校とされている。
オレと早乙女は超超頑張ってなんとか、照美はもっと上を目指せたが安牌で受けた。