第二話:明るい空と暗い展望
結論から言うと、オレ達は現実の世界に戻れなかった。
「───エ、は?え?」
「なにごと?」
「誰か電気点けた?」
「点けねーよ。
じゃなくて点かねーんだって」
「つか外なんか、外───、そと!?」
真っ先に飛び起きた照美に続いて、オレと早乙女も慌てて布団から抜け出す。
中央に立つ照美が代表して窓のカーテンを開けると、空はいつぞやほどに明るくなっていた。
「朝……、いや、昼……?」
どうなっているんだ。
たった今この瞬間まで、この世界は夜だったはずだ。
もしかして、自分達でも気付かない内に寝落ちしてしまったのだろうか。
だとしたら、照美の立案した"寝て起きる"作戦は、一応は遂行できたことになる。
目論み通りにいった実感は、まったくないけど。
「現実に戻った、ってこと?」
「お前寝た覚えあるか?」
「ない」
「俺もない」
「じゃあなんで朝になってる?」
「オレに聞くなって」
「………。」
「………。」
「………。」
果たしてここは現実なのか、いまだ夢の中なのか。
答え合わせをするのが何となく怖くて、誰も核心に迫ろうとしない。
「もっかい、確かめてみる?昨日の」
とはいえ、いつまでも呆然としているわけにもいかない。
オレの目配せに照美と早乙女が頷き、オレ達は恐る恐ると位置についた。
「準備いいか?」
「いいよ」
「"せーの"で同時?」
「"せーの"、って言い切ったタイミングで同時」
オレはテレビのリモコン。
照美と早乙女は自分のスマホ。
それぞれでキーアイテムを持ち寄り、リビングテーブルを囲む。
「せーの─────」
意を決して、答え合わせ。
オレの合図で、キーアイテムの電源ボタンを一斉に押した。
「………。」
「………。」
「点かねえ」
テレビの電源は点かない。
スマホの方はどうだろう。
暗いままのモニターを確認したオレは、望みを託すような気持ちで照美と早乙女に振り返った。
二人はスマホの画面を見詰めたまま、微動だにしていなかった。
「ど、どう?どんな感じ?」
「………。」
「………。」
「おーい、照美さーん、早乙女さーん……?
できればお返事を───」
「昨日ってさ」
「あぇ?ハイ」
「30日だったよな」
「うん」
「4月はさ」
「ええ」
「30日までだよな」
「そうですね」
「………。」
「………。」
「え?」
"昨日は30日だったか"。
"4月は30日までか"。
そう尋ねたきり再び黙ってしまった照美と、一声も発さずにいる早乙女。
テレビの電源が点かなかった時点で、作戦が失敗した覚悟はできたけど。
そんな、いや、まさか。
「これ」
早乙女が自分のスマホ画面をオレに向ける。
三秒の間を置いて、オレも二人と同じ顔になった。
「しがつ、さんじゅうにち」
画面に表示されている日付は、4月30日。
その隣に表示されている時刻は、12時6分。
これらの数字が一体なにを示しているかというと。
オレ達は気付かない内に照美の作戦を遂行し、でも失敗に終わった。
のではなく。
オレ達が照美の作戦を遂行する前に、この世界の時間が逆行した。
とどのつまり、オレ達は。
なんちゃって異世界トリップを果たした先で、タイムスリップまで経験してしまった。
というわけだ。
「実は勘違いで、昨日29日だった説ない?」
「ない。
スマホ開くたび日づけ目に入ってたから、30日で間違いない」
「おれ自分でも気付かん内に寝ちゃったんかと思ったよ」
「オレもだよ」
「みんなそうだよ」
予想外の展開すぎて、頭の整理がつかない。
なんなら全員、物理で頭を抱えている。
「ちょっと、情報まとめるか、とりあえず」
眼鏡ケースから眼鏡を取り出した照美が、スマホのメールアプリを起動する。
アプリをノート代わりにして、これまでに起こった出来事を文章に纏めてくれるらしい。
「まず、俺達がこの世界で目覚めた時。
日付は4月30日、時間は12時ちょっと過ぎだったな」
「あ、そっか12時か。
じゃあ昼の12時と夜の12時で、12時間経ったタイミングで、夜の12時から昼の12時に戻ったのか」
「12がゲシュタルト崩壊しそうだな」
「で、だ。
そこから俺達は駅周辺を散策して、ここ。
ニーナの家に集まった」
「他には誰もいなくて、インフラ死んでて───」
「そこは今はいい。
とにかく今は、なんで時間が戻ったかを優先して考えよう」
インテリキャラよろしく、中指の先で眼鏡のブリッジを持ち上げる照美。
オレ達の中で最も偏差値が高いのは照美なので、ドン詰まりした状況では照美がリーダーシップを執ることが多い。
「そもそも俺達は、寝れば現実に戻れるもんと仮定して、今まで行動してきたよな」
「なんの確証もなかったけどな」
「いざ寝ようとしたら急に夜が昼になって、4月30日で12時だってなったよな」
「だいぶ端折ったな」
「ぶっちゃけこの世界が何なのかも、なんで同じ日を繰り返してるのかも全部意味わからんけど」
「せやな」
「寝たら現実に戻れるかもって仮説は、まだ駄目にはなってないだろ?」
「あ」
照美の指摘で、オレと早乙女はハッとした。
オレ達は照美の作戦を遂行した上で、失敗したのではない。
まだ実行してさえいないのだ。
であれば、是非を決めるのはまだ早い。
なぜタイムスリップが起こったかはさて置いて、今からでも寝ることは出来る。
寝ることが出来れば、成功するにせよ失敗するにせよ、今度こそ是非を問えるわけだ。
「そういやそうか。
別に昼でも寝ようと思えば寝れるか」
「それなんだけどさ。
お前ら今から寝れつって寝れるか?」
「今すぐに、は、さすがに体びっくりしちゃって無理だろうけど……」
「それ」
「どれ?」
「びっくりして、の前に。
お前らの体、今どんな状態なってる?」
「どんなって……」
照美の重ねての指摘で、またもやハッとさせられる。
散策の疲れと、
帰り道で余計な運動を足した疲れと、
なにより緊張状態が続いていた精神面での疲れ。
ちょっと前までのオレ達は、疲労した体を布団に投げ出し、不安は拭えないながらも、心地好い眠気に包まれていた。
ところがだ。
今となってはどうだ。
眠気はおろか、疲労までもが嘘のように飛んでいる。
目も頭も冴え、怠かった四肢はすっかり軽くなっている。
タイムスリップによるショックで、一時的にアドレナリンが分泌されているせい。
なんて理屈だけでは、とても片付けられないほどに。
「てことは、何か?
オレ達自身の状態も、記憶が続いてるだけで、えー……。
30日の、12時の時点にリセットされたってことか?」
「最初は俺もそう思ったんだけど、だとしたら今ここにいる説明がつかないんだよ」
「ニーナん家?」
「なるほど……。
全部リセットされたんなら、オレらは今駅前にいないとおかしいのか」
「そゆこと」
「あ。だったら───」
「ん?あ───」
ふと思い付いたオレはキッチンへ。
つられて思い付いたらしい照美はトイレへと走った。
照美の思い付きが何にせよ、オレはキッチンにあるゴミ箱を確認するために。
「ない……」
燃えるゴミと、プラスチックゴミと、ペットボトル専用ゴミ。
体感で言えば数時間前、飲み食いした菓子類やジュース類の残骸を、ここに捨てた。
はずだった。
目の前のゴミ箱に、それらの痕跡はない。
あるのは元々の、オレ個人が出した家庭ゴミ。
この世界で、オレ達が飲み食いした分だけが、跡形もなく消えてしまった。
「どうだった?」
「なかった。そっちは?」
「普通に綺麗だった」
「は?……ああ、なるほど」
リビングへ戻る途中、同じく戻ってきた照美と合流。
どうやら照美は、早乙女がひり出したウ○コを確認に行っていたらしい。
そちらも跡形もなくなったようで、照美は安堵したのと残念なのと、複雑そうな面持ちだった。
安堵したのは、ウン○がまんまの状態で残っていなくて良かった、の意味。
残念なのは、オレ達が起こした行動の全てはこの世界に反映されないだろうこと、に対してと思われる。
「タイムスリップって実際こんなもんだっけ?場所は関係ない感じ?」
「現実に起こらんこと真面目に討論してもな」
「てかこの場合ってタイムスリップなの?リープなのトラベルなの?」
「俺らの体が元気になってる点ではリープだけど、俺らが今お前ん家にいる点ではスリップ寄りだな」
「スリップとリープのハイブリッドってこと?
くそややこしいなクソ」
「どっちみち不完全ってこった」
「えっと、えと、あの、お二人さん。
おれ抜きで納得しないでケロリン」
席に戻ったオレと照美に、半ベソかきながらハテナをぶつけてくる早乙女。
オレと照美で教育しているとはいえ、本来の早乙女は現実主義かつ非オタ体質。
漫画だったら王道的にこう、アニメだったらお約束的にこう、という理屈に一人だけ付いて来られないのは無理もない。
「あーっと、ごめんね。オタクくんの悪い癖出ちゃった。
パンピーにも分かるように順を追って説明してあげるね」
「フォローするようでトドメ刺してねえか言い方?」
ガチオタから非オタへ、ファンタジーにおけるセオリーを一から指南。
するのは流石に面倒臭いので、オレと照美の二人がかりで、要点のみを早乙女に説明してやった。