第一話:腹が減っては何とやら
手始めに訪れたのは、駅舎構内。
生憎とここにも生き物の気配はなく、電気も通っていなかった。
「や~、冷静になってみると圧巻ですな~」
「絶景かな絶景かな」
「アラ~、雅な殿方~」
「本家雅から一言どうぞ」
「心頭滅却すれば火もまた涼し」
「ヤダ~、一人だけ汗かいてる~」
電気が通っていないということは、照明はもちろん空調も不能ということ。
おかげで構内全体が薄暗く、肌寒い。
天窓から差す陽光がなければ、どちらの意味でも長居は難しかった。
「(ある意味、異世界より不気味なんだよなぁ)」
煌々とライトアップしたり、ガンガンに暖房焚いたりしてるイメージは、元々なかったけど。
こうも普段との差を感じてしまうのは、それだけ普段の恩恵が大きい証拠だ。
フラットな状態だからこそ見えた視点。
駅舎ってのは、思いの外あちこちに電気を食うらしい。
何気ない日常の中では、きっと意識が及ばなかっただろう。
「ちょっと大っきい声出してみていい?」
「はずみで屁するなよ」
「ウ○コーーーーーッッッ!!!」
「下が駄目だからって上からウン○出すな」
「一度でいいからやってみたかったんだよね~。
公共の場で恥ずかしいこと叫ぶの」
「チ○ポでなかっただけマシか」
「あれ?お前ポ派だっけ?」
「俺ポ。お前コ?」
「コ。なんでポ?」
「ポのがなんか上品な感じすんじゃん」
「いやいや、コのが愛嬌ってか、可愛いげあるって」
「間とってチン○ンでいいよもう」
「チ○チン電車~」
「きりたんぽ」
「やめろ好物だぞ」
ここまでは特段、驚くほどじゃない。
人がいないのも、電気が通っていないのも、外れてほしかったが想定の範囲内だ。
妙なのは、人の気配がないくせに、人のいた形跡はあること。
壁には近々行われる予定のイベントポスターが貼られているし、テナントの売店も土産屋も商品だけは陳列されている。
いずれも人のいた形跡、本来は人が営む場所であることを示すものだ。
なんで電気が通ってないのに、物はあるんだよ。
現実と同じところと違うところ、出来ることと出来ないこと、区別するにはまだ足りない。
「記念に一枚撮っとくか」
「目覚めたらどうせ意味ねえのに?」
「今楽しむ分だけでもええやん。
無人駅をバックにスリーショットとか二度とねえよ」
「ポーズは?」
「アヘ顔ダブルピース?」
「さすがにやめとこうそれは」
オレ達はオレ達で、妙なテンションが再燃した。
どこまで行っても誰もいなくて、馴染み深いはずの場所が異世界のように感じられて。
なんで誰もいないんだよって戦慄のゾクゾクを、やった誰もいないぜって興奮のドキドキで打ち消そうとしている。
騒ぎ立てるだけ無駄と、分かってはいても。
どうしたってやっぱり、怖いもんは怖いし、気味が悪いから。
態とらしくふざけ合うことで、生理的な本能を誤魔化そうとしてしまう。
照美と早乙女もたぶん、同じ気持ちだ。
二人の目を見れば、オレは二人の考えてることを大体わかる。
オレの目を見れば、二人もオレの考えてることを大体わかるだろう。
口裏を合わせなくても同調できるのが、幼馴染みの強みだ。
「どうする?移動する?」
「となり?」
「最後に電車見ていかね?」
「音なんもしねーのに?」
「動いてないの確定だろ」
「動いてなくても、モノはそこにあるかだけでもさ」
30分かけて、駅舎構内はおおよそ散策完了。
最後にプラットホームの方へも回ってみたが、案の定だった。
さっきの、電気が通ってないのに物はある、の逆バージョン。
物はあるのに電気が通ってないせいで、鉄の塊と化している。
ウンともスンとも言わない電車が、ただそこにあった。
駅前のターミナルには、バスやタクシーが何台か停まっているのを確認済みだ。
となると、交通インフラは麻痺状態。
公共交通機関は、飛行機なども含めて、ホームに集まっていると考えるべきだろう。
大学受験当日、大雪が降ったせいで遅刻しかけたのが懐かしい。
「やっぱ動かんか~」
「せめて扉だけでも開けばなぁ。
無人の電車乗れるチャンスだったのに」
「夢って案外、思い通りにならんよな」
「それよ。
大空を羽ばたきたいのに、地面スレスレで低空飛行しか出来なかったりとか」
「夢でくらいご都合主義させてくれってんだ」
"せっかくなら電車の中も散策してみたかった"。
"あわよくば運転してみたかった"。
なんてお気楽な文句を垂れつつ、オレ達は続けて、隣接する商業施設へと向かった。
**
「───ヤッベーーーーー!!!」
「つか暗ーーーッッ!!」
「おっばけや~しき~」
商業施設も、雰囲気は駅舎と大差なかった。
無人、無音、閑散としていて薄暗い。
ただ、駅舎と違って天窓がないため、それらの特徴がより顕著に出ている。
早乙女の言葉を借りるならお化け屋敷、例えるなら清潔な廃墟である。
「どうする?手分けして全層回る?」
「無理コワイ。離さないで。ギュッと抱きしめて」
「お前の顔のがコワイって」
効率を重視するなら手分けするべきだが、お化け屋敷で単独行動をとれるオレ達ではない。
タイムロスを承知で三人一緒に、地上1階から3階までをざっと散策する。
スマホのライトで行く手を照らしながら、誰かいませんかと方々に声かけしながら。
「なんなのもう、こういうの間に合ってるんだってマジで」
「お前ほんとホラー苦手よな」
「普段あんなふてぶてしいくせにな」
「ッッッワ!!!」
「バァ!!いきなりなんだよ!」
「人いると思ったら俺だった」
「普通に鏡じゃん」
「テンプレ通りな反応すなや」
駅前広場、駅舎構内、商業施設。
各地に渡って散策を行った結果、得られた情報は以下の通り。
ひとつ。
人間を筆頭に、すべての生き物の気配がないこと。
ふたつ。
オレ達の五感は正常に働くこと。
みっつ。
インフラが機能していない可能性があること。
よっつ。
時間の概念があること。
いつつ。
時間の経過に伴って、オレ達以外の登場人物との邂逅および、この世界から脱出する手がかりが自然発生する兆しはないこと。
未だ解決の糸口さえ掴めないが、一番の疑問は確定したと言っていいだろう。
誰もいないかもしれないに、かもしれないは不要。
正真正銘、この世界にはオレ達しかいないようだ。
「外だいぶ暗くなったな」
「そろそろ引き上げるか。スマホの電池も死にそうだし」
「こっから解散して家帰んの?ほの暗い夜道を?」
「無理。ほんとうに無理。俺すでに泣きそう」
「ならオレん家来る?一番近い」
「そうしよ」
「でも最終、寝なきゃだろ?」
「別に三人で寝りゃいいだろ」
「そっか」
サンサン太陽さんがお色直しされた今、スマホのライトだけを頼りに動き回るのは、場所を問わず危ない。
後ろ髪を引かれつつも、散策はここでお開きに。
最終目標の"寝て起きる作戦"はオレの自宅で、これまた三人一緒に行うことになった。
「晩メシは?どうする?」
「こんな時でもメシの心配できんのオマエ?」
「だって腹減ったんだもん」
「カップ麺のストックくらいならウチにあるけど……。
それだけじゃ、ちょっと足らんよなぁ」
「そもそも食えんのかカップ麺なんて?お湯使えるかも分からんのに」
「確か水からでもイケたはず」
「え~、ラーメンは温ったかくてナンボだろ~」
「やっぱ調理いらん既製品オンリーになるか」
「それでいったら、なんだ。お菓子?ポテチとか?」
「あんの?」
「一個」
「一個かぁ~。
今日だけと思えばギリ持つか?」
「ねぇ」
「うん?」
「目の前に食べ物いっぱいあるけど」
話を戻すが、この世界には時間と五感の概念がある。
つまり、何時間も歩き回ったオレ達の体は今、どうなっているかというと。
絶賛疲労中にして、絶賛空腹中なのである。
そんなオレ達の目の前には、広々とした食品売り場がある。
陳列された商品の中には、お菓子などの既製品に加えて、生鮮品や惣菜なんかも見受けられる。
おわかり頂けただろうか。
基本的に、生鮮品や惣菜は日持ちしない。
当日中に人の手を入れて、出来れば当日中に売り捌く必要がある。
では、その人手はどこから来たのか。
オレ達以外に誰もいないはずのこの世界で、誰があの肉や野菜を加工し、惣菜を調理したのか。
「いや……。あるけどいっぱい……」
「あ、そっか。誰もおらんと会計できないもんな」
「そっちじゃねえって!」
「なんで誰もおらんのに惣菜とかあんのって話!」
「あ、そっか
え?あ、そうか。ん?」
「空腹で我を忘れてる……」
今にも手掴みでムシャムシャと食い荒らしていきそうな早乙女。
オレと照美は二人がかりで早乙女を抑え、食品の状態を種類別に調べていった。
「冷めてる……」
「そりゃそうだろ。ホカホカだったら絶叫だわ」
「でもコロッケの衣そこまで萎びとらんぞ?」
「出来立てじゃあないけど、かなり前に作られたってわけでもないのか」
「あ、アイスは?
冷凍庫の電源切れてんなら、全部溶けてんのかな?」
「食い物のことになると冴えるよね急に」
生鮮品は、良くも悪くも普通の鮮度。
冷凍品は、芯までは溶けきらない半解凍。
惣菜は出来立てでも、長らく放置されていた風でもなさそうだった。
肌寒いほどの室温であれば肉も野菜もすぐには傷まないだろうし、アイスなんかも互いに冷気が作用し合えば暫くは持つだろう。
一番得体の知れない惣菜だって、調理から数時間経っていると考えれば、出来立てでないのも納得だ。
いずれも逆算して、オレ達が目を覚ました時刻が境界線。
昼の12時を目処に陳列まで、と推測できる。
「どうすんの?お前ん家のストックで間に合わせんの?ここで追加で買うの?」
「物は試しってことで一つ」
「本気で言ってる?」
「既製品はセーフって認識なら、家にあんのも店にあんのも変わらんだろ」
「くそ、こいつに論破される日が来ようとは」
「論破とは」
とはいえ、調理場は完全に蛻の殻。
肉にせよ野菜にせよ惣菜にせよ、誰が作ったのか分からないし、ここで作られたのかも分からない。
見た感じ品質に問題はなさそうでも、出所不明の食べ物を口にするのは抵抗がある。
「別に払わんくても良くね?誰もいないし、つか夢だし」
「一応だ一応。後になって泥棒扱いされても困るだろ」
「惣菜の天ぷら、その場でつまみ食いするの夢だったんだけどなぁ」
「夢は夢でも憧れの方な」
「お前のやりたいこと、しょーもないのばっかだな」
物は試し、命は大事。
直に人の手が入っていなさそうな、かつ常温で食べられる菓子類を中心にお買い上げ。
代金は、動かないレジ横に纏めて置いておいた。
「えっ、暗いんだけど?」
「オレに言われても」
「こんな暗くなんの早かったっけ?」
「天気悪かったからじゃね?」
「あー、そういや太陽、元気なかったもんなぁ」
「風もないしな」
「いいから早よ帰ろうぜ。落ち着きたい」
「だな」
時刻は16時57分。
夕焼けに急かされるようにして、オレ達は駅周辺を後にしたのだった。