第六話:独法師
より厳密な共通点と相違点を。
探るためには、互いに歩み寄らねばならないと、思っていた。
互いに心を開くのは大変なことだと、思っていた。
少なくとも、オレは。
「───今日の晩ごはん選手権します!
お肉とお魚どっちにしましょーうか!」
「はい!お肉がいいです!」
「うちも肉~!お魚嫌~!」
「大人組はー?どうー?」
「僕は料理できないので、お任せする以上は何でも構いません」
「俺は魚食いたいですけど、そこのデブとキッズが煩いんで、譲ってやります」
「魚も人気ですね。
テットさんも、やっぱり魚派ですか?」
「俺はこう見えて、肉食だよ。ステーキも、ハンバーグも大好き」
「それはすごい。ステーキなんてお食事で出るんですね」
「出ることもある、くらいかな。
クリスマスとか、特別な日に、二切れくらい」
「施設だとそうなっちゃうんですね……」
なんか、実際はオレの思ったほどじゃなさそう、というか。
みんな、いつの間にそんな、仲良くなったんだ。
「よーし、では本日のメインを発表します!」
「わくわく!」
「多数決の結果、ハンバーグに決まりましたぁー!」
「やったぁー!」
「我が生涯に一片の悔い無し」
「終わらすなここで人生を」
「あっ、でも、ホノカちゃん、シチュー食べたいって言ってなかった?こないだの鍋も」
「言いましたぁー!でもハンバーグのこと考えたらハンバーグの口になったからモーマンタイでぇーす!」
「次か、その次くらいにシチューにしましょうか」
「そうね。また手伝ってくれる?」
「もちろんです」
「俺ら外の様子見に行ってきます」
「はーい、お願いしまーす」
まだ三日目だぞ。
時間で言えば一日半で、みんなが集まってからは半日も経ってないんだぞ。
なんで、たった半日弱の間に、長年の付き合いみたいな、和気藹々みたいな。
「ここではね、働かざる者食うべからずの掟があってね」
「食材切ったり炒めたりを手伝うってことですか?」
「それもだけど、もっと重要な仕事があるんだ」
「どんな?」
「君達ももう分かってると思うけど、この世界ではライフラインが使えない」
「ライフラインってなに?」
「電気、水道、ガスのことさ。
これらが使えないとなると、お料理も普通にはできない。
代わりのものが必要になってくる」
「ペットボトルのミネラルウォーターとか?」
「そゆこと!
他に食器とか、ガスコンロとかも調達しなきゃならないんだ!」
「なるほど!」
「今回は特別に、その調達任務を、君達にやってもらおうと考えている!」
「なるほど……?」
「広恵さん、あれ」
「悪知恵ついたね~、トメくん」
どんな裏技を使ったんだ。
オレがちょっと目を離した隙に、みんなは何をして何が起きたんだ。
オレは、オレと未来ちゃんは、何も出来なくて、何も起こらなくて。
「───料理できる人はすごいですね。手順を確認しなくても、次から次に体が動いて……」
「長年やってればね~。
感心なのはミクちゃんよ。お鍋の時も思ったけど、ご両親からそうとう仕込まれた感じ?」
「仕込まれた、かどうかは分からないですけど。
自炊程度なら、えっと、小学生くらいから……?」
「えっ、小学校から料理してんの!?ミクちゃんパイセンすげー!」
「いやいや、みんなはまだ中学生で、わたしは高校生だから……」
「その理屈で言うと、僕は三ツ星シェフでなきゃおかしいですね」
「あ、え!?いや、あ、そういうつもりでは……」
「ていうかアシベさん、体大丈夫なの?普通に参加してるけど」
「ご心配なく。出先で仮眠とらせてもらったので」
「もしかして、帰り道はテルさんが運転を……?」
「聞きたいですか?」
「聞きたいような、怖いような……」
ああ、未来ちゃん、本当はそんな風に笑えるんだね。
オレといる時は愛想笑いだけだったから、てっきり。
「テットさーん」
「おや、もう出来たの?」
「メインはまだですけど、ヒロちゃんさんが付け合わせを作ってくれました」
「ポテトサラダです!味見に一口どうぞ!」
「いいのかい?じゃあ、失礼して……」
「どうですか?」
「おいしいよ。お店の味みたいだ」
「おおー!ヒロちゃんさんに報告しなきゃ!」
「じゃあ次、これ。
ほうれん草の───、なんだっけ?」
「なんとかの、なんとか和えみたいな」
「ははは。ごはんの前に、お腹いっぱいになっちゃうね」
哲人さん、なんだかんだ、構われて嬉しそう。
ずっと一人でいたんだし、他に誰かいるってだけでも、安心するよな。
みんな、哲人さんが喜ぶ言葉選ぶの、うまいなぁ。
「───トメくんも負けてないね~!さすが自炊男子!」
「前は野菜の下拵えしか出来なかったすからね。本領発揮ってやつですわ」
「すごいねー、今時の子は。
料理は女がするものって時代は終わったんだねぇ」
「いやいや、ヒロちゃんやミクちゃんには全然負けますよ」
「戻りましたー」
「お、噂をすれば」
「どのくらい進みました?」
「これから焼くとこ。
追加のお肉は私が片すから、トメくん焼きお願いできる?」
「ガッテンでい」
「ヒロちゃんさーん!
テットさんお店の味するってぇー!」
「あら嬉しい!」
すげえ盛り上がってる。
広恵さんなんか、すっかりトメを頼りにしてるじゃん。
ミニマム三馬鹿も、めちゃくちゃトメに懐いてて。
そうだよな。
トメ優しいし、面白いもんな。
老若男女問わず愛されキャラだし、半日もあれば好きになるよな。
「───まだ回ってないとことなると……」
「高速の近くとかは、誰も掠ってないんじゃない?」
「高速かぁ。あのへん人が集まるとこってほぼないし、行っても無駄足な気すんなぁ」
「いつも、あんな風に人探ししてるんですか?」
「いや、本格的には初めてだよ。俺らにとっちゃ、君が最初のひとり」
「………。」
「どうしたの?」
「ああ……。心配しなくても、あのことは皆に言わないから」
「あ、いや……。別に、隠したいってわけじゃ……」
「分かってるよ。わざわざ言う必要ないってだけ」
「そうだよ、気にすることじゃない。
とにかく、君が無事で良かったよ」
「……はい。ありがとうございます」
芦辺さんとテルも、すっかり意気投合って感じだ。
共通の趣味なんかなくても、頭いい同士は馬が合うもんなんだな。
博士くんなんて、テルの後ろばっか付いて歩いて、弟みたいだ。
テルはもっと、じっくり付き合って良さが分かるタイプだと、オレは思ってたけど。
オレが特別ニブいだけで、普通の人は普通に、すぐ気付けるのかもしれない。
「───あ、そういえば」
「どったの?」
「外、照明イジってなかったなって」
「ホイホイのこと?もう設置してあるよ?」
「そうなんだけど、スイッチ入れるのは後回しにしてたじゃない?暗くなってからでいいねって」
「そーだった。
おれ、ちょっくら行って───」
「来なくていい」
「わ!いつの間に。
アシベさんと難しい話してたんじゃなかった?」
「だいたい済んだ。
照明の方も、さっき様子見に行ったついでに点けといた」
「アラありがと~!
頼んでなかったのに、よく気付いたね!」
「目に入ったんで。
ついでに音源の方も変えときました」
「もう一日終わるのに?」
「なんの曲にしたん?」
「デ○モン」
「初代?」
「初代」
「いいね」
テルも、トメも。
自分に出来ることを考えて、自分に相応しい居場所を見付けて。
もう、なくてはならない存在に、なってる。
なんの役にも立ててないのは、居場所がどこか彷徨ってばかりいるのは、オレだけ。
いなくても、誰も困らない存在は、オレだけだ。
「───みなさーん、そろそろ食べる時間ですよー。集まってくださーい」
「やったぁー!」
「待ってました」
「テットさん、立てますか?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
「なんか、大家族みたいですね」
「そうだね。厨房に全員入るといいけど」
差がついた、じゃない。
元からあったんだ、差とか違いとか。
二人と比べてオレは、何も持ってなくて、何も捨てられるものがなくて。
特別に嫌われない代わりに、特別に好かれる人間でもないってこと。
「───みんな揃ったねー?」
「よーし、じゃあ……」
「………。」
「………。」
「じゃあ、なんだよ?」
「いや……。
カンパーイってやろうかと思ったけど、乾杯してる場合じゃないよなって」
「それはそう」
「うーん、状況的にはそうかもだけど……。
せっかく、テットさんとハカセくんも迎えられたんだし、二人の歓迎会も改めてってことで、いいんじゃない?」
「そっか!じゃあ、今日はとりあえず───」
「カンパーイ」
こんな空しい気持ちになるんなら、三人のままの方が良かった。
「(こういうとこなんだって、なんべん言わせんだ、クソ野郎)」
オレに出来ることも、オレの居場所も。
見付かる気がしないのは、現実と同じだ。