第六話:空中浮揚
「───三人が転倒組……」
「てんとう虫みたいだね」
「今そういうのいいから」
「三人とも自宅にいた組でもあるよね」
「じゃあほぼ自宅みたいなとこ居たテットさんも……?」
「どうですか?
いつも通りに過ごしていた時は、何か、自分の身に起きたか、自分の周りで起きたかしました?」
「うーん」
「いつもと違うようなことです」
「見慣れないものを見たとか」
「んー」
「分かんないか」
「うー……、そうだね。いつも通り……、むー。
ベッドから落ちるのは、別に初めてじゃないしなぁ」
「なんですって?」
ひとつ、はっきりした。
オレ達の全員、4月30日0時0分時点の装いをしている、ということだ。
オレたち三馬鹿とミニマム三馬鹿は、改元ジャンプを行った時の服装。
芦辺さんは、職場で残業に追われていた時の服装。
広恵さんは、自宅でちょっとした用事を済ませていた時の服装。
だから、真島さんと神田くんだけが寝巻き姿なのだ。
前者のオレ達が深夜でも活動していたのに対し、真島さんと神田くんは普通にオヤスミの時間だったから。
「それ以外は、特に変なことなかったんですもんね?」
「なかったと思う。それこそ、いつも通り」
「わたしもです」
「4月30日の、一日の過ごし方はみんなバラバラで」
「直前の行動も、みんな一致ってわけではなくて」
「今んとこ唯一の共通点といえば───」
聞けば、真島さんはベッドからの転落。
未来ちゃんと神田くんは、広恵さん同様に転倒をした覚えがあるという。
「みんな、"宙に浮いてる状態"だった……?」
もうひとつ、はっきりはしないが、わかってきた。
オレ達の全員、4月30日0時0分時点に、何かしらの方法で宙に浮かんでいた、ということだ。
オレたち三馬鹿とミニマム三馬鹿は、改元ジャンプで跳ね上がった時。
芦辺さんは、職場のエレベーターで別階層に移動していた時。
真島さんは、施設のベッドから転げ落ちそうになった時。
広恵さん、未来ちゃん、神田くんは、自宅で転びそうになった時。
芦辺さんのエレベーターだけ引っ掛かるが、地に足が着いていないという表現には当て嵌まる。
転んだ組も、転んでいる間はどこにも体が触れていないから、宙に浮かんでいるのと同義だ。
「確かに、浮いてると言えば、そうかもだけど……」
「アシベさんだけ微妙に違う気するけどな」
「すいません」
「謝らないで頂いて」
「マジでそれしかないんか?共通点」
「大中小トリオはなんかある?さっきからずっと黙りだけど」
「ちんぷんかんぷんです」
「僕もです……」
「お話遮ってまで意見したいことはないですね」
「そんなん気にしなくていいって!」
"0時ジャストにジャンプをして、その瞬間だけ地球上にいなかったことにする"。
まさかとは思ったが、オレ達のふざけた推論が、マジかもしれないとは。
というか、何番煎じのおふざけで、本当に地球上からいなくなってしまうとは。
「仮に浮いてることが共通点だとして、私達しかいないのは変じゃない?」
「変とは?」
「さっき、転ぶことは誰でも有り得る、有り触れたことだって話したでしょ?
有り触れたことなら、他にもいっぱい、共通点ある人がいるべきでしょ?」
「それはそう」
「この周辺には少ないってだけで、市外とか道外とか、全国的にはもっといるのかな」
「さすがに道外はねぇ。確かめたくても、この状況じゃあねぇ」
「それなんですけど、俺とアシベさんで話し合ったことがあるんです」
「テル?」
いや、違う。
違わないが、そうじゃない。
オレ達は何番煎じのおふざけをしたんだ。
現に、オレ達と同類のグループが、ここにもう一組いる。
だったら、もっといても、おかしくないんじゃないか。
何番煎じなわけだから、オレたち以外にも同じ発想をして、同じ行動をした奴がいたはずだ。
全国津々浦々、改元ジャンプに興じた同士が。
なのに何故、ここにはオレ達だけなのか。
「共通点がなんであれ、少なくともここには10人以上集まったわけだから、ここじゃない何処かでは100人とかいる可能性もあると思うんです」
「全国的には?」
「全国もだし、もしかしたら世界規模にも」
「まぁ、考えてみりゃあ、そうだよなぁ。
おれらだけ特別って方が不思議な面子だもんなぁ」
「そうよねぇ、こんな普通のおばさんがねぇ」
「ヒロちゃんを悪く言ってんじゃないってば!」
「で、アシベさんと話し合ったことって?」
「世界や全国となると厳しいですが、市外に出るくらいならまだ現実的ですので、一度は試す価値があるのではと」
エレベーターや、転倒や転落にしたってそうだ。
場所は違えど、同じ時間に同じ状況にあった人達は、たくさんいたはずだ。
なのにここには、たった数人しかいない。
「えっ、アシベさんとテルさん、いなくなっちゃうんですか?」
「いなくはならないよ。
俺とアシベさんじゃなきゃって決まったわけでもない」
「面子もだけど、移動手段どうすんのよ?
遠出するってなったら車は絶対必要だし、でも12時間周期で元の場所に戻っちまうわけだろ?」
「そこはホラ。ここ停めてあったタクシーみたいに、道すがらで車やら自転車やら拝借していけば、いつかは目的地に着くし帰って来れるだろ」
「食べ物はどうすんの」
「お前はまた食べ物か」
「そんなんコンビニでもスーパーでも、適当に賄えば済むことだ」
「不可能な話ではないのか」
「時間は相当にかかりそうですけどね」
「でもでも、それやっちゃうと暫く帰って来れないんですよねー?
せっかくみんな一緒になれたのに、また離れ離れになんの寂しくないですかぁー?」
「離れ離れの間に、どっちかに進展あったとして、すぐに連携とれないって問題もあるぞ」
「わかってる。あくまで提案ってだけだ。今はな」
宙に浮かんでいた、だけじゃないのか。
他にも条件があった上で、宙に浮くことは駄目押しに過ぎないのか。
「そういえばだけど、12時間周期でどうなっちゃうのかな、車」
「うん?」
「12時間経ったら、元の場所に戻るんでしょ?
じゃあもし、車に乗った状態で12時になったら、乗ってた人はどうなるんかな?」
「確かに」
「車だけ戻って、乗ってた人はその場に取り残されるのか、乗ってる人ごと戻って、ワープみたいになんのか」
「冴えてるね~、トメくん!」
「ウフフ、そうすか?」
「そうだ、冴えてるで思い出した!」
「はいどうぞ」
「そもそもなんで道路に車走ってねーんだよって、ミクちゃんと話したんだよ。ね!」
「はい」
「バスとか電車とかがホームに固定なら、タクシーだって会社にあるべきだし、一般車は家の車庫か駐車場にあるべきだろ?
なのになんで、道路走ってないのは共通してて、固定位置はバラバラなん?」
「その話こっちでもしたわ」
「結論でた?」
「いや。漠然とした疑問を言語化できるようになっただけ」
仲間集めを優先すべき段階は終わった。
既に集まった仲間達の、より厳密な共通点と相違点を、探していかなければならない。
「試したいこと、一気に増えたな」
「試せるかどうかはさて置いてな」
「仲間探しは、もうやめちゃう感じ?」
「やめはしない。引き続き探す」
「異空間を脱する手がかりには、あんま繋がらん気もするけど……」
「イマサラ」
「どっちにしても、"時間が解決してくれる"に全ベットするわけいかねーだろ」
「下手に動いて状況悪化せんことを祈ろう」
遅いか早いか、三日目夜にして急展開。
オレ達が出会ったのは、偶然じゃないかもしれない。