第五話:柏の木
「あのさ、ミクちゃん」
「はい」
「良ければ、なんだけどさ。ミクちゃんの話も聞かせてくれない?」
「え?」
「いやー、ほら。ずっとオレの話ばっか聞いてもらっちゃって、悪いなーと思ってさ」
「ニーナさんのお話、おもしろいですよ?」
「え?ああ、ありがとう。そー、いうことじゃなくてね。
オレもミクちゃんの、ミクちゃんだけじゃなくて、みんな普段どういう生活送ってんのか、とかさ、気になるっていうか。
せっかくこういう、一応、ご縁があったわけだし?旅の恥は掻き捨て?じゃなくて、えーと」
「なるほど」
「もちろん、なんとなくそう思っただけで、無理に話せってんじゃないよ?
人によって色々、生きてりゃ色々あるだろうし、そもそも別に、友達ってアレでもないんだし。
ましてや年頃の女の子に根掘り葉掘り聞いちゃうオレがシンプルにキショ───」
「あ」
真正面から切り込むはずが、無駄に予防線を張りまくってしまうオレ。
すると未来ちゃんが、オレの言い訳を遮るように声を上げた。
「とまって」
「え?」
「停まってください!」
先程よりも大きい声で未来ちゃんが制止する。
オレは慌ててブレーキペダルを踏み、何事かと後部席を振り返った。
「なん、ど、どしたの!?」
「あれ!」
「あれ!?」
「あの、あそこ、たぶん老人ホームの、えと……。
とりあえずあの、ベージュっぽい建物のとこまで戻ってください!」
オレの言い訳がウザくて、わざと遮ったのではなかったらしい。
未来ちゃんも慌てた様子で、通り過ぎてしまった分を引き返すよう、オレに指示した。
「(ベージュっぽい───、あれか)」
指示された通りにタクシーをバックし、指示された通りの位置で停車させる。
「(かしわぎ……?)」
道路向かって左側。
ベージュというよりはサフランイエローの二階建て。
優に30人は入居できそうな、恐らくは老人ホームに類される施設。
表門の標札には、"かしわぎの里"と記されている。
「ここ?」
「ここです。ここの一階の、手前に小さい花壇のある部屋」
助手席と後部席の窓を開け、シートベルトを外して身を乗り出す。
「手前に小さい花壇の───」
かしわぎの里の一階、手前に小さい花壇のある部屋。
未来ちゃんの指差す先に目を凝らしてみると、人影のようなものが窓越しに揺らめいて見えた。
「人……?」
「かは分かりませんけど、動きがある時点で異常事態発生ではないかと」
「確かにそうだ。行ってみよう」
待ち侘びた進展。
この機を逃してなるものか。
オレと未来ちゃんはタクシーを降り、人影の正体を確かめに走った。
「───駄目だ、鍵かかってる」
「お部屋まで直接行ってみますか?」
「それしかないか」
正面玄関の扉は施錠されていて、施設の中には入れそうになかった。
こうなったら、部屋の窓から直接こんにちはするしかない。
「誰か居そうですか?」
「いや……。
見えたの、ここで合ってるよね?」
「合ってます」
「見間違いじゃないよね?」
「集団幻覚でなければ」
「どっか移動しちゃったのかな……」
あいにくと、部屋の方にも誰もいなかった。
窓とカーテンが邪魔ではあるが、無人なのは気配で分かった。
「待ってみます?」
「叩いてみたら気付くかな?」
「ちょっと怖いですね」
「なんで?」
「おばけだったらどうしましょう」
「ハハハ縁起でもない」
人影の正体が移動してしまったのだとすれば、オレと未来ちゃんは行き違いということになる。
一方的に存在を知らせるだけでもと、強めに窓を叩いてみる。
「反応ないですね」
「奥の方にいるなら聞こえないかも」
「わたし達も奥───、外から回ってみますか?」
「の、前にもう一回。
大きい声出すから耳塞いで」
「えっ」
窓コンコンには無反応。だったら第二段階。
それでも駄目なら、何処からか侵入を試みるまでだ。
「ごめんくださーーーい!!
どなたかいらっしゃいませんかーーー!!!」
第二段階のクソデカスクリーム発動。
未来ちゃんが両手で耳を塞ぐ隣で、オレは四方八方に呼び掛けた。
間もなく、部屋の中から足音が聞こえてきた。
足音は徐々にこちらへ近付き、窓の前で立ち止まった。
「あ」
「あ」
窓のカーテンが、そっと開けられる。
現れたのは、かしわぎの里の入居者と思われる、老齢の男性だった。
「どうも……」
ニーナアンドミクペア。
よく分かんないけど、謎のおじいさんゲットだぜ。