第五話:鏡の中でも目が合わない
スティラを出発して一時間。
オレは運転席から、未来ちゃんは後部席から、周辺地域を見て回った。
「───そっちどう?相も変わらず?」
「相も変わらず。ずーっと変わらず、です」
「やっぱなぁ。
干し草から針探すようなもんだしなぁ」
「そちらはどうですか?
どこか変わったとこ、ないですか?」
「んー。景色はまんまだけど、運転の方はだいぶ慣れたかな?」
「この状況に?」
「そうそ。
だーれもいない道ひたすら走んのって、冷静になると、まだちょい怖いんだけどさ。
少なくとも、視覚的には普通になってきた、と思う」
「なるほど……。
確かに、そうかもしれないですね」
「ミクちゃんも初めてなんだよね?こっち来て車乗るの」
「はい。ずっと徒歩移動でしたので。
おかげで楽にはなりましたけど……、うん。
冷静になると、やっぱりちょっと怖いかも、です」
「だよね」
なぜ未来ちゃんは後部席にいるのかというと、別に助手席を嫌がったのではない。
後部席の方が左右を行き来できるからと、合理性を取ったらこうなったのだ。
ちゃんと二人で話し合って決めたことだから、オレがキモがられているとかではないのだ。
「あーもー!一人くらいそろそろ見付かっておくれや!」
「もう一時間経ちましたね」
「針どころか糸のレベルだぜこりゃ~」
「わたしはてっきり、別のどこかでは、わたし達みたいに集まりがあるのかと思ってました」
「オレもおんなじこと思ってたよー……。
最悪、マジでオレらだけだったりしてね」
「これ以上は増えないと?」
「そう。全人口、あれだけ」
「それは……」
「………。」
「………。」
「……あ、図書館つきました」
「降りてみますか」
「降りますか」
しかし、懸命な探索も虚しく。
時おり停車や下車をして、めぼしい家屋に近付いてみたり。
オレ達はここにいるぞと、クラクションを連打してアピールしてみたり。
やることなすこと空振りに終わり、オレと未来ちゃんの体力が削られるばかりだった。
「大丈夫?疲れてない?」
「わたしは大丈夫です。ニーナさんは?」
「オレも大丈夫だけど……、ね」
「そうですね……」
「ちょっと休憩にしようか。持ってきたおやつ食べよう」
「そうですね」
「あ、せっかくだから外出て食べようか。ピクニック的な」
「お日様ないですけど……」
「なくてもさ。外の方がなんか、空気いい感じするじゃん。
車のが落ち着くってんなら、そっちでも構わないけど」
「わたしは、ニーナさんがいいなら、なんでも。
外で休憩にしましょうか」
「やったー」
オレ達の通ったルート上には、誰もいなかったのか。
本当はいる誰かが、我関せずを決め込んでいるのか。
後者だった場合、せっかく巡り会えた仲間と合流したがらない理由なんてあるのか。
なんの釣果も得られないまま、更に一時間。
埒が明かないと判断したオレと未来ちゃんは、冷静になるためにも小休止を挟むことにした。
「おいしい?」
「おいしいです。ニーナさんのは?」
「おいしいよ。食べてみる?」
「いいんですか?」
「何個でもどーぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
「どう?」
「すごくイチゴです。おいしいです」
「でしょ。よく買うんだこれ」
「わたしのも、良ければ」
「お、ありがとー」
「どうですか?」
「めっちゃピスタチオ。おいしい」
「ふふ」
「んふ、オレなんか可笑しい?」
「いえ、ちょっと。こういうの、あんまり経験なくて」
「お菓子食べさせあったりとか?」
「それもですけど、買い食い?というか。
この場合の買い食いは、意味が違うんでしょうけど。
外で物食べたりするのが、あんまり」
「そうなの?
高校生なら、学校帰りに友達と肉まんとか……」
「んー……。うちの学校、厳しくて」
「あー、進学校だもんね。
でも寂しいね、そんなんじゃ。バイト禁止くらいは聞いたことあるけど、コンビニの肉まんも駄目ってかなり───」
「4時になりました」
「あえ?ああ、ほんと」
スティラから持ってきたお菓子とジュースで、軽いピクニック。
なんとなく停まったコンビニの前で、物寂しい空を仰ぎながら、二人並んで飲み食いに終始する。
「次来る時は、あれ。持ってきた方が良さそうですね」
「あれ?」
「あの、広恵さんがオススメしてくれた……」
「メガホン?」
「メガホン。
あれなら、直にわたし達の声を届けられますし、反応してもらいやすくなるかも」
「クラクションでもウンともスンだったけどね。
なんだったら、一台でも車走ってる時点で、近くにいれば気付くだろうし」
「……そのことなんですけど」
「うん?」
「車。法則性がよく分からないですよね」
「法則って?」
「道には一台も走ってないし、停まってもないわけじゃないですか。
バスとか電車とかも、ホームに置いてあるだけで」
「うん」
「でも、スティラの駐車場には、タクシーはあったじゃないですか。
いつもと比べると少ないですけど、一般の車もけっこう停まってたじゃないですか」
「そうだね」
「変じゃないですか?
公共のバスや電車がホームにあって、だったら一般の車もホームに、その持ち主の家にあるべきじゃないですか?」
「あ、そう!それだよ、オレも引っ掛かってたの。
アシベさんの車が会社固定って聞いた時から、なんか違和感あったんだよね」
「4月30日の、12時を迎えた瞬間に、現実の世界から切り離されたとするなら、車は道にあるはずなんです。
なのにそうではなくて、じゃあどの車も、元々あった場所に固定なのかと思えば、そんなこともなくて……」
「そうだよね。いや、ほんとそうだわ。オレらそのへんまで頭回ってなかったわ。
ミクちゃん冴えてるね」
出発時と比べると、会話が続くようになってきた。
オレはタメ口を許してもらえたし、未来ちゃんも受け答えで吃らなくなった。
多少は打ち解けられたと思うのは、オレの思い上がりではないはずだ。
なんだけど。
会話が続くようになっても、核心には触れられない。
とりわけ未来ちゃんのパーソナルな話題を振ろうとすると、言葉巧みにはぐらかされてしまう。
もしかして未来ちゃんは、あんまり自分の話をしたがらないタイプなのだろうか。
ふと過ぎった疑念も、俺の思い違いではなさそうだ。
「テル達は気付いてるかな、これ」
「そういえば、テルさんとアシベさんは、今どのあたりなんでしょう?
もうスティラに向かってたりするんでしょうか?」
「どうだろう。時間的にはまだだけど、アシベさんの体調もあるしなぁ。
余裕持って早めに切り上げてるかもね」
「わたし達はどうしますか?」
「あっちの進捗も知りたいし……。
オレ達も、今日はこのへんにしとこうか」
「わかりました」
「帰りは別のルートで行ってみよう」
「いいんですか?ナビもないのに……」
「大きく迂回しなければ大丈夫だよ」
小休止を終え、再びタクシーに乗り込む。
もうじき空が暗くなり始める時間だ。
ルートを変えがてら、早めの帰路につくことに。
「───テルさんといえば、ペーパードライバー?なんですよね?」
「そうだよ。ああ見えてあいつビビリだから」
「トメさんは?トメさんもペーパーさんなんですか?」
「トメはペーパーじゃないよ。割と運転してる。車じゃないのも運転してる」
「車じゃない、というのは?」
「あいつの実家が農家でさ、手伝いでよくトラクターとか乗ってるんだよ」
「確か、私有地なら免許がなくても……?」
「乗れる乗れる。オレも前に乗せてもらったことあるよ。
ガ○ダムみたいでテンション上がったなぁ」
「本当に仲良しなんですね」
「腐れ縁だって」
対向車なし、先行車も後続車もなし。
カーナビが機能しない代わりに、信号も標識も守る必要なし。
最初こそ、更地よろしくな道路に浮かれていた。
事実上は女の子と二人きりのドライブでもあるし、せっかくなら楽しんで行こうと意気込みもあった。
「小学校からのお付き合い、なんでしたよね?」
「オレとトメはね。
テルは中二の時に引っ越しちゃって、大学でやっと再会したの」
「偶然だった、って仰ってましたね」
「これは三人全員ね。
トメとも別に、示し合わせたってわけじゃない」
「示し合わせてないのに一緒って、すごいですね」
「言われてみればね。
オレら大学まで一緒かよ~、マジ腐れ縁だな~、なんてトメと二人で話してたらさ、まさかのテルまでいてさ。
生きとったんかワレって感じだったわ」
「連絡は取り合ってなかったんですか?」
「テルの引っ越し先が本州の方でね。
お父さんの仕事の都合とか、色々あったらしくて。
なんだかんだって忙しくしてるうちに、それどころじゃなくなったっぽい」
「なるほど……。ますますもって、すごいですね」
「ミクちゃんは?そういう相手、いたりするの?
小学校からずっと同じクラスなんです、みたいな人」
「わたしはないですね」
「………そっかー」
今となっては、気まずさが勝つ。
延々と続く道路が、二人きりの密室が、恨めしくさえ感じる。
こんな時、照美や早乙女だったら、もっと上手くやれたんだろうか。
あいつらが相手だったら、未来ちゃんも心を開いたんだろうか。
「(オレの話は、関心を持って聞いてくれてる。
オレとの会話自体は、特に問題がある感じはしない)」
いや、オレが勝手に及び腰になっている可能性もある。
いっそ真正面から切り込めば、普通に応えてくれるかもしれない。
「(本当に嫌だったら拒否するはずだし、拒否されたら止めればいいだけだ。
直接的なやつは避けて、まずはざっくりと、全体的な……)」
頭の中を整理し、慎重に言葉を選ぶ。
ルームミラーでタイミングを窺い、いざ未来ちゃんのパーソナルど真ん中へ。