第五話:空
整備完了後、オレと照美は外に出た。
見上げた空は、本当の意味で真っさらだった。
「こんなことある?」
「いまさら」
太陽も雲も、風もない。
ただ明るいばかりの、文字通りの灰色の空。
改まってみると、確かに恩恵を感じない。
一応は春先の昼間だというのに、暖かくも心地好くもない。
ここが屋内か屋外かの違いさえ、目をつむってしまえば分からない。
「夜もっとヤバイ感じ?」
「ちょーやばい感じ」
「どんくらい?」
「マジ暗黒。墨汁降ってきそう」
「そんなにヤバイのに、なんでオレらはずっと気付かなかったん?」
「そりゃあ……、ちゃんと夜出歩いたことなかったし。ちゃんと空見上げたことなかったし」
「他の皆は普通に気付いてたのに?」
「他の皆は単独だったからじゃね?」
「単独だと気付きやすくなるの?」
「話し相手がいないと、こう……。いろいろ敏感になるんだろ。視覚とか聴覚とか。
そういうアレだよ。知らんけど」
「真面目なトーンで適当なこと言うな」
今の今まで、オレたち三人はその事実に気付かなかった。
明るければ朝で、暗くなれば夜だと、無意識に思い込んでいた。
夜はやっぱり冷える的なことも、ぼやいていた気がする。
広恵さん達いわく、昼夜の寒暖差はないはずなのに、だ。
「つか太陽ないのに明るいの意味わからんくね?
昼と夜の概念だけあるの謎すぎね?」
「パパァ、どうしておそらはあおいのぉ?」
「パパじゃねえし青くねえ」
「俺だって聞かれても分かんねえよ。ただ空の色が変わったとしか」
「それしかないかぁ。モヤモヤすんなぁ」
三日目にして漸くとは、どんだけ注意力が散漫していたんだ、オレ達は。
自らの不甲斐なさにはショックだが、困り果てる程の事態ではない。
空が真っさらだろうと、太陽や風の恩恵を受けられずとも。
異空間でタイムループを繰り返す今のオレ達にとっては、瑣末なことだからだ。
暖かくはないが、寒くもない。
風がない代わりに、嵐も起きない。
明るい朝と暗い夜の概念は、現実に同じ。
春先の気温も、現実のそれが反映されている。
異常気象固定でなかっただけ、むしろ有り難がるべきだろう。
「(弊害が出てくるとすれば、たぶん───)」
たとえば。
年単位で日の光を浴びなかった人は、身体面でも精神面でも健康被害があるという。
だから、少なくとも今は、杞憂と捉えていいはずだ。
「───どうします?このまま四人で行きます?」
気を取り直して、と芦辺さんが鶴の一声。
オレ達は顔を見合わせ、目の前のタクシーを見比べた。
「タクシーは全部で三台……」
「三台とも運転は出来る状態なんですよね?」
「確認済みです。
それぞれ会社違うので、車種だったり内装だったりに差はありますけど」
「一般車両もあるにはありますけど」
「さすがにこの数を虱潰しは無理」
三日目も担当を分けての別行動。
早乙女と広恵さん、新たに加わったミニマム三馬鹿は、スティラに残って留守番をするチーム。
オレと照美、芦辺さんと未来ちゃんは、先日の芦辺さんに倣って探索に出掛けるチームだ。
スティラに詳しい広恵さんと、車を運転できる芦辺さんを主軸とした結果、この編成になった。
二人は年長者でもあるので、今やリーダーと副リーダー的な扱いだ。
「ドライバーはお前とアシベさん」
「えっ?あ、テルさんは免許は……?」
「あるよ。あるけど、あるだけのペーパーくそ野郎なの俺。ごめんね」
「なにもそこまでは……」
「だったら二手に別れますか。せっかく人数増えたことですし」
「となると、どっちがどっちになりますね」
「お前ミクちゃん連れてけよ」
「はっ?」
唐突に白羽の矢を立ててくる照美。
動揺したオレは未来ちゃんを見るも、未来ちゃんはオレを見なかった。
「なん、なんで急にそういう?オレはだん、全然、いいんだけどさ」
「僕は一人でも構いませんよ」
「駄目っすよ。
ただでさえ睡眠不足でフラフラなんだから、いつ体調不良なるか分からないでしょう」
「面目ない」
「その点、俺が控えてれば、途中で運転代わってやるとかアシスト出来ますし」
「ペーパーくそ野郎が何言ってんだ?」
「そりゃあアレよ?現実世界ではうっかり事故起こしたり人轢いちゃったりする恐れあるけど」
「こわ」
「ここでは事故ったとて、人は死なない」
「いやアシベさんは」
「スピード出さなきゃ軽傷で済む」
「僕は後部席に乗った方が良さそうですね」
照美の言う通り、体調不良の心配がある芦辺さんを放っておくのは危険だ。
最低でも誰か一人は、彼に付き添う必要がある。
となれば、適任はやはり照美か。
照美なら良くも悪くも目敏いし、臨機応変に立ち回ってくれる。
ペーパーを自称する運転だって、機会が少ないだけで下手なわけではないのだから。
「ミクちゃんはどう?どうしてもコイツ嫌なら、俺らと三人で行くって手もあるけど」
「おい」
「いえ、あ、わたしは……。
こちらこそ、ニーナさんがお嫌でなければ……」
「だってよ、お嫌さん」
「そっち名前じゃねーよ。
オレももちろん、ミクちゃんが嫌じゃなければ!」
「はい、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
なんだかんだと、再編からの追加からの細分したチーム編成完了。
愛想笑いで無理してる感が否めないが、未来ちゃんもオレとのペアを承諾してくれた。
問題はオレだ。
相手は気になる女の子で、車内という密室に二人きりで。
願ったり叶ったりなシチュエーションとはいえ、経験が無さすぎるせいで手放しに喜べない。
「ルートはどうしますか?
アシベさんは昨日───、以前は、北のほう見て回ったんですよね?」
「ざっくりとですけどね。公共の施設を中心に」
「なら、今日は反対の、南のほう巡ってみますか」
「そうですね。
───君達はどうしますか?」
「オレらはー……。アシベさん達が北行って南だからー……」
「消去法なら西か東」
「じゃあー、東?
にしようかなと思うけど、ミクちゃんはどっか行きたいとこある?」
「わたしはどこでも大丈夫です。ニーナさんの運転しやすい場所で」
巡回する地域は、照美と芦辺さんが南。
オレと未来ちゃんが東に決まった。
南は中央駅のある方角だが、徒歩のオレ達では全域まで巡れなかった。
芦辺さん達には、オレ達が取り零したルートを浚ってもらうことになりそうだ。
「アシベさんが乗ったってやつどれすか」
「あっちのです」
「今回も同じので行きますか」
「異論がなければ」
「あるか?異論」
「ないけど……。
オレらは残り二つから選べばいいの?」
「そうだな。
つっても、そっち二つ車種一緒だけどな」
「えっ、え、もう行くんか?」
「まごまごしたってしゃあないだろ。暗くなる前には戻ってこいよ」
「誰もいないとはいえ、安全運転。気を付けてくださいね」
「あ、はい……」
段取りが済むや否や、照美と芦辺さんは持ち場へと移動していった。
先日に芦辺さんが使ったものと同一のタクシーを、今回も使うようだ。
「えっと……」
訪れる沈黙。
こっちはどないすんねん、とばかりに注がれる視線。
オレは目を泳がせたのち、深呼吸して腹を決めた。
「オレらはこっちの車、で、いいですか?」
「はい。
マイペースで、頑張りましょうね」
オレの緊張を悟ってか、未来ちゃんは敢えて微笑んでくれた。
オレは自らの不甲斐なさ再びで、乾いた笑いを返すしかなかった。
「はい、まいぺーすにがんばります」
三馬鹿でいる間は、一番の陽キャにしてお調子者。
三馬鹿から外れると、一転して不器用な上がり症。
オレってほんと、テルとトメがいないと何にも出来ないんだなぁ。
心中の反省だけは、未来ちゃんに悟られないようにした。