第五話:ミニマム三馬鹿
突如として現れた少年少女。
迫る刻限、余った食事、呼応するように鳴り響いた腹の虫。
ツッコミどころは満載だが、目下は腹の虫を鳴き止ませるのが先か。
積もる話はさて置いて、オレ達は急ぎ、鍋を温め直した。
残念ながら鶏の唐揚げは完売となってしまったが、余り物の鍋を少年少女は喜んで食べた。
やがて、無慈悲にも訪れたタイムループの時。
スマホに表示された時刻が、23時59分から12時00分に切り替わった瞬間に、すべてが消え失せた。
調理台に並べられた食事はもちろん、食事のためにと用意された備品も、食事で満たされた腹の具合も、何もかも。
残ったのは、何もなくなった調理台を囲む、オレたち自身だけ。
こんなこともあろうかと、立食形式に急きょ変更したのはファインプレーだった。
「───もっといっぱい食べたかったぁー!」
「あはは、残念でした」
「もうちょっと早くに合流できてればね~」
「だから公民館は後回しにしようって言ったのに……」
「公民館いったの?」
「はぁ~い……。
そのせいであれです、時間無駄にして、あの、タイム、タイム……」
「タイムロス」
「それぇ!
そっち寄んなければお腹いっぱい食べれたのにぃー!」
「まぁまぁ。
また何か作ってあげるから」
「ほんとですか!シチューとか!」
「いいよいいよー。なんでもリクエスト受け付けるよー」
「シチュー好きなんだ?
白いのと黒いのと、どっち特に?」
「白いのがダントツ好きでぇーす!」
中田ほのかさん。
南第二中学校に通う二年生。14歳。
平均寄りの華奢な体格、癖っ毛気味なセミロングの黒髪。
一見すると何処にでもいる中学生だが、顔には中学生らしからぬ化粧が施されている。
本人いわく、学校終わりの放課後や特別な祭事のある日に、着飾って出掛けるのがルーティン。
コンプレックスは顔中に散らばった黒子で、それを誤魔化すためにも化粧は欠かせないのだという。
要約すると、TPOは弁えられるタイプのイケイケJC。
なぜセーラー服を着ているかについては、彼らのはじまりの話に繋がる。
「───向こう盛り上がってんな」
「いつものことですよ。あいつ常にテンション高いから」
「慣れてるんだね」
「なんか君だけお兄さんみたいだよね。下手したら父兄」
「あー、よく言われるっす」
「変なこと聞いていい?」
「なんすか?」
「君ら、男二人、女一人なわけでしょ?
いくら友達つっても、二・一でバラつき出たり、男女差で気まずくなったりしないの?」
「あー……。それもよく言われるっす」
「少女漫画とかでよくあるやつだね」
「いやいや、そういうのは全然っすよ。
普通に、三人で普通の、ただの友達」
「ふーん」
「まぁ、本人がそう言うなら、ね?」
「ですね」
大田翔五さん。
同じく、南第二中学校に通う二年生。13歳。
名は体を表すとばかりに、年上のオレ達に負けず劣らずの長身を持つ。
頭も爽やかな短髪で、スポーツマンかと思いきや、そうではないらしい。
顔立ちも整ってるし、言動も落ち着いてるし、どちらかといえば未来ちゃんに近い雰囲気だ。
ほのかちゃんのようなイケイケタイプとは、むしろ反りが合わなそうというのが第一印象である。
「───あ、そこ引っ張るんじゃなくて、回して点けるんですよ」
「えっ?あっ、そうですか、すいません」
「さっきから謝ってばっかだよー。そんな気にすることないのにー」
「あ、はい、そう、ですよね。
でも、これ癖っていうか、ついやっちゃうだけなんで、すいません」
「三人でいる時も、いつもそんな感じなの?」
「三人、の時は、そうでもない、かもです」
「信頼し合ってるんですね」
「信頼……、なのかな」
「あれ?そうでもなかったり?」
「いえ、信頼、といえば信頼、だと思います。
お互い、他に仲良い人とか、あんまし居ないので」
「そうなんだ……?」
小田冨真さん。
同じく、南第二中学校に通う二年生。13歳。
こちらも名は体を表すとばかりに、成長期にしても小柄な体格をしている。
全体的にふっくらと肉付きも良いため、ゆるキャラ的な愛嬌を感じさせる。
ほのかちゃんと翔五くんも大概だが、この中では冨真くんが一番異質かもしれない。
ほのかちゃんは冨真くんを虐めていそうだし、翔五くんとはカーストに開きがありすぎる。
ように見える。
「───なぁーんだ、やっぱもっと好きにして良かったんだぁー」
「いろいろ制限してたの?」
「こういう非常事態みたいなの、オレ達の誰も経験したことなかったんで」
「少ないお金で、コンビニで買い物、みたいなことしたり。
ほのかちゃんが持ってるガム、分け合ったりとかしてました」
「こんなに歩いたの生まれて初めてですよぉー!」
「どうりで普通の食事に飢えてたわけだ」
「なんなの?ここにいる人達はみんな同じ行動とらなきゃ死ぬ呪いにでもかかってるの?」
「倫理観とか金銭感覚は、近いものがあるんですかね」
そんな凸凹三人組、あらためミニマム三馬鹿の共通点は、彼らの名字にある。
小田、中田、大田。
三人ともに田が付いているだけでなく、なんと綺麗に大中小。
一年生時に同じクラスとなり、名字が揃いだという接点から仲を深めた。
今ではオレたち同様に、何処で何をするにも連れ立つほどのマブダチとのこと。
改めて、人は見掛けに依らない。
無関係の第三者が、あいつらはきっとこうに違いないと邪推することが、いかに低俗かを教えられる。
「───そちらのお三人は、どういう接点だったんですか?
幼馴染みと仰ってましたけど」
「オレらも何となくウマが合ったってだけだよ~」
「小学校が全員一緒で、中高で俺だけあぶれて、大学でまた一緒になったんです」
「てことは、ニーナくんとトメくんは、小学校から今までずっと一緒だったんだ?」
「そうでーす。
テルと大学で一緒になったのも、実は偶然で」
「ご縁があったんですね」
「腐れ縁ってやつ」
なにより驚きなのが、なぜ学生服姿なのかということ。
ミニマム三馬鹿のはじまりについてだ。
「───というか、驚いたのこっちですよ。
なんですか改元ジャンプて」
「それはオレらの造語っすけどね」
「アシベさんには話してなかったっけ」
「話す前にお休みになったからな」
4月30日の夜。
ミニマム三馬鹿は、人目を忍んで我が家を抜け出した。
指定の制服に着替えた上で、学校のグラウンドに集まったのだ。
理由は単純明快。
件のあれをやるため。
暗合にも彼らとオレ達は、場所を変えて同じ行動をとっていた。
彼らもまた、改元ジャンプによって異空間に飛ばされた仲間だったのだ。
「───ちなみに、なんで制服?」
「ほのかがやりたいって言い出して」
「なんで?」
「だってせっかくのアニバーサリーだし、今しか出来ないことなら、今しか着れない服でと思って」
「改元をアニバーサリーって言い方してる人初めて見た」
「よく補導されなかったね。
深夜に中学生が彷徨いてたら、それだけで目立つのに」
「制服姿なら余計じゃない?」
「そうならないために、上着着込んでカモフラージュしたんですよ!」
「ルートも人通らないとこ選んで、なんとか」
「危ないなぁ」
「親御さん心配したんじゃない?」
「かなぁ?」
そこからは、詳細に説明するまでもない。
グラウンドで目覚め、他に誰もいないことに気付き、どうしたものかと方々を転々とした末に、スティラ発見。
人間ホイホイの音と光に導かれ、勇気を出して中に入ってみたところ、オレ達が鍋を囲んでいたので、ご相伴に預かったと。
「───まー、なんか色々あったけど、大人のひとに会えて良かったです!
これからよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
「あっ、お願いします」
「よろしく~」
「ちなみに、呼び方どうする?アダ名とかあったりするの?」
「これっていうのはないんで、普通に名前で呼んでもらって大丈夫です」
「みんなさんは?アダ名、作ったりしたんですか?」
「オレ達はね───」
人間ホイホイや待合室の整備など、手分けしながらの雑談。
こうしてみると、オレ達もなかなかの大所帯になってきた。
「これからどうします?僕はまた車で探索に行こうかって考えてますけど」
「そっちも手分けしますか。俺らも一応は免許ありますし」
「お留守番するチームと出掛けるチーム?」
「とりあえずヒロちゃんには残ってもらった方が良くない?一番スティラに詳しいし」
「人間ホイホイの開発者だし」
「ということで、お願いしていいですか?」
「もちろん!ごはん作って待ってるよ!」
ミニマム三馬鹿と三馬鹿には、改元ジャンプという確実性の高い共通点が見付かった。
対してヒロちゃん達の共通点は不明のまま、年齢や職業は全員バラバラ。
探索に並行して、推理も始めていく頃合いかもしれない。
「なんか修学旅行みたいですね!」
異空間滞在三日目。
普通にしてても現実には戻れないのが、もはやオレ達にとっての普通になってきた。