第四話:三人ずつ寄れば
スティラにテナントを設ける飲食店の数は、計16店舗。
内のレストラン街と呼ばれるエリアは最上階、軽食メインのフードコートは一階に分かれている。
その中から広恵さん達が調理場として選んだのが、"ポッケサンド"。
北海道の一部でのみ展開する、ホットサンドに特化したパン屋だ。
名前の由来である"ポッケ"とは、アイヌ語で"あたたかい"を意味するらしい。
調理機材の整ったレストラン街ではなく、敢えて手狭なフードコートが選ばれた理由は二つ。
"フードコートの方が、食品売り場や正面口に近く、何かと融通が利きそうだから"。
サンドイッチといえば、今やハンバーガーに次いで親しまれる軽食の定番。
持ち歩き出来る利便性も相まって、手土産に買って帰る客も多い。
手土産に好まれるイコール、出入口付近に店舗を構えている。
出入口付近の店舗イコール、新たな来訪者があった場合に対応しやすい。
道理である。
「───おお、さっきぶり」
ポッケサンドに向かっている途中、別方向からやって来た照美と鉢合わせた。
照美もまた荷物を抱えていて、しかし頼まれた食器類とは違った。
「ただいま。
───で、お前のそれは何?」
広恵さん達とオレ達と、人数分のパイプ椅子。
照美の片手に三つずつ抱えられたそれは、イベント時などに見覚えのあるものだった。
「椅子。飲み食いする時に必要だろ」
「あー、待合室には戻らん系ね」
「鍋だからな。
あっちの厨房にデカイ調理台あってさ、ここで普通に作れるし食えるべってことになった」
「ふーん……。
肝心の鍋は?もう済ませたん?」
「とっくのとーちゃんよ。
むしろお前が遅すぎ。どこでウ○コしてきた」
「ウン○確定で進めんのやめろ」
照美いわく、頼まれた食器類は、買い物カートを用いたおかげで手短に済んだ。
追加の仕事はないかと申し出たところ、食事に良さげな椅子をと追加で頼まれたらしい。
オレの見立て通り、パイプ椅子はイベント用の備品。
従業員倉庫以外にも持ち出せる保管場所があって、広恵さんが教えてくれたそうだ。
「───戻りました」
「オレもただいまですー」
照美に続いて、ポッケサンドの厨房に入る。
厨房は待合室とは別のランタンで照らされていて、広恵さん達が作業中だった。
「おかえり~。
もうそろそろかなって話してたとこなのよ~」
備え付けの包丁で鶏モモ肉を一口大に切り分けていく広恵さん。
「遠いところ、お疲れ様でした」
下拵えの済んだ食材を鍋に敷き詰めていく未来ちゃん。
「おせーよアホ。待ちくたびれたわ」
悪態をつきながらもペットボトルのお茶を差し出してくる早乙女。
「そんなに遅かったかオレ?」
「遅い」
「そんなことないよ~。むしろ早かったくらい」
「遅い」
「つまりお前の主観じゃねえかバカ。ありがと」
早乙女の労いを受け取りつつ、背負ってきたバックパックを調理台の隅に置く。
後ろでは照美がパイプ椅子を一纏めにし、壁に凭せ掛けた。
「こういうのってどんくらい必要か分かんなかったすけど、三本あれば足りますかね?」
「えっ、三本!?」
「えっ?多いですか?」
「一食賄う程度なら、一本あれば十分よ!」
「マジか……」
「ごめんね、何本必要かまで、ちゃんと教えれば良かったね」
「そもそも、コンロとかボンベとかって、スーパーには売ってないもんなんですか?」
「大きいとこならね。
けど、ここの食品売り場には無かったわ。家電のコーナーにも」
「品揃えが良いんだか悪いんだか」
「で、でも、たくさんあった方が安心ですし。大は小を兼ねると言いますし」
「ミクちゃんイイこと言った!いっぱい持ってきてくれてありがとね!」
「オゥ、そーすか?なら良かったす!」
テレビショッピングのひと風に戦利品を紹介していくオレ。
品目ごとに新鮮な反応と感謝をくれる広恵さんと未来ちゃん。
そんなことより早く作業を再開しようと言わんばかりの早乙女。
一匹オオカミ気取りで自分のスマホをチェックする照美。
こんな時くらいスマホ弄るのやめんかい、テルくんやい。
「で、どうします?
もう作り始めます?アシベさんが起きてくるの待ちます?」
オレが内心でツッコミを入れた矢先、スマホ弄りの人が誰にともなく尋ねた。
どうやら照美は、手持ち無沙汰のためではなく、時刻を確認するためにスマホを持ち出しただけらしい。
「ついさっき寝たばっかだもんな」
せっかくの歓迎会および懇親会。
出来立ての料理を皆で囲むには、タイミングの調整が必要だ。
今すぐ調理を始めるべきか、遅らせるべきか。
芦辺さんを起こすか、起きてくるのを待つか。
「そうねー……。今が何時だっけ?」
「7時24分です」
「アシベさんが寝たのは?」
「6時過ぎです」
「まだ一時間くらいしか経ってませんね」
「みんながもう食べたいってことなら、後でアシベさん用に作り直してもいいけど……。
どうする?今やる?もうちょっと待つ?」
オレと照美、広恵さんと未来ちゃんは、別に今すぐでなくて良いと思っている。
問題は、オレの帰ったそばから遅い遅いと責っ付いてきた早乙女だ。
責っ付くくらいだから、かなりの空腹にあるのは間違いない。
さっき食べたデニッシュはどうしたと、聞いたところで本人は覚えていない。
「トメ」
お前の意見を尊重するぞと、オレは早乙女に視線を送った。
すると早乙女は、切なげな顔で小さく首を振った。
食いしん坊の前に心優しい男であることを、一瞬とはいえオレは失念していた。
「やっぱり、一人だけ除け者みたいになんのは、寂しいっすよ。
せっかくの懇親会なんだし、みんなが揃った時にパーッとやりましょ!」
早乙女の分もオレが意見する。
みんな快く同意してくれ、本格的な調理は保留となった。
**
スティラに於ける家電コーナー。
またの名を、"キクタ電化"前にて。
「───今度はお前が両手に花か」
芦辺さんが起床してくるまでの間、オレ達はチームの再編を行った。
暇潰しと虱潰しを兼ねて、スティラ内での探索を行うために。
今度の命運を委ねるのは、じゃんけんに似て非なるもの。
いわゆる"グーとパーで別れましょ"というやつだ。
正式名称を知ってる人とは、誰も会ったことがない。
「いいだろさっき頑張ったんだからぁ!」
「それはいいとして、俺このデブとランデブーなの?だる」
「ランデブーの意味」
「オマエタチ、言葉に気を付けたまえ。
空腹で苛ついた私の戦闘力は普段の1.2倍だ」
「大して変わらんやん」
グーパー編成の結果、照美と早乙女がチームA。
広恵さんと未来ちゃんとオレがチームBに。
「台車いる?」
「分けて運べば要らんくね?」
「でもヒロちゃんは台車ないとバッテリーきつかったって」
「それは半日持たせる用のやつだろ?
今日分なんて、もう残り三時間くらいしかないわけだし」
「そのぶん軽めのやつでもイケるか……?」
「屋外用の照明ってどんなのあるっすかね?」
「うーん。設置型で一般的なのだと、ポールライトとかガーデンライトとかっていうけど……」
「だってよ。手当たりしだい何個か選んでけよ」
「急に雑かよ」
「さっきの意趣返しか貴様」
チームAは、屋外用の照明とバッテリーを正面口に持っていく係。
コンポやスピーカーに加えて照明も設置すれば、音と光でもっと目立ちやすくなるはずだ。
「日が落ちると本当に真っ暗になるっすね」
「ここは特にね~。
広いし奥行きあるしで、明かりか暗視スコープでもないと真っすぐ歩けないわよ」
「ここで暗視スコープってワード出てくんのスゲエー」
「皆さんは駅の方からいらしたんですよね?そっちはどうだったんですか?」
「同じようなもんだよ~。文明の利器サマサマって感じ」
「むしろ駅のが、ちょい怖かったかもね」
「まだ人数少なかったから?」
「もあるけど、町並み含めてさ。
見慣れた景色に誰もおらんの衝撃すごかった」
「それは言えてるわ」
チームBは、バッテリーを基に電化製品の動作を確かめる係。
バッテリーに挿してテレビや電子レンジが使えれば、三日目以降を文化的に過ごせるだろう。
「じゃ、ここで」
「また後でね~」
チームごとに担当を決め、キクタ電化の出入口で二手に別れる。
日付を跨げば全て元通りになってしまうことは、みんな承知の上だ。
「───点いた!」
「第一関門クリアね。お次はこっち!」
「はい、押します。
電源ボタン、切替ボタン……」
「お?」
「おお……?」
「………。」
「………。」
「あっ」
「点いたーーー!!!」
チームB、検証結果。
いわゆる白物家電の殆どが、多少のラグは生じるものの、無事に動作した。
とりわけ、テレビが大金星。
レコーダー内蔵のもの、あるいは外付けのプレイヤーを用いることで、DVDなどのパッケージ映像を映せるようになった。
電波を受信しないため放送番組は観られないが、既存の映画やアニメ鑑賞だけでも可能になったのは大きい。
たとえ無生物でも、自分達以外の音や気配があると心強い。
「───なーに、盛り上がってんねぇ~」
「おつー。そっちどうだった?」
「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
「なにそのアメリカドラマみたいな」
「悪いニュースもあるの?」
「残念ながら」
「悪いのは出来れば聞きたくねえけど……。
とりあえず良い方からで」
「照明のセッティングは上手くいった」
「おお!明るくなった?」
「ばっちし。あの一帯だけフェスって感じ」
「ローカルのな」
一足遅れて帰ってきたチームAも、検証結果は上々のようだった。
暗くなった夜でしか使えない手段だが、闇に沈んだ町を燦然と照らしてくれるだろう。
しかし、喜んでばかりはいられない。
良いニュースと悪いニュースの両方ある、と照美は言った。
悪いニュースの悪い程度が、せめて致命傷には至らないでほしいところ。
「悪いニュースは?」
「月がない」
「は?」
「星もない」
「え───、と」
「マジで真っ黒なんだよ、空。
いくら夜とはいえ、周囲の見分けもつかんほど暗く感じるのはそのせい」
「ハ───」
「ああ、そのこと」
異空間の空には、月も星も、太陽もないらしい。
この事実を知らなかったのは、オレたち三馬鹿だけだったらしい。
悪いニュースは、悲しいお知らせだった。