第三話:迷宮
ちなみに。
今の話では割愛されたが、控えのメンバーとやらもホイホイされた一人なんだとか。
広恵さん曰く、控えさんだけはやや特殊な事情があるらしい。
そちらは本人が帰ってきてから、直接伺ってみることに。
「───話の流れ的に、そちらも体感二日目ってことでいいっすか?」
「あ!てことは、君たちも?」
「そうなんす。エンドレス4月30日」
「やっぱそうなんだー!
さっきすごいびっくりしたのよ!夜だったのがいきなり朝、じゃなかった昼になって!」
「おれ達も絶句でしたよ~、色んな意味で~」
「わたし達の感覚がおかしいんじゃなくて、この世界そのものがそういう仕組みだったんですね?」
「確定じゃないけどね」
「そしたらさぁ、せっかく用意したあれやこれやも、いつの間にか無くなってるのぉ!苦労して運んだのにぃ!」
「あー、コンポとかバッテリーとか……」
「このランタンとか?」
「それはミクちゃんと合流した時に初めて置いたやつ。もっと人数増えてもいいようにって」
「コンポとかの方は?」
「昼になってすぐ、ミクちゃんに手伝ってもらって、初日の再放送って感じ。
ほんと助かった、ミク大明神」
「大したことしてないですので……」
「あれは私のベンツですけど」
「懐かしい」
オレと照美と早乙女。
広恵さんと未来ちゃん。
双方のはじまりを照らし合わせてみて、分かったことがある。
環境も条件も、そこから絞り出した知見も、大差ない。
互いに欲しかったものを、互いに持っていない。
「食事はどうされてました?」
「それはほら、ご覧の通り。
これも初日の内に、ミクちゃんと協力して置いたものなんだけどね?」
「昼になったら消えてた?」
「再放送パートツー?」
「まさしく」
「デニッシュ美味しかったですぅ」
「あ、だよねー。私もあれ好き」
「食事自体の回数は?何をどのくらい食べました?」
「お前さっきから尋問みたい」
「私は、えー……。回数で分けると三回か。
家を出る時に一回、買い置きしてあったおにぎり食べて、ミクちゃんと合流した時に一回、一緒にあれ、パン。食べたよね?」
「いただきました。美味しかったです」
「で、さっきにもう一回、なんか、ブロック菓子みたいなの軽く食べて、それで全部かな」
「ミクちゃんは?ヒロちゃんと食べたパン一個だけ?」
「はい。あと、ペットボトルのミルクティーを少し」
「そんなんでよく持つねー。おなか減らない?」
「減らないというか、空かないというか……」
「そだ。これも聞きたかったやつ」
「なに?」
「夜から昼になった瞬間、時間巻き戻った瞬間に、腹の具合も元通りになりませんでした?
腹以外にもアレ、体調的なアレでもいいんですけど」
「言われてみればそんな気もするけど……。
おなかの具合はあんまり関係なく、決まった時間とか、必要な時に必要なぶん食べるタイプだから、実感が……。
ミクちゃんは?」
「おなかの方はともかくとして、疲れとか眠気、とかは無くなったよね?って、なりましたよね」
「あ、そう!それはそう!」
「そこも共通してると見て良さそうだな」
「オレらん時は腹の方もハッキリしてたのになぁ」
「健康な人とデブの違いってことかぁ」
「いやオレらって言ったろ。
普通に男女の差じゃね?」
「モノは食品売り場からですか?」
「そうよー。私のおにぎり以外はね。
初日は形だけお金も払ったんだけど、そこも含めて無かったことになっちゃったから。今度のは普通にドロボー」
「まんまオレらと同じことしてる!」
唯一異なる点は、人数だ。
オレ達が最初から複数人だったのに対し、広恵さん達ははじめ一人だった。
複数人の、男のオレ達でさえ、ビビり散らした道程だってのに。
広恵さん達の場合は、合流するまで女性の一人きりだった、なんて。
想像しただけで背筋がゾッとする。
「───良ければ今度は、君達のはじまりのお話も聞かせてもらっていい?」
「もちろん、そのつもりでした。ただ───」
「似たり寄ったり?」
「お察しがよろしくて」
オレ達もオレ達で、異空間でのはじまりの話をした。
三人がかりで足りない部分を補い合って、広恵さん達と共通する部分は掻い摘んで。
はじまりのはじまりについては、一先ず置いておいて。
「なるほどねー。
大体おんなじようなものだけど、私たちと違うところは───」
「目覚めた場所と、目覚めた時の人数」
「お友達と一緒ってとこが、やっぱり一番大きいわよね。
それだけでもかなりアドバンテージって感じ」
「まあ、数いても、気持ち心強いってだけで、進捗的には分からないことだらけっすけどね」
「なんなのかねー、もー。夢なら早く醒めろっての〜!」
真剣に耳を傾けてくれた広恵さん達。
その顔には、うっすらと落胆の色が滲んでいた。
当然だ。
仲間は増えたものの、視野は広がらなかったのだから。
なまじ期待値が高かっただけに、拍子抜けのように感じてしまう。
「さっきの話にちょい戻るんですけど……。
オレらが目覚めた場所は駅前だった、って言ったじゃないすか」
「そうね」
「お二人は自分の家だったわけじゃないすか」
「そうですね」
「オレらは何で駅前だったか、理由ハッキリしてんすよ。
確証はないけど、この世界に迷い込んじゃった原因かも?ってのも」
「おお!
てことは、私たちも覚えがないだけで───」
「なんですけど。
たぶん、ちゅーか絶対、オレらとお二人じゃ違うと思うんですよね、原因」
広恵さん達のはじまりを聞いて、分かったことはもう一つある。
オレ達が駅前、広恵さん達が自宅。
オレ達が複数人、広恵さん達が個人。
異空間に迷い込んだ原因が、オレ達と広恵さん達とで別だ。
普通のおばさんと女の子が、まさか自分の家で、自分一人で改元ジャンプなんかするわけないんだ。
「なるほど……」
「………。」
「………。」
「あの、うん。ごめんね。こんな状況で不謹慎なんだけど」
「笑っていいですよ。むしろ笑ってください」
「ふふふふふっ、ンフ。
でもそう、そっか。内容はともかくとして、思い当たる節があるだけでもね、アドバンテージね」
「お水いりますか?」
「ううん、大丈夫。ありがとミクちゃん」
笑われるのを承知で改元ジャンプの話もしたところ、広恵さんは遠慮がちにお笑いになった。
未来ちゃんは説明を受けてもピンと来なかったようで、そんな文化があるんですねと素直に関心した。
広恵さんはまだしも、未来ちゃんは年越しジャンプの概念すら知らなかった。
となれば、二人の原因はやはり、オレ達と別にある。
「お二人も、頑張って思い出してみてください。
オレらとは違っても、直前に何か、きっかけになるようなことがあったはずです」
「うーん……」
腕を組む広恵さん、頭を抱える未来ちゃん。
自宅でできること。
自宅で、一人でも起こり得る変わったことって、何がある?
「駄目ね、ぜんぜん思い出せない。ミクちゃんは?」
「すいません、わたしも……」
「本当に何もないですか?
意識的にじゃなくても、偶発的なトラブルとか」
「なかった、と思うわ。至って普通に、いつも通りの一日を過ごしてた。
強いて言うなら、明日から令和かー、ってぼんやり思ったことくらい」
「ミクちゃんも?」
「はい」
「そうですか……」
元号が平成から令和に変わることを意識したこと。
いつもと違う変わったことは精々それくらい、と広恵さんは言った。
その理屈でいくと、日本人の大半が該当してしまう。
こんな大事に発展した根拠とするには、薄いし弱い。
「すいません、ご期待に添えなくて……」
「いえ、こちらこそ……」
「もうちょっと、ね。考えてみるから。
ほら、しばらくしたらポッと浮かぶことも、うん。あるかもだし」
「そうですね。オレ達も、そうしてみます」
オレ達は改元ジャンプのせいだと、半ば決め付けていたけど。
そうでないなら、本当の原因はなんだ?
ジャンプした時、ジャンプ以上にもっと象徴的な何かが、オレ達の身に起こったのか?
一度は立った仮説が、振り出しに戻った。
「どうする?これから」
「二人は家だったんでしょ?じゃあ、おれらだけ駅行ってもしゃーなくない?」
「ていうか二人置いていけないでしょ」
「まずはこっちも様子見だろ。
駅行くの含め、俺らだけで試せることは後回しでいい」
広恵さん達が再び思索モードに入った隙に、オレ達は小声で密談した。
また駅前に行って、改元ジャンプの再現をする。
当初はその予定だったが、広恵さん達の事情を鑑みるに最優先事項ではなくなった。
オレ達だけで先を急ぐより、当面は広恵さん達と団結するべきだ。
不在の控えさんからも、色々と伺った方がいい。
謎が深まったことを歎くより、まずは仲間が増えたことを喜ぼう。
「あ」
ふと、未来ちゃんが声を上げた。
オレ達は密談をやめ、広恵さんも含めて未来ちゃんに注目した。
「どしたの?」
「いま、あしおと」
「足音?」
「誰の?」
「たぶん、アシベさんです。
そろそろ帰るって時間だし、わたし迎えに行ってきます」
「あ、ちょっと───」
迎えに行く、と速やかに席を立つ未来ちゃん。
なんだなんだ、と慌てて追い掛けるオレ達。
たぶん、控えさんが戻ってきたんだ。
ナイスタイミング、てか未来ちゃん聴力すごいな。
いくら静かとはいえ、離れた足音なんて他の誰も拾えなかった。
「(男か女か、若者か老人か)」
"アシベさん"。
名前だけ聞くと、どうしても可愛らしいフォルムが頭に浮かぶ。