第三話:人間ホイホイ
「次はこっちね。
どうする?後がいい先がいい?」
「どちらでも」
オレ達の自己紹介が終わり、おばさんと女の子のターンに。
控えめな女の子に代わって、おばさんが先に挙手をした。
「じゃあー、私がお先に!
外川広恵です!年齢は50フフフ歳です!
実はここの、掃除のおばさんとして働いてます!だから多分、みんな以上にここの設備とかには詳しいです!
よろしくお願いします!」
外川広恵さん。
自称、50フフフ歳。
外見年齢、40代後半から50代前半。
身長は、平均より少し高いくらい。
体型は、どちらかと言うと痩せ型。
髪は黒のショートヘアで、顎と口元に黒子が二つ。
かけている眼鏡は、サーモントのハームリム。
全体的に若々しく、日本人らしい淡泊な顔立ちをしている。
快活で清潔で綺麗めのおばさん改め、おばさまという印象だ。
しかも、ここの清掃員として働いているとか。
どうりで勝手知ったるわけだ。
「元気溌剌ゥー!」
「豪放磊落!」
「ありがと~!
若い子はノリ良くてイイね~!」
オレと早乙女が合いの手、照美が拍手をして、広恵さんの自己紹介を盛り上げる。
満足そうに頷いた広恵さんは、バッと音が付きそうな勢いで女の子に振り返った。
「トリ!ミクちゃん!」
女の子に向かって両手をひらひらと振る広恵さん。
女の子は困ったように眉を下げ、"やり辛いですよー"と首を掻いた。
「───えっと……。こほん。
わたしの名前、は、遠野未来です。17歳、高校三年生、皆塚高校に通ってます。
えー……、と。あとなんだっけ。
あ、好きな食べ物はうどんで、嫌いな食べ物は特にないです。
よろしくお願いします」
遠野未来さん。
皆塚高校に通う三年生。17歳。
身長は平均より少し低いくらいで、体型は明らかに痩せている。
髪は、色が焦げ茶、長さが広恵さんより短めのショートヘア。
顔立ちは小動物っぽい、美人ではなく可愛いが強いタイプ。
その割に、自分の容姿をひけらかす素振りが全くない。
今時のJKにしてはあまりに慎ましく飾り気なく、ぶっちゃけ地味である。
不健康な色白さも目を引くし、外で活発に遊んだりはしないのだろう。
部活動も行っていないか、もしくは文芸部で細々とが似合う雰囲気だ。
「やー!広恵さん美人だし未来ちゃん美少女だし!
両手に花ですねこれは!」
「また口のウマいこと!」
「広恵さんは美人です」
「ミクちゃんまで……!」
「おたくの彼氏さん浮気性ですってポッポたやにチクってやろうぜ」
「ついでにダイエットもサボってますってな」
「ご無体な!」
「あら、早乙女くん彼女いるの?」
「えっ?あ、はい!えへへ。はい!」
「いいねー、青春でー」
「はーい、オレはいないでーす!」
「えっ?」
「初対面の女の子ビビらすなアホ」
オレ達三人と、広恵さんと未来さんの二人。
全員分の自己紹介が終わり、ちょっとした軽口も交わせるように。
こんなに早く打ち解けられたのは、ムードメーカー広恵の活躍が大きい。
「呼び方はどうする?」
「呼び方まで決めますか」
「こういうのって意外と大事よ。雰囲気作りってやつ」
「オレらはそれぞれアダ名で呼び合ってますけど……」
軽口の延長で、互いの呼び名も決まった。
オレ達三人は、普段呼び合っている"テル・トメ・ニーナ"をそのまんま流用。
広恵さんは"ヒロちゃん"、未来さんは"ミクちゃん"と呼ばせてもらうことに。
「ほーんと、みんなイイコそうで、おばさん嬉しいわ」
「こっちの台詞ですよ。
変な人いたらどうしようって、ちょっと心配だったもんな?」
「最悪、変な人でもしゃーなしだったがな」
別に、お友達になりましょうってんじゃあるまいし。
呼び名なんて、わざわざ決める必要ないんじゃないのか。
少なくとも、オレ達三人はそう思っている。
思っていて、でも口には出さないのは、決める必要がないかどうかを決められないから。
広恵さんと未来ちゃんと、どれほど長い付き合いになるか定かでない。
広恵さんと未来ちゃんに至っては、長い付き合いになりそうだと、既に決定事項なのかもしれない。
「改めて、よろしくね」
「こちらこそ!よろしくお願いします!」
「お願いします」
「よろしくです~」
「よろしくお願いします」
本題はここから。
広恵さんと未来ちゃんが何者かよりも、二人が何故ここにいるかの方が、オレ達には重要だ。
「ほんで、さっそく聞きたいことあんですけど……。
えーと、あー……。まずお二人、の、今に至るまでの経緯、といいますか。
今までどこで何されてたか、話してもらっていいっすか?」
自己紹介に続き質問内容もお粗末ながら、広恵さん達はオレの意向を汲んでくれたようだった。
「そうね。
私達もちょうど、同じことを君達に聞きたいと思ってたところよ。ね?」
「はい」
異空間に於ける、広恵さんと未来ちゃんのはじまり。
まず、いつどこで目覚めたか。
目覚めた時刻は、オレ達と同じで12時を回った少し後。
目覚めた場所は、それぞれの自宅であったという。
そこから二人は、対照的な行動をとる。
周囲の異変に気付いた未来ちゃんは、様子見として暫く自宅に留まることを選んだ。
対して広恵さんは、異変に気付くや否や自宅を離れ、家族や知人の安否を確かめるべく外へ出た。
「即断即決だったんすね。
迷いとかなかったんすか?たまたまタイミングが悪いだけかも、とか」
「それも一瞬考えたけど、ずーっと家にいるはずの人がいなかったから。
その時点で異常発生なのは間違いないし、悠長に構えてはいられなかったわけさ」
「ぜんぶ夢かも〜、とかは?」
「それはだいぶ後になってからね。
外出てみて、いよいよ変だってハッキリしてから、もしや夢か?って」
「"ずーっと家にいる人"ってのは?」
「旦那さんよ」
「逆にミクちゃんは?家で一人でいるの怖くなかった?」
「うーん……。
それこそ夢か、幻でも見ていて、タイミングの問題なのかなって思って。
だから、時間が経てば自然と戻ったりしないかなって、他力本願でした」
「この状況で真っ先に外出ていける方がヤバいよね」
「ヤバイってかスゲエ」
「アハハ。おばさんは肝据わってるから!」
やがて広恵さんは、自らの職場であるスティラに辿り着く。
しかし、ここにもどこにも、誰の姿も見当たらない。
夢にしては妙にリアルで、覚醒の仕方も分からない。
一人ぼっちの不安と恐怖に苛まれながらも、くじけないのが広恵さんだった。
自分から誰かを見付けられないのなら、誰かに自分を見付けてもらえばいい。
覚醒の仕方が分からないのなら、見付けた誰かに教えてもらえばいい。
そう考えた広恵さんは、持ち前の知識と機転を活かして、新たな行動に移った。
それが件の、レ○ド・ホ○ト・○リ・ペ○パーズである。
「どうせなら館内アナウンスでも使って大々的にやりたかったんだけど、電気が使えないものだからお手上げでね?
仕方なく、家電のコーナーからアレ持ってきて、雑貨のコーナーからCDも持ってきて、あそこ。南口のとこ置いたのよ」
「まさか人力で運んだっすか!?」
「まさか~!台車に載っけてガラガラー、っとね。
それでも積んだり下ろしたりが結構重たくってさー、腰いわしちゃいそうだったわぁ」
「うわぁ……」
「一階で良かったっすね、家電のコーナー……」
広恵さんはスティラに勤めて長いうえ、音楽鑑賞の趣味があった。
つまり、スティラ内の設備に詳しく、オーディオ機器の扱いに慣れている。
正面口付近で孤立していたシステムコンポーネント、ポータブルバッテリー、流れる音源を用意したのは、他でもない広恵さんだったわけだ。
「まずは様子見、ってしたのはいいんですけど。
いくら待っても、ほっぺた、叩いたりしてみても、一向に醒める気配がなくて。
仕方なく、恐る恐る、って感じで、やっと外に出て。
自分の知ってる場所とか、知ってる道通って、いろいろ回ってみたんですけど……。
広恵さんと同じで、誰もいなさすぎだし、意味わかんないしで、段々くじけそうになってきて……」
「暗くなってきたら余計だよね」
「それで、これからどうしようって途方に暮れながら、ここの近くを通った時に、聞こえてきたんです」
「まさか」
「ボンジョ○ィ」
「あれ?」
「レッチリじゃないの?」
「皆さんの時はレッチリ?でしたけど、わたしの時はボ○ジョヴィだったんです」
「そうそう。
とにかく重低音きいた激しめのやつ集めてね、順番に流してたのよ。
もちろん洋楽だけじゃなく、邦楽も」
「さすが趣味」
「ボン○ョヴィに釣られたミクちゃんと、レッチリに釣られたオレ達」
「どっちにしても、わたしには誰の歌か分からなかったですけど」
一方その頃、未来ちゃんの方にも動きがあった。
広恵さんと違って自宅に留まる選択をした未来ちゃんだったが、最終的な結論は広恵さんと同じ。
誰もいないし、ライフライン死んでるし、なんか怖いし。
このままじっとしていても埒が明かなそうだから、とりあえず外に出てみようか。
あてどなく街中を歩き始めた未来ちゃん。
どこからともなく響いてきた○ッド・○ット・チ○・ペッパー○。
異空間が無音の世界だったおかげで、あんなに局所的かつ散発的な音楽でも、ちゃんと未来ちゃんの耳に届いたのである。
「やっと人いたーって、一緒に喜んで、どうなってるんだろうねって二人で相談して……」
「ここなら食べ物飲み物、ベッドにトイレ、暇つぶしになりそうな本なんかも一通り揃ってるから。
家に戻るより、こっち拠点にしちゃった方が便利かもねって話になって」
「家と違ってお風呂がないので、そこだけ難点ですけど」
「あってもどうせ使えないんだけどね」
「時間帯は?その時は何時くらいでした?」
「確か6時───、だったよね?夜の」
「はい。18時の、20分くらいでした」
「オレらが散策切り上げたのと同じくらいか……」
広恵さんの作戦は大成功。
まんまと引き寄せられた未来ちゃんと合流を果たし、互いの見解と情報を交換。
こうして自分達が出会えたのなら、探せばもっと人がいるかもしれない。
協力関係を結んだ二人は、スティラを拠点に作戦の継続を決めた。
名付けて、"人間ホイホイ作戦"。
絶えず何かしらの爆音を流し続けることで、引き寄せられた人を仲間に加えていく。
仲間が増えれば自ずと視野も広がり、異空間を脱する手掛かりに繋がるはず。
「んで、現状と」
「ざっくり纏めると、そうなります」
そして、二人の立案した"人間ホイホイ作戦・レッチリバージョン"に、本当にホイホイされて来たのがオレ達だった。
というのが、広恵さんと未来ちゃんの大まかな経緯だそうだ。