プロローグ:平成に取り残された者たち
※ 史実とは異なる点もあるかと思いますがご容赦ください。
西暦2019年、4月1日。
日本国民の関心は、ある一つのニュースに集まった。
元号の改正。縮めて改元。
例年であればエイプリルフールに沸くこの日に、次世代の到来が先んじて発表されたのだ。
ここしばらくの改元、および御代替わりは、天皇の崩御に際して行われてきた。
日本全国が喪に服す、といったところだ。
しかし此度の改元は、天皇の譲位に伴うもの。
譲位による改元は明治以降202年ぶりのことであり、加えて前述のエイプリルフールと時期かぶりが生じた。
おかげで、各地が祭り騒ぎ。
平成最後に託けた便乗商法や、イベントが催されたり。
新元号予想と銘打った大喜利大会が、SNS界隈を席巻したり。
施行どころか発表もまだの内から、誰も彼もが浮ついた。
その盛り上がりはまるで、盆と正月が一度に来たかのようだった。
『───令和であります』
そして、明らかにされた二文字。
大喜利の予想が近かった者もいれば、真面目な推測が外れた者もいた。
令和。
出典は万葉集。
英訳をしてBeautiful Harmony。
西暦2000飛んで19年目、21世紀始まって最初の変遷。
歴史を思えば荘厳だが、決まってしまえば、どうということはない。
御代替わりはともかく、改元による劇的な変化は、少なくとも民衆の日常には起こり得ない。
しょせん、名前が違うだけ。
記すにせよ喋るにせよ、今までとは違う形と音になるだけだ。
こうして、慣れ親しんだ平成の世は閉幕。
多くの国民から多くの期待と不安を寄せられて、令和の世が新たに開幕したのだった。
「───ぜんぜん人いねーな」
話は変わるが、ここに三人の男がいる。
彼らは大学の同期生で、どこで何をするにも連れ立って行動するほど仲が良い。
大学の行事は殆ど一緒。
季節の行楽も概ね一緒。
ランチタイムに至っては、よほど都合が合わない限り毎日一緒。
もういっそお前ら三人で結婚したら?
とは、共通の知人の言である。
「飲み屋街いったら多少は活気あんじゃねえ?」
「こんな時にも酒盛りかよ〜、大人ってやつはよ〜」
「こんな時だから余計なんだろ」
「風つめて〜。もーちょい厚手の着てくりゃ良かった」
そんな仲良しお馬鹿トリオ、人呼んで三馬鹿には、ある一つの企てがあった。
平成最後にして令和最初の夜を、いかにして彩るか。
平成に生まれて育った身としては、ただ黙って令和に跨ぐなんて野暮はできなかった。
「そういやお前ら晩メシ何食ったん?」
「チンしたカレー」
「グミ」
「グミ!?」
「出たよ」
「グミは食事のうちに入らんと何度言わせれば……」
「うっせえなぁ、カロリー的には足りてっからいいんだよぉ」
「グミだけでどんなけ食ってんだよ」
「糖尿確定野郎」
三馬鹿は考えた。
どうせなら派手に楽しいことをやりたい。
でも金と手間はかけたくないし、流行りに乗って右倣えはプライドが許さない。
金と手間を抑え、かつ供給に甘んじず、自分達なりに派手で楽しめることを。
弾き出された結論は、ある意味で三馬鹿の名に相応しかった。
「つーいた」
「やっぱ誰もいねー」
「マジここでやんの?どうせなら人いるとこのが良くね?」
「いや人いる方がヤバいだろ」
「虚しさを取るか恥を取るか」
「いいじゃん別にムービー撮んだし」
迎えた4月30日。
令和初日、前日の夜。
三馬鹿は地元の中央駅前に集合した。
「おやつ食べようぜ」
「もう?」
「だってやることねえし」
「なに買ったんだっけ?」
「好きなの選べよ」
「またグミばっかかよ!」
「しょっぱいのねえの?」
これから三馬鹿が行おうとしているのは、年末年始に散見されるアレ。
0時ジャストにジャンプをして、年越す瞬間オレ地球上にいなかったぜウェ〜イ。
ってやるアレ。
主に学生の間で風物詩になったりならなかったりしてるヤツ。
アレのヤツを、平成から令和に跨ぐ瞬間にも応用しようというのだ。
「あ、うまいわコレ」
「だろ?こっちのも食ってみろって」
「静かだなー」
「言ってるそばから屁こくなや!」
「せめて俺が離れてからにしてくんない?空気揺れたんだけど」
「すまんご」
「しかも臭ェ!」
「お前晩メシ和食つってなかった?」
「焼肉だろこの臭いは」
冷静に考えれば、オリジナリティもクソもない。
大して派手でも楽しい行為でもない。
閑散とした駅前に三人ぽっち、ギャラリーもない中でジャンプをして終わりなんて、自己満足もいいところだ。
「なんか眠くなってきた」
「寝んなよこんなとこで」
「通報されんぞ」
「何罪で?」
「公然わいせつ」
「なんで!?」
「器物損壊」
「さっきの屁で!?」
それでも、三馬鹿にとっては十分な意義があった。
たとえ何番煎じでも、なんの見返りを望めなくとも。
あの時のオレ達は本当に馬鹿だったと、明日を笑って、いつかに笑って話せるように。
ちょっとした語り種になれば、彼らには充分だった。
「───そろそろだな」
「うっし。ほなカンパーイ」
「かんぱ〜い」
23時45分。
日付変更の15分前。
事前に購入していた缶ジュースで、三馬鹿は平成最後の乾杯をした。
「健全だよな〜、ジュースて」
「いちおう別個にエチケット袋も持ってきたしな」
「なにに酔う気なのか」
「パリピに進化できない陽キャ」
「陽キャですらねえだろ」
「言うなそれを」
ダウンタウンのネオンサインを背に、スマートフォンのブルーライトを浴びる。
画面の時刻表示と広場の時計台とを見比べながら、一分一秒を着実に刻んでいく。
「鳴った」
「ある意味、定刻通りな」
「帝国ホテル」
「ルンバ」
「バラライカ」
「お前なにしてんの?」
「準備運動。アキレス腱切ったら怖いし」
「ジャンプくらいで切れんだろ」
「本番まだなんだから程々にしとけよ」
11時57分。
日付変更の3分前。
正刻より3分早い時計台が、フライングで0時の鐘を鳴らす。
三人は飲み干した缶ジュースを握り潰し、内の一人は準備運動だと体を解した。
「一分切った。しゅーごー」
「缶よこせ」
「他、誰もいねえよな……」
「ムービーは?」
「もう回してる」
11時59分。
日付変更の1分前。
内の一人が周囲を警戒、
内の一人がビニール袋にゴミを回収、
先程の一人が準備運動をやめてスマートフォンのムービーを起動し、
三馬鹿は触れ合える距離まで近付いた。
「10秒前〜」
「遅れんなよデブ」
「てめーもなクソ眼鏡」
カウントダウン開始。
ムービー係が代表して数え、残り二人が少し遅れて復唱する。
「7」
「なな〜」
「にゃ〜」
7。
この後の予定は、特にない。
ダウンタウンで一杯ひっかけていくか、誰かの自宅でオールナイトするか。
候補は全てボツとなり、現地解散することになった。
「5」
「さようなら平成」
「お前のこと忘れないぜ」
5。
明日になれば、キャンパスで再会するだろう。
顔を合わせるなり、今夜の出来事を反芻するだろう。
他の同期達にも触れ回って、録画したムービーを見せびらかして、くだらないが良い思い出だと一笑い。
一時間も経つ頃には、何もかもが遠い過去になっているだろう。
「3」
3。
しょせんは語りの種。
意義はあっても意味はなく、一瞬の楽しみは消えるも一瞬。
5年後か、10年後か。
はたまた令和の世を過ぎて、また新たな世を迎えた先か。
あの時のオレ達は馬鹿だったと、懐かしさに笑ういつかは、当分やって来ないだろうと。
「2」
漠然とした未来は、それでも確かに目の間に続いている。
この時の三人は漠然と、それでも確信を持っていた。
「1─────」
こうして三馬鹿は、平成でも令和でもない、狭間的な謎時空へと転移してしまったのでした。