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時を超えて、手紙は届く

 __俺は本当にこのままで良いのか。

 こんな退屈な毎日を送り続けて、俺は将来どうなってしまうだろう。

 いつか心を病めてしまうか、あと何百回だけ仕事をミスして周りに怒られるのか。

 それでも仕事を続けるかもしれないし、思い切って転職して、その先で失敗するかもしれない。

 先の分からないことが、とても怖く思う。



一、出勤の朝

 12月に差し掛かったばかりのある朝、空は分厚い雲に覆われて太陽が見えない、曇り空だった。上着越しに感じる冷気に震えながら俺は会社へ行く為、最寄り駅を目指していた。


「木下様」

 まるで待ち伏せられたかのように、目の前にショートカットの女性が立っていた。髪は夜中の街灯に照らされたようなつやのある黒髪で、黒く分厚い革ジャンが彼女の細すぎない体格を目立たせている。

 人を寄せ付けないような格好に俺は思わず身構えた。


「突然のお声かけ大変恐縮です。私、あかつき郵便局の小島と申します」

見た目に反して礼儀正しく彼女は一礼した。



挿絵(By みてみん)



「自分に何か用ですか」

「ええはい。貴方様にお手紙が届いております」

 差し出された手紙を受け取ると送り主は誰かと真っ先に確認した。

 そこには俺の名前が書かれていた。しかし記載された住所は実家でもない場所に見覚えはない。

 西暦、20XX年?


「その通り、23年後の貴方様からお預かりしております」

「は。何を言ってるのですか」

 現実味のない言葉に俺は眉を片方ひそめ、唇を引きつるように歪ませた。


「信じられないのも当然です。どれ、証明になれば幸いですが。一つ予言しましょう」

 彼女は全く動じず、腕時計を見ながら淡々と進める。


「今夜22時30分、貴方の乗る電車は急停車します。原因は他の線区から発信される危険信号」

「それはまあ、随分ときれいな時間帯ですね」

「その時になれば分かりますよ。それと返事を出したい場合にはこちらの連絡先までご一報くださいね」

 では私はこれにて失礼します、と彼女はバイクに跨り去っていった。






二、職場

 社会に出れば一生の半分を仕事に捧げて生きていく。分かっていたことだけど、それは膨大な年月の話に思えて怖くもあった。


 学生のころから特に大した趣味もなくて、将来やり遂げたいこともなかった。なんとなく大学に行って卒業したら就職して流れるままに社会人の生活に溶け込んだ。

 最初は右も左も分からなかった仕事もいつの間にか慣れていて、気づけば次から次へとタスクが増えて終わりが見えない状態になっていた。

 あっちの件が終わればこっちの件が来ての繰り返しで、頭が指に追いつかない時もあった。


「また依頼が来てるし。こっちはもう手いっぱいで回りきらないってのに」

 うー、と腹の中で呻き声が出る。

 後で振り返ると何か失敗していないか疑心暗鬼に陥ったりもする。


「終わりが見えないな……」

 大きな失敗をして顧客様先で大きな事故を引き起こすかもしれない。

 だから気を抜くことはできない。朝に出勤してから夜、残業が終わるまでずっと。それでもお構いなしに仕事は日々増えていく。

 仕事をしてるんだからそりゃ何もしない時間なんてあるわけないだろう、とは思っているが。


「木下君、さっきの件で電話」

 今日いっぱいの時間を使ってどう処理しようか、片手で頭を抱えていると上司からまた仕事の命令を淡々と下される。


「あ、はい」

 す、と顔を上げて軽く返事をする。どんな要件かモヤモヤ考えながら手元の受話器を取った。






三、退勤電車

 窓の外に意識を向けると電車が不安になるほど高速で走っているのが分かる。時々左右に揺れるのに少し怖くなり端末でネットサーフィンをして気を紛らわす。

 明日は休みだけど、何かやりたいことがあるわけでもない。

 楽しみなことが一つもなくて、そう考えると怖くなる。


 途端、電車の速度が落ちていくのを感じた。


『急停車します、ご注意ください。急停車します、ご注意ください』

 ブレーキ音と共に電車が急に止まり車内が揺れる。


『只今、他の線区にて危険を知らせる信号を受信しましたので当列車を停車しております。只今詳しい状況を確認中でございます。お急ぎのところ、列車が遅れまして大変申し訳ございません』

 今日は踏んだり蹴ったりだ。夜遅くに急停車。

 ハッとした。腕時計の時間を見る。針は10:30頃を指している。

 スマートフォンも見る。22時30分だ。今朝に声かけてきた女性の言葉が思い浮かぶ。


『今夜22時30分、貴方の乗る電車は急停車します』

 彼女、何故このことを知っていたのか。まさか未来のことが分かるのか。鞄の中から今朝に渡された封筒を取り出す。これは本当に未来の手紙なのか。






四、自宅

 それから30分経って電車が動き出した。

 駅に着き、車一つ走らない暗く細い路地を歩いてアパートに着く。俺の頭の中は例の封筒のことばかりでいっぱいだった。

 玄関のドアを開けると靴を脱ぎ捨て手探りで照明灯のスイッチを付ける。部屋が明るくなると引き出しの中からはさみを取り出し封筒の口を切り開けると一枚の紙が見えた。

 手紙だ、『23年前の私へ』と書いてある。

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 貴方は今、このままで良いのか疑問に思っていると思います。

 私は自分が取った選択が間違っていなかったと言える自信はありません。

 でも、自分の思ったことには素直に聞き入れてください。

 私は今に至るまで、大変な思いもしましたが楽しいこともたくさんありました。

 そして今、とても幸せであると思っています。

 ですからどうか貴方もあきらめないで。

 日々を生きればきっと楽しいことがこの先で待っているはずです。

 頑張れ、若手のサラリーマン。


 20XX年、4月3日 私より

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「本当に、この手紙は未来の俺が書いたのだろうか」

 正直なところまだ半信半疑である。信じ切ると、やっぱり嘘でした、ということが分かると恥ずかしいだろうから。


「俺は将来も苦しいことが続くのだろうか」

 いつか心を病めてしまうか、あと何百回だけ仕事をミスして周りに怒られるのか。

 それでも仕事を続けるかもしれないし、思い切って転職して、その先で失敗するかもしれない。


「まあ、いいか。明日からまた頑張ろう」

 でも、きっと何とかなる。そう思えるようになった。






終、

「__さて、次は20XX年の柏町の、と」

 ライダーは今日もバイクに乗って時を超える。膨大な時間を超えた未来へ託す希望を、手の届かない過去への憧れを、時を超えて人々に思いを届ける。


 走れ、ライダー。

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― 新着の感想 ―
[一言] 未来から届いた手紙の内容がじわりと今を生きる主人公に静かなエールを送る様子に心があたたまりました。 子どもの頃にタイムカプセルを作りましたが、過去からではなく未来から手紙が届くという発想が素…
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