おまけ3
”記憶”によれば、本来この公爵令嬢はヒロインに仇なして退治される悪役だ。王妃の座に固執するが故に、王子と恋仲になるヒロインを呪うよう、魔塔の魔術師に依頼をする悪女である。ヒロインに好感を抱いた魔術師が裏切ったことによって、呪いが跳ね返って恐ろしい怪物となってしまい王子に退治されるという末路のはずだったが、何やらこの”記憶”と実際のこの世界は微妙にズレが発生していた。
公爵令嬢である”私”がそんな記憶を持った上で、王妃になるために人を呪おうとなんてしなかったのもあるが、そもそも暁光の騎士様が、魔塔入りしてない。
王位争いに嫌気が差した清廉な王子は、継承権を返上して魔塔の魔術師となったはずなのだが、この世界ではそうはならず、悪魔憑きの汚名を着せられて表舞台から完全に姿を消してしまっていた。
ズレてしまった世界で、それでもシナリオをなぞるように、ヒロインは魔術師ならぬ呪術師を味方に引き入れて、私に呪いをかけたようだが、私が先に呪いを依頼していない状況でそれは、過剰防衛を通り越して単なる犯罪者である。
元の設定の魔術師と比べて格段に腕が落ちる呪術師のチャチな呪いだったために、さしたる後遺症もなく解くことができたが、だからといって無罪で済ますことはできない。
ヒロイン及びそのシンパは、悪事露見を恐れて夜逃げしようとしたところを騎士団に捕まったらしい。王家の資産を国外に持ち出そうとしていたので、かなりキツイ処罰になるという。
ついでに彼女に懸想していた王子も、継承レースからは脱落した。
私の婚約者だったが、名目上だけで、なんの情も交流もなかった相手なので特に感慨はない。
父はギリギリを見切って婚約させたはずの私がこんなことになってケチが付いたことに酷く憤慨しているそうだ。その前に娘の安否を少しは心配しろと言いたい。
”記憶”による価値観でいうと言語道断以外の何者でもないが、同様に”記憶”による価値観では親を見限るというのもNGだ。こういうところで通常と異なる判断基準が入ってしまうせいで、異界の記憶持ちは悪魔憑きと呼ばれるのだろう。
”仁義礼智忠信孝悌”とか、”ジェンダーニュートラル”とか世界観に馴染まない新概念で、この世界での物事を判断するのはよろしくない。
かといって、人権だの自由意志だのという概念を得てしまった状態で、家長の一存でなんの意志も考慮されずに政争の道具にされて消費されるという人生を鬱々とおくるのは嫌だ。
このままだと私は、先のない王子とセットで辺境に廃棄処分か、単身で修道院にポイ捨てされる可能性が高い。公爵家ともあろうものが、養育のための投資を多少なりとも回収しようと思うほどケチだとは思わないが、その場合は、リユースだかリサイクルだか知らないが、次の婚約者をあてがわれて廃物利用されるだろう。
なんてゴミみたいな人生!
どちらにしても私は二度と、御主人様の飼い猫にはなれない……べ、別に飼われたいわけではないけれども。
現実逃避気味に混乱する頭を、必死で整理して、私はこの先のことを考えた。
大公家の屋敷の窓からは、彼が独り住む森が見える。
悪魔憑きと断罪されたあの人も、こんなふうに悩んだのだろうか。
十中八九、彼は私と同様に異界の”記憶”を得ている。彼の家にあったこの世界では見慣れない道具の数々が、何を目指して作られた”代用品”なのかが今ならわかる。あの食事やデザートの再現性といい彼はおそらく私よりずっと強く異界の”記憶”の影響を受けている。
折り合いをつける方法を見つける前に、破綻してしまったのに違いない。
完全無欠だった彼にとって、それはどれほど屈辱的でつらいことだったろうか。
私は炉辺に座る彼の横顔を思い出した。
傷付いて壊れた英雄……。
ヤバい。なぜだかわからないが、ネコや子供の感覚で見ていたときよりも強烈に胸に刺さった。
これはあれだ。ロクデナシに貢いでしまう破滅型の女の心理に違いない。あるいは完全なものより欠けたものが良いという和の侘び寂びか?
うん、価値観が混乱しているぞ。
でも確かなのは、この混乱する私の悩みを一番わかってくれるのは彼で、彼の孤独を多少なりとも理解して埋めることができるのは私だということだ。
……あー、ダメかなこれ。
「この人のことがわかってあげられるのは私だけなの」っていうウザイ女の発想かもしれない。それで、共依存を押し付けた挙げ句に、男に見捨てられて「どうしてわかってくれないの?!」と一方的にキレる奴だ。
わ~、やだやだ。
この線で発想していると、不幸な未来しかない。
おそらく彼の理解者なんて私以外にもいっぱいいるけれど、彼が共感なんてまったく欲していないのが現状なんだと考えた方が良い。
そう!彼は私を必要としていない。
私が熱烈に彼を必要としているのだ!
廃棄処分寸前の私の人生を再設計するときに、彼の傍にいられる状態を確保したいなら、「私は貴方の理解者よ」なんていう押し付けがましい話ではなくて、もっとしっかりしたメリットを見出して提示する必要がある。
果たして、非力で何もできない私が、あの自己完結して満足している完璧超人に対してできることはあるのか?
惨めに泣きつくわけではなく、父や社会的な建前も満足させられる解答はあるのか?
甘え腐った恋愛脳はとりあえず一度お休みさせて、冷静に考えてみよう。
彼と暮らしていたときのことを一つずつ思い出していけば、なにか手がかりはあるはずだ。
私は努めて客観的な視野で、冷静に彼と暮らした日々を再検証してみた。
朝。
寒いからベッドから出たくないなぁと思って、すぐ隣の温かい体に抱きつくと……にぎゃぁあっ!
閑話休題。
ご飯。
彼が美味しいものを用意してくれた。
ネコだった私はもちろんなんの手伝いもできなかったが、彼はとても手際がよかった。
冷静に思い返してみると、冷蔵庫などのほぼオーパーツな魔導具以外にも、彼自身の潤沢な魔力と魔法技術を惜しみなく使って調理をしていた気がする。オーブンの前で「180度で10分」って言いながら魔法かけてたぞ、あの人。温度の単位も時間の単位もこの世のものじゃないんですが、どうしてそれで術が発動するんでしょう?!
お風呂。
大きな浴槽に湯を張る入浴は、風変わりな健康法的な側面があり、高位貴族でも毎日欠かさずということはない。
それがあの人と来たら一人暮らしなのに大きな木の桶を浴槽にしていて、びっくりするほど簡単に湯を用意して……着替えを揃えたら……ぬ……脱いで……流石に二人で浸かるにはちょっと狭いんだけど「おいで」って……。
冷静さを使い果たして、私は突っ伏した。大人の理解力で検証するには対象の破壊力が凄まじ過ぎる。
ダメだ。食事の調理工程ぐらいしか冷静に検証できていない。
そこで私は、ふと大公閣下の食に対するこだわりを思い出した。
閣下は彼が作る料理に興味津々だが、彼は閣下に食事を作って差し上げる気はないだろうし、あの調理法では、レシピを教えられても普通の料理人では再現できないものが多い。
そもそも”正解”を知らないで料理を再現しようとしたら、ビーフシチューが肉じゃがになるレベルの齟齬が起きそうだ。(味の傾向としては逆だろうが)
この問題を解決する方向で、私の立ち位置をインサートできたら、実家の意向に関係なく、彼と関わって生きていける道が開けるのではないだろうか。
そもそもすでに料理の件では、協力するよう向こうから依頼されているという下地もある。
権力イズパワー!
大公閣下は、うちのスカした父親よりも偉いぞ。
私はプレゼンテーションのプランを脳内で組み立てながら、大公閣下との面会をセッティングしてもらった。
このあと大公閣下と結託して、トンデモプランを実行した。
つよい。
彼女、めっちゃしっかりしているくせに、時々、ネコ化の後遺症がでています。
にぎゃぁあっ!




