面倒みよう
俺は危険な話から話題を逸らせた。
「大公閣下は、この件にどの程度かんでる?お前がここの森を出たら、すぐに閣下のところの者が来ただろう」
森を包む結界の管理は、大公家の者たちと協力して行っている。結界から出るものがあれば、向こうの詰め所に知らせが入るようになっている。
「はい。すぐに保護していただきました」
その後、状況が落ち着いて帰れるようになるまで、実家への連絡諸々も含めて、大公家の世話になっていたそうだ。
「それで、あちらで着替えを用意していただいたときに、ここで着せていただいた服が子供サイズではないことに、洗濯係が気づいたんです」
呪術は魔術と違って、人の認識に影響を与えるだけだから、子供にすると言っても身体が縮むわけではない。見る方が子供サイズだと思い込むだけだ。
なので、本人に直接会っていない洗濯係は呪いの影響を受けなかったのだろう。
俺は出掛ける前に彼女に節度ある服を着せていたその日の自分に感謝した。
「大公閣下は、貴方は呪いを受けてはおらず、すべて承知の上で、陰謀の捜査が進んで状況が明らかになるまで、私を匿っていたのだろうと仰っていました」
「……それで、閣下にはここでのことをどこまで話した?」
「ここでのこととおっしゃいますと、色々お世話していただいたことでしょうか?具体的な詳細は誰にも話しておりませんからご安心ください。大公閣下には、親身になっていただけたとはお話しました」
自分のやったことの後ろめたさに、彼女の含みのある笑顔が刺さる。
あれやこれやをバラされていないようなのは幸いだが、それで、あの狸ジジイがどこまで察したか考えたくない。
苦虫を噛み潰したような顔をしているであろう俺に、彼女は静かに告げた。
「閣下からは、場合によっては協力するとのお約束を頂いております」
「条件はなんだ」
「その話の前に確認させてください」
彼女は真剣に俺を見つめた。
「私の呪いを解いた貴方のお気持ちは、今の私にも向けていただけるものですか?」
俺は黙って彼女を見下ろした。
そんな不安そうな目で見ないでくれ。
……抱きしめて撫でてやりたくなるじゃないか。
だが、俺は踏みとどまった。
「大公閣下が、協力してくださるとおっしゃったなら、貴女は貴族として社交界に復帰できる可能性がある。公爵令嬢の地位も、王族との婚約も、あの方が本気で動いてくだされば、なんとかなるだろう。役に立てるかは分からないが、俺からも閣下に頼んでみるから、貴女は元の生活に戻りなさい」
「残酷な人ですね。そんな目で私を見るくせに、他の人に嫁げと仰るなんて」
「貴女のこれまでの努力や才能が社会的にきちんと評価されて世に認められて生きられる道があるのなら、俺の気持ちなんて関係ない」
彼女は俯いた。
「そうですか。努力や才能が正しく評価されて生きられる道を選ぶためなら、貴方の気持ちは無視して良いと仰るのですね」
「そうだ」
「そのためには、たとえ本意でないことでもご協力いただけると……」
「ああ、約束しよう」
「後悔しないですか」
「今さら後悔が1つ2つ増えても、俺の人生はそんなに変わらない」
彼女は顔を上げた。
「では、結婚してください」
「は?」
俺は相当マヌケな顔をしていたと思う。
「大公閣下からは、首尾よく婚約が破棄されて、家を追い出された上で、貴方に結婚を承知させたら、閣下の養女にしていただけるというお約束を頂いております」
ツッコミどころが多すぎる。
あの狸ジジイ、なんちゅう手で俺を嵌めやがる。
「もっと自分の人生を大事にしろ!」
「私、貴方の努力や才能が正当に評価されて、貴方が世に復帰できる道があるのなら、なんだってできます」
「それに」と、彼女は頬を染めた。
「私は貴方と添えるのなら、この家で慎ましく二人で暮らすのでも本望です」
正直に言おう。俺は動揺した。
この際、ビジュアル的に猫耳と尻尾がついているかどうかなんて、(重要だが)些細な問題だ。年齢が10歳以上違うのも世間的にはよろしくないが、”記憶”のせいでゆるゆるになっている俺の倫理観では大したことではない。
”仔猫”だからな、という半端な暗示だけがかかった状態だったからこそ、これまで手を出さなかっただけで、今の彼女を見て好きかと改めて問われたら、馬鹿みたいに好みで、どうしようもなく好きだっていう結論が喉元まで出かかっているんだぞ!
そこにこんな据え膳ぶら下げるな!!
「……少し落ち着こう。座ってゆっくり話しあった方がいい」
「では、あちらに」
彼女は椅子ではなくラグのところに俺を座らせて「私のお気に入りのクッションが見あたらないんです」と言って、俺の膝の間に座りやがった。
俺は話し合いで、完敗した。
結局、彼女はしばらく大公の屋敷に住んで、養女の手続きをすることになった。てっきり息子の侯爵の家に入れさせるのかと思ったら、継承権の問題が簡単になるとか抜かしやがって、直接自分の娘にしやがるとは……孫より若い養女なんて作りやがって、ジジイめ。
結婚の手続きは、養子縁組手続きの審査から成立までのわずかなタイムラグを利用して、彼女が平民扱いの間に済ませた。平民同士の結婚なら、貴族のそれとは違って、王家や神殿上層に詳細な届けを出す必要がない。大公の息のかかった文官がさっさと書類を書いて完了した。
ジジイの奴、神殿の反対で取り込めなかった俺を、とんだからめ手で”息子”にしやがった。俺を入り婿扱いにしてそのうち大公位継がせる気満々かよ。そんなに俺が提供する飯と雑貨が気に入ってんのか。
「神殿と王家に受けの悪い俺に大公を継がせるのは無理だと思うぞ」
「なあに、今回、問題を起こした頭の悪い奴らは、お前が孫に入れ知恵してくれたおかげで、ごっそり始末できたからな。空いたところにそれなりの者を据えれば、お前に付けられた言い掛かりぐらいはなんとでもできようて」
ごちゃごちゃ抜かすと俺が王位に付くぞと脅してやればいいと笑うのは止せ。俺は王位継承権はとっくに放棄しているし未練もない。
ただでさえ俺が降りて以降、王位継承レースが混迷気味で、今回も内乱寸前だったんだから、これ以上ややこしくするなよ。お前の孫が過労死するぞ。
そういえば、俺が大公の入り婿になると、大公の孫である友人からみて俺は義理の叔父になるのかと思い当たって頭痛がした。
アイツきっと嬉々として「おじさん」って呼んでくるに違いない。
「また難しい顔をしている。そんなに私との結婚は嫌でしたか」
納屋の整理をしていると、後ろから声をかけられた。
「嫌というわけじゃない」
俺は木箱を持ったまま、彼女のところに行った。
「ただ、自分の中でまだ整理がつかないだけだ」
「意外に片付けは苦手なんですね」
「雑多なものを捨てられない」
彼女は木箱の中からブラシを手に取った。
「もつれちゃったものは、無理に切り捨てずにゆっくり整えるのがいいですよ」
「そうだな」
俺は木箱を降ろした。
彼女を抱きしめて首筋に顔を埋める。
いい香りだ。
「必要なものは捨てなくていい」
少なくともこれは一生面倒みてやろう。
……面倒みてもらうほうかもしれんが。
妙な話に、ここまでお付き合いありがとうございました。
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ちなみにこの話、もし女性側視点で書くとタイトルがこうなります。
「悪役令嬢ですが追放騎士に拾われて溺愛されました。一緒にスローライフがしたいので婚約破棄されてきます!」
これはえげつない……。(^_^);




