留守番を頼む
いつも通り、作った薪の束と幾ばくかの野菜を、森の所有者である貴族の屋敷に届けに行くと、友人からの言伝が来ていた。
また手伝って欲しいという。
何かというとこうやって俺を呼び出そうとするのは、俺に復帰すると言わせたいからだろう。奴とは訓練生時代からの付き合いで、おせっかいなのも昔から変わらないが、そろそろ俺にこだわるのを止せと強く言ったほうがいいかもしれない。
追えなくなった名誉や、人との社会的な繋がりに未練のある俺の弱い部分が、アイツとの縁を断ち切りかねて、ズルズルと付き合わせてしまっているが、悪評のある変人の俺との繋がりがなくなれば、アイツはすぐにでも出世する。
「こちらの仕事があるから、手伝いには行けないと伝えてほしい」
屋敷のものにそう返答していると、ここの大旦那様がやって来た。この御老体は、俺が畑で自分用に少量だけ作っている珍しい野菜や香草が好物なので、俺が薪を納品に来るとちょくちょく顔を出しにくる。身分はアホほど高くて、顔は厳しいが、ただの食道楽の気のいいジジイだ。
この御仁のおかげで、俺は王都郊外のこの屋敷に隣接する森の端っこで、番人という名目で、気ままな生活を送らせてもらっている。
いつも通りに挨拶して、今日の野菜について2,3雑談を交わしたところで、ジジイは俺に釘を差した。
「自分のものの見方だけで、相手との距離を決めてはいかんぞ」
相変わらず、手厳しい御仁だ。
俺は先程伝言を頼んだ使用人に、友人には自分で返事をするからと伝えて、屋敷を退散した。
直接会ってしまえば、案の定、向こうのペースで、結局、俺は協力すると言わされた。
着くなり作戦本部に連れ込まれ、機密情報だらけの状況說明をされて、守秘義務の誓約書にサインを書かされながら、現状の警備体制と突入計画の修正案を搾り取られるとか、どんな刑罰だ。そのままこき使われそうになったので、一度、帰るというと、馬を貸すから最速で戻ってくれと泣きつかれた。
「頼む!お願いだから、その前に、潜伏中の呪術師が確保できそうなポイントだけでも教えて行ってくれ〜」
半泣きで腰にすがりつかれても困る。
「原則とコツは教えただろう」
「うるせぇ!楽器は叩くか弾くか吹くと音が出ますと教えられただけで、交響曲の作曲ができるか!」
「例えが風流なのか雑なのかわからんな。疲れてるな」
「その通りだよ!こちとらずーっと修羅場なんだよ。わかったなら手伝え!!」
仕方がないので、もう少し詳しい情報を聞いて、状況を整理してやると、彼は自力で答えを見つけて、対応策を早口で捲し立て始めた。基本的には優秀な奴なのだ。それをメモに取って、各部署宛の書面に起こせるよう指示を付けて副官に渡すところまでは手伝ってやってから、一時帰宅させてもらった。
「ただいま」
帰るとチビスケが拗ねていた。
俺の帰りが遅かったからだろう。
このままこいつのご機嫌を取ることだけに集中したいが、そうもいかない。
「すまんな。またすぐに出かける。しばらく帰れんかもしれない」
言ってどうなると思いつつ、謝る。
悪くなりにくい食料と水をチビスケが届く場所に出しておく。
「好きに食っていいが、一度に食いすぎるなよ。……これで足りなくなったらここを出て森の外に行け」
帰るつもりだが、帰らせてもらえるかは微妙だ。ヒゲを剃って隊服を着てこいと言われた。本格的にこき使う気だ。
憂鬱な気持ちでヒゲを剃る。貧乏性で捨てられなかった隊服は、シワだらけで、雑にむしった階級章の部分だけ色が違っていてみっともない。マントはどこにやったかな?と思った拍子に、チビスケの寝床に敷いていたのを思い出した。
「これ、借りるぞ。俺のベッドで寝ていい」
藁屑を払いながらマントを取っても、チビスケは文句を言わなかった。
まぁ、アイツ、このところ毎晩、俺んとこに潜り込んできてたしな。
不安そうな様子なので、抱き上げてやろうかと近付いたら逃げられた。
ちょっとショックだ。
ヒゲがなくなって服装が変わったから、俺だと認識できなくなって怯えたのかもしれない。
「おいで。ほら」
いつものラグに座って、声を掛けたが、膝に乗りに来てはくれなかった。
俺はひどくがっかりして、でも、そんなにがっかりした自分に当惑して、顔をしかめた。
外に繋いだ馬のいななきが聞こえて、急いで戻れと言われていることを思い出した。
「行ってくる」
いっそのこと連れて行こうかとも思ったが、そんなことをすれば友人に迷惑がかかるのがわかりきっているので、止めた。
戸の前で振り返ると、チビスケは大きな目を不安そうに見開いて、部屋の隅から俺を見ていた。
……こんな状態で何日も留守にできるか!
俺は大股にチビスケに近寄ると、逃げる隙を与えずに、捕まえて抱き上げた。
驚いてジタバタするのを痛くない程度におさえつけて、じっと抱きかかえていると、そのうち大人しくなった。
「別にお前を捨てる気じゃない。用事があってしばらく留守にするだけだ」
話しかけてもしょうがないのに、俺は言い訳がましく、自分がどれほどお前にメロメロで、離れるのがツラいかということを、切々と言い聞かせた。
「だから、いい子で留守番していてくれ」
俺はチビスケの鼻先に軽くキスをして、奴のお気に入りのクッションの上に下ろしてやった。この前買ってやったそれの上で、奴は目を真ん丸にして俺を見上げていた。
うん、ちょっとやりすぎたかもしれない。
我ながら、自分が気持ち悪い変態であることが耐え難くて、俺はそそくさとうちを出ようとした。が、どうにも恥ずかしくて、戸口のところで振り返って、さっきの言葉を訂正した。
「お前が出て行きたければ、いつでも出て行っていい。さっきのは忘れてくれ」
ぼーっとこちらを見ていたチビスケは、ピョコンと飛び上がって、家の奥に逃げて行ってしまった。
俺はがっくりした気持ちで馬に乗ると、古巣の職場に戻った。