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おまけ4

私はなりふり構わず、全力で彼を手に入れた。


「何もこんなおっさんの嫁にならなくても、いくらでもいい相手がいただろうに」


呆れたようにそう言って私の頭を軽く撫でる彼にふくれてみせる。


「貴方のお嫁さんになるのが小さい頃からの夢だったんです」

「昔の俺相手に夢見てたなら、なおさら幻滅しただろう」

「惚れ直しました」

「もの好きだなぁ」


ほつれて落ちた後れ毛が気になるのか、彼は私の首元で指先をくるくる回して、髪をなぶった。


「呪いをかけられていた私を拾った貴方に言われたくありません」

「い、いや……それはだな」


目が泳いで、指先が襟足で止まる。


「そういえば、納屋を片付けていてチェストを見つけたんですが」

「おい」

「私のお気に入りのクッションが入っていました」

「それは。……後で捨てようと思っていたんだ」

「きちんと仕舞ってありましたよ」

「仮置きだ」

「とっても大事そうに仕舞ってありましたよ」


彼は私の頭をぐしゃぐしゃと掻き回して、結い上げた髪を崩した。


「ああ、もう」

「後で捨てるつもりだったのにお前が来ちゃったから、捨てそびれていたんだ」


ぶっきらぼうにそう言うと、ピンを抜き、髪留めを外して、髪を下ろす。

私は下から覗き込むようにして、逃げる彼の視線を捉えた。


「服もですか?」

「ぐ……そうだな」


ソワソワしながら、手癖で私の髪を解している彼をじっと見つめる。


「着た覚えのないものもありましたよ」

「そうだったかな」

「とっても丈の短いナイトドレスみたいなのもあったんですけど、あれ、着せるつもりだったんですか?」

「いや、それはだな。ほら……間違えて買ったんだ。呪いの影響で目算が狂ってたというか……」

「スケスケのフリフリでしたけど」


彼は顔を見られないように、私の身体をくるりと半回転させると、後ろから抱きかかえて、髪のおりている首元に顔を埋めた。


「すぐに処分する」

「……着てあげてもいいですよ」


彼が思わず吹いた息が首筋にかかった。熱くてくすぐったい。

彼がそおっと様子をうかがうように、少し顔を上げたのがわかった。


「いいのか?」


その声の出し方は「お願いします」って意味ですね?


「でも、鈴の付いた首輪(チョーカー)はちょっと考えさせてください」

「えっ?検討次第では可能性があるのか?」


想像以上にギルティな返事がきた。

彼の性癖については一度とっくりと問い詰める必要があるかもしれない。

私が無理やり首を反らせて後ろの彼を睨みつけてやると、彼は私の喉元からあごを指先で撫であげた。


「にぃゃぁぁあっ」

「まだ時々猫っぽいね」

「私はもうネコじゃありません!」

「わかってるよ。可愛い奥さん」


言葉に詰まった私を柔らかく抱きしめて、彼は楽しそうに喉奥で笑った。


「それじゃぁ、猫相手なら絶対にあげないオヤツをあげるから許してくれないか」

「食べ物で懐柔する気ですか」

「弱いだろう?」


言い返せないのが悔しい。


「どんなものかによります」

「気に入ると思うよ。森の奥で採れる実なんだけど」


彼が持ってきたのは、ドングリ程度の大きさの赤みを帯びた茶褐色の実だった。

ナッツ類のように固い殻があるわけではなく、少し干してあるようだ。


「ほろ苦くてかなり甘い。俺はチョコの実って呼んでいる」


チョコ?!まさかチョコレートですか!

地球のカカオ豆とは全然似ていないから、単に味が似ている別物なのだろう。この森の奥は異界に繋がっていて不思議な動植物が湧くという話を聞いたことがある。

なんちゃっての別物だとしても、”猫相手なら絶対にあげない”というあたり、かなりカカオに近いのかもしれない。


「中毒性があったりしませんよね」

「大丈夫。人間には毒性も中毒性もない。ただ、ごく軽い酩酊感はあるかもしれないから、様子を見ながら少しずつ食べるんだぞ」


私は恐る恐る実を1つ手にとって、ちょっぴりかじってみた。


美・味・し・い!


洋酒の効いた生チョコレートのような味で、干し葡萄とマロングラッセの中間という食感だった。これは成分上中毒性はなくても、味で虜になるやつだ!

気がつくと食べ終わってしまっていて、私は物欲しそうに彼を見上げた。


「もう一個欲しいな」

「一度にあまり食べないほうがいい」

「ちょうだい?」

「……これだけな」

「ありがとう」


私は勝ち取ったご褒美をうまうまと食べ……見事に酔っ払った。

しまった。薬物、毒物耐性がバカ高い完璧超人が”ごく軽い酩酊感はある”と評した魔の森原産の謎果実を食べて、一般人が無事なわけがなかった。


お酒に酔ったときとも違う、軽い興奮状態と多幸感に判断力がグダグダになった私は、すっかり諸々のタガが外れた状態で彼に甘えまくった。

屋敷の方に帰らないといけない時間になって、彼に回復魔法をかけられるまで、かなり人としてダメな状態になっていたようだが、幸いにして半分以上記憶はない。

止められたのに言うことを聞かなくて、迷惑をかけた私に、彼は「可愛かったから気にしなくていい」と言ってくれた。

が、なぜだろう。彼の笑顔の裏に微妙に計略が成功した満足感のようなものを感じた。

……鈴付きの首輪(チョーカー)が納屋ではなくこっちにあったのはなぜかと、問い詰めていいものかどうか悩みつつ、結局、私は自分の心の平安のために、全部見なかったことにして許した。




でも、明日は大掃除決定だ。

胡乱な隠し資産は、使われる前に全部処分してやるんだから。

猫にマタタビは適量なら健康に良いけれど、チョコレートは絶対にNGです。

誤って食べちゃったらすぐに獣医さんのところに行きましょう。


チョコの実はカカオ成分はないし、彼女は人間なので大丈夫。大丈夫。

なお、主人公はギルティ。

そして隠し資産は有効活用された。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うわあああなんて美味しい展開…!ごちそうさまですううう
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