恐怖体験、コミックマーケット! その11
突然現れたブラシフォン、もとい太刀根は、俺の前まで足早にやって来ると、片手に抱えた大量の紙束を俺に突き出した。
「これ。頼まれてたグループ課題」
「あ、あぁ、ありがと……」
しどろもどろになりながらも、俺は渡された紙束を受け取ってから、何枚かペラペラとめくって中身を確認する。太刀根の少し角張った文字と、手書きの統計データが書かれていて、よくもこの短時間で仕上げたものだと感心した。
「で、護。俺を呼んだりして、今度はどうしたってんだ?」
「実は会長と猫、巧巳が……っ」
説明しようとするが、隣から漂う冷気に背筋が冷え、俺はそこから何も言えなくなってしまう。
「お、巧巳じゃん。つか、いつの間に名前呼びになってんだ? 俺のことも攻って呼んでくれよ!」
冷気を感じているのかいないのか。いや、これは鈍感なだけか。太刀根は歯を見せて笑うと、ビシリと親指を立てた。猫汰の眉間にはシワが寄っているし、正直、俺は猫汰も太刀根も名前呼びしたくないんだが。
「で。わざわざ課題を渡すために来たのかい? 違うんだろう?」
「もちろん! 会長に“これ以上護に近づくな”って言おうと思ってさ」
「あぁ、なるほど。それで……なら」
猫汰が手にしたホウキの先(掃くほうな)を会長へ向ける。
「君と手を組むというのも、やぶさかではないかもしれないね」
「へへっ。巧巳と二人で組むなんて久しぶりだな!」
「致し方なく、だ。勘違いしないでくれるかな」
俺を守るように、二人が武器という名の掃除用具を構えて立つ。すると、俺たち三人を嘲笑うように会長が喉を鳴らした。
「さて貴様ら、話は終わったか? 一人ずつだと手間だ、二人で来い」
「ほんっと……あんたってやつは……!」
「太刀根くん、挑発に乗っては……あぁもう!」
わかりやすい挑発に乗った太刀根が、緑のデッキブラシに跨る。それはどこかの魔女を思い起こさせる動きで宙に浮いた。いや、アウトだろ!
「食らえ! ブラシャボン!」
跨ったブラシの先端がパカリと折れ、そこから大量の泡が飛び出してくる。あれぞブラシフォンの技、一石二鳥のブラシがけだ! あれを空から降らすことで、いっぺんに床を泡だらけに出来る。
「全く……。だから貴様は駄目なのだ、太刀根攻」
言うと会長は、再び舞台に登ろうと奮戦していたセンパイの首根っこを掴んで、舞台へと引き上げた。
「へ? 何? 何々、壱?」
いきなりのことに追いつけないセンパイ。そんなセンパイのことなど構わず、会長は「ふっ」と口の端を持ち上げ笑うと、センパイを波乗りの板のように床へ敷いた。
「終、出番だ」
「ふごっ、ふごごごが!」
会長はうつ伏せのセンパイに容赦なく乗ると、なんと器用に泡の上を滑り出した。
「きちゅりちゅ! きゃははは!」
可愛い声援に混じって、たまにセンパイの悲鳴が聞こえる、気がする。
「あの野郎、仲間を犠牲にしやがった……」
「会長を倒すには、甘い考えでは駄目なようだね。ということで太刀根くん」
「ん?」
ブラシに跨り、猫汰の前にふよふよと飛んできた太刀根。それを猫汰は、バットよろしく手にしたホウキで会長に向かってスイングした。
やったやった。小学生ん時、チャンバラとか野球とか、ホウキでやったわ。
「あぎゃっ」
太刀根がボールみたいに飛んでいく。しかし会長は波乗りでそれを避けると、
「はっはっはっ、どうした? 所詮、貴様らはこれまでということだ」
「……舐められたものだね」
と猫汰が指先をくいと上に曲げた。すると真っ直ぐ進んでいたはずの太刀根が、指先の動きに合わせるように会長をホーミングしていく。
「え、ちょ、猫……巧巳。あれ何?」
「何って、ホーミングだよ。見てわからないかい?」
「いや、まぁ、そうなんだけど」
何も間違ってない。間違ってないんだけども。俺が聞きたいのはそこじゃないんだよ! なんでお前はそんなことが出来んだよ!
だが会長がホーミング太刀根に当たる気配は全くない。それどころか、太刀根は「吐くううう!」と叫び続けている。もちろん速さを緩める気など、猫汰には微塵も見られない。
「さて。貴様らと遊ぶのももう飽きた。終いとしよう」
余裕の表情を崩すことなく、会長は波乗りしたままで、チリトリを魔法の杖みたいに左右に大きく振った。途端にチリトリから、キラキラした雪みたいなものが飛び交い、そのキラキラは小さいお友達の手にふわりと乗る。
「わぁ! おかしだ!」
輝きが消えると、手の中には飴玉やらチョコレートやらが乗っていた。それは、チリトリコッタが使う魔法“星屑のステージ”と同じもの。お片付けが出来た子にかける、甘い甘い魔法。
「会長、あんたすごい……って、いない……」
キラキラに目を奪われている間に姿を消すのも原作通り。なんだ、あの会長、原作知ってるじゃん。
「……つか、これってセットなの!? それとも会長の力なの!? どっちなんだよ!」
さてその真実は……、いや子供の笑顔の前では無粋だよな。




