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恐怖体験、コミックマーケット! その5

 ヤンデレ。メンヘラと混合されがちだが、似ているようで全く違う。一番異なっているのは、その行動原理だろう。メンヘラは“自分が世界の中心”なのに対し、ヤンデレは“相手が世界の中心”なのだ。

 例えばヤンデレは“自分と相手の世界を壊そうとする者全てが敵”なのに対し、メンヘラは“人の関心を引くために自分を攻撃する”わけだ。

 つまり、この窮地から抜け出すためには、猫汰に周囲は敵だと思わせたほうが無難なわけ。しかし、この時の俺はヤンデレを舐めていたのだ。


「それじゃ早速だけど御竿くん、それ、脱ごうか」

「へ? それって……」

「その汚い服だよ。観手さんが用意したそれを着るのは構わないんだけど、今、それには会長の匂いが染みついてるからさ」


 匂いってなんだ。俺は恐る恐る袖の部分を嗅いでみる。鼻がいいわけではないから、正直会長の匂いと言われてもピンとこない。でも猫汰には、俺の行動が気に食わなかったらしい。


「そんなに会長の匂いが好きなの?」


 疑問系に聞こえるかもしれないが、目は全く笑ってないし、纏う空気はとても冷たい。だから俺はすぐに袖から鼻を離すと、


「ち、違う違う。ほら、猫……じゃなかった巧巳に嫌な思いさせたくないなって思ってさ。俺、そんなに匂う?」


と精一杯の笑顔を向ける。苦笑いになっていないかと言われれば、否定はしない。


「御竿くんは臭ってないよ。むしろ君の匂いなら僕は大歓迎だし、それで何回でも出来るし、なんなら君の私物を取っといてあるし」


 お前はナニしてんだ! と言いたいのを我慢して、俺は「そ、そっか」と絞り出した。頬が引きつっているが、頑張れ俺。笑顔を崩すな。


「でも着替えるにも服ないしな」

「大丈夫、あるよ」


 猫汰は「ほら」と椅子の後ろから、スポーツバッグを引っ張り出した。後ろにこんなんあるなんて気づかなかった。

 バッグから俺が着ていた服を取り出して、猫汰は「ね?」と目を細める。さっき猫汰が言った“私物云々”の話を思い出すと、この服を取ってどうするつもりだったのかとは聞けなかった。


「じゃ、ちょっとトイレ行ってくる」

「僕も行くよ。着替え手伝いたいから」

「流石に来んな」




 来た時の格好になり、着ていた学ランをスポーツバッグに詰める。匂いが云々言っていたが、入れるものもないし仕方がない。怒られたらその時謝ろう。


「おまたせ、猫……巧巳」

「あぁ、気にしなくていいよ。君が着替える姿を想像して待ってたかr」

「さぁて帰るかぁ」


 何を言っていたのか、いや言おうとしたのかは最早聞くまい。俺はスポーツバッグを「持つよ」と言ってくれた猫汰に手渡し、なるべく目立たないようにして会場内を歩き回る。

 実はコミケは初めてだ。前世でも知識として知っていただけで、実際に行ったことはない。テレビや動画、まとめサイトで培った知識と比べるだけだが、それでも現実と余り変わりないように思える。


「気になるのかい?」

「え? あ、ま、まぁ……」


 キョロキョロしすぎていたのだろうか。隣に並ぶ猫汰が俺の顔を覗き込んできた。

 これが女子だったら良かったのに。なんて言葉は喉の奥に押し込んで、俺はふと立ち止まった。


「へぇ……。アニメのグッズばっかかと思ったけど、それ以外もあるんだな」


 手作りのアクセサリーや小物、エコバッグとか、それこそ老夫婦が手作りの可愛らしい人形を売っているのには驚いた。


「もしかして、初めてかい?」

「うん。こういうとこ来んの、なかなか勇気出なくてさ。ほら、一人で来るのがいいっては聞いてたけど、なんかなぁって思って」

「そう。じゃあ」


 猫汰が空いている手を俺に差し出してきた。意味がわからず、俺がその手を見つめていると。


「手、繋ごうか。見て回るのに、はぐれたら困るからね」

「見ては回るけど手は遠慮しておくわ」

「君がそう言うなら」


 大して残念がるでもない猫汰。

 そうして俺は、前世を含めて初のコミケを回ることになった。

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