GWは引きこもっていたかった! その5
「またいらっしゃい、可愛い子」
「御竿先輩! また学校で!」
うんざりした顔の俺に、あのサロンのお姉さんと下獄が声高々に何かを言っている。正直もう来る気もなければ、あんな格好をするつもりもない。
ビルの窓に映る自分は、よく見慣れた御竿護の姿で、それにどうしようもない安心感を覚えた。たかだか数時間のことだというのに、だ。
「はぁ……、帰ろ……」
流石にあの三人は家に帰っただろう。牧地もサロンに俺を送るなり「楽しかったわ」と足取り軽く先に帰ってしまったし。
俺のGWは一体なんだったんだろう。いや、まだ二日がある。あと二日間こそは家から出ずに、何があろうと、それこそ駄女神が連絡してきたとしても、絶対に出るものか。
けれどもやはりゲーム。簡単には帰らせてくれないらしい。
視線の先にいる銀髪の双子弟に、俺はそうだよなと思った。ハァハァと苦しそうに蹲っていて、普通ならここで声でもかけるべきなのだろう。だが、俺は素知らぬフリをしてくるりと反対方向へ進路を変えた。
「うっ、ううっ、あぁ苦しい!」
「……」
なんだこのセンパイ、さっきより更に激しく息切れしだしたぞ。でも構わず無視だ無視! ここで折れたらセンパイの思う壺だぞ!
「ヒソヒソ、ヒソヒソ……あんなに苦しんでるのに」
「ねぇ……? ヒソヒソ、ヒソヒソ。知り合いなら助けてあげればいいのに」
なんだろう、おばさまがたからの視線が痛い。けれど負けるわけには……。
「うわぁぁああ、あぁ、痛い! あぁすごく痛い!」
「苦しいのか痛いのか、どっちなんだよ!」
しまった、つい声をかけてしまった。
「聞こえてるなら、早く声、かけなよね! すごく苦しかったんだから!」
「その割に元気デスネ。じゃ、俺はこれで」
「ちょ、ちょっと待ってって!」
足早に去ろうとする俺。その腰に手を回してなんとか引き止めようとするセンパイ。ずるずると引きずる様は、どう見ても俺のほうが悪者だ。
「離してくださいって! 俺は早く帰って見たいアニメがあるんですから!」
「そんなアニメよりボクに構ってよ!」
「うるせぇ! 早く離せ!」
既に敬語を使うのも忘れて、俺は更に力を込めて一歩一歩、確実に進んでいく。これじゃいつ家に着くのか予想すら出来ないが、それでも進むしかない。
「頼むよ、本当に辛いんだ」
「あ? 辛い?」
「辛いだよ! いったいどういう聞き間違いしてるのさ。字は一緒かもしれないけど、意味全然違うよ!?」
「うるせぇ、テキスト的には一緒だ」
「テキストって何!? ボクにもわかるように説明してよ!」
もちろん説明してやる義理はない。そうして百メートルほど歩いたところで、センパイがまた激しく咳込みだした。
「ちょっとセンパイ」
「うっ、ゲホッゲホッ。ガハッ」
「センパイ……?」
さっきは元気だったはずのセンパイが、顔面蒼白になっている。え、これまじ?
「だ、大丈夫っすか? そうだ、薬があるとか言ってませんでした?」
「わずれだ」
「は?」
「だがら、わずれだんだっでば。うぅ、だがらおぐっでぼじいんだっで……」
鼻水やら涙やら、しまいには白かったはずの顔まで真っ赤にして、センパイは恥をしのぶようにして懇願してきた。まぁ、俺も鬼ではないし(観手には散々、鬼やら悪魔やら言われているが)。
俺は仕方なくセンパイに背を向けて屈み「ん」と乗れと顎で示した。だが、センパイは何が気に食わないというのか、一向に乗る気配がない。
「センパイ?」
「お姫様抱っこがいい」
「誰がするか!」
「壱はしてくれるよ!」
「家に帰ったらたらふくやってもらえよ! てか何してんだよ、お前らは!」
それでもグズるセンパイを半ば強引に背負って、俺は改めて帰路へとついた。あぁ、周囲からの視線が痛い……。




