鏡華 万
「全員いるかー」
それほど経たずして、鏡華ちゃんがいつも通りの白衣に、飴の棒を咥えた格好で入ってきた。ついさっき会ったばかりで変わらないその姿に、どこか安心感を覚えた。
「あれ、なんで鏡華ちゃんが? 牧地せんせーはどうしたんだ? まだ巧巳も来てないし……」
太刀根からの疑問に、鏡華ちゃんは「あぁ」とそれほど興味なさげに返してから、
「腹を壊してな。保健室で寝てる」
とそれっぽいことを言った。太刀根は「なぁんだ」と安心するように肩を降ろしてから、体育館に行くために席を立った。
「まだ便所やら三年とこ行ってるやつがいるなら連絡しとけ。各々体育館に集合しろってな」
「適当だなー」
「時間になってもいねぇ奴が悪い。俺様は臨時で来ただけだしな。わかったら早く向かえ」
鏡華ちゃんに急かされるままに俺たちは教室を出ていく。その中に見知った黒髪を探すが、やはりどう探しても見つからない。そんな俺を疑問に思ったのか、太刀根が「まーもる」と肩を引き寄せながら隣に並んだ。
もちろん引き離した。
「どうしたんだよ、護も腹壊したのか? 一緒にトイレ行ってやろうか?」
「いらん。トイレぐらい一人で行くわ」
「そう言うなって。俺、目の前でされても別に引かないからさ」
「……はぁ」
別にトイレに行くわけでもない俺は、さらに纏わりつこうとする太刀根を適当にあしらいつつ、生徒が出ていくのを見ている鏡華ちゃんの元へと近づいていく。
「鏡華ちゃん」
「どした。御竿も早く体育館に……」
「観手を見てない?」
我ながらシャレみたいな聞き方だなとは思う。だけどこう聞くしかないし、仕方がない。鏡華ちゃんは「あぁ」と何かを知ってるように低く唸った後、
「観手は保健委員だからな。今日は手伝いをしてもらってんだ」
と何事もなく言い放ち、最後になった俺たちの背を「ほれ、早く出ろ」とせっついた。
「保健委員? 初めて聞いたわ……」
納得してない俺に、太刀根が「そりゃあ」と教室に鍵をかける鏡華ちゃんを眺めながら話を続ける。
「鏡華ちゃんの手伝いなんてほとんどないし。何かなくても、みんな保健室に行くような奴らばっかだろ?」
「まぁ、確かに……」
鏡華ちゃんとしては、具合の悪い生徒だけが来てほしいのだろうが、生憎、あの保健室は居心地がいい。特に何もなくとも行ってしまう、そんな場所だ。
「なんだお前ら、まだいたのか。早く体育館に行きやがれ」
呆れたような、それでいて怒ったような言い方で、鏡華ちゃんが俺たちをダルそうに睨みつけてきた。太刀根は気にもせず「ごめんって」とヘラヘラ笑い、
「鏡華ちゃんと一緒に行こうと思ってさ」
「あ? 俺様は今から便所と三年の教室まで用事があんだよ。暇なお前らと一緒にすんな」
「えー」
と残念そうに肩を落とした。でもその表情はそれほど残念がっておらず、断られるのをわかっていたようだ。
「じゃ、行こうぜ、護」
「あ、あぁ……」
俺の手を取った太刀根を振り払い、自分のペースで歩き始める。隣では太刀根が何かしら言っているが、大人しく聞いてやる義理なぞ俺にはない。
「御竿!」
「へ……? っと、わ!」
名前を呼ばれて振り返ると、鏡華ちゃんが小さな何かを投げて寄越してきた。咄嗟に手を伸ばして受け取り、そうっと手の中のそれを確認する。
包みに入った飴玉だ。
「餞別だ。やるよ。一年間、お疲れさん」
「きょ、鏡華ちゃん、それどういうこと……っ」
詳しく聞こうにも、太刀根に「遅れるぞー」と急かされては行くしかない。鏡華ちゃんの姿もまた、教室近くの男子トイレへと消えてしまったしな。




