表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

132/190

七匹のオオカミと一人の人間、そして牡蠣? その7

 べろりと舌舐めずりをしたセンパイは、いつまで経っても動こうとしない俺に痺れを切らしたのか、


「早くしなよね。これ以上、もう待てないんだから」


と言って、しゃがみ込むと俺のベルトをがしりと掴んできやがった。

 我に返った俺は、もちろんそんなことさせてたまるかと必死にベルトを掴み返し、外させないように妨害をする。センパイに言い様にされるのも癪だが、それ以上に、こんな大衆の場で出すのは絶対に嫌だ。


「抵抗しないでよ! ボクは奉仕するのが役目なんだから!」

「拒否する! される側にも人を選ぶ権利はあるはずだ!」

「ボクがしたいって言ってるんだってば!」

「されたくねぇんだよ!」


 これは何を言っても無駄だ。だけど諦めたくない。

 俺は「おい牡蠣!」と運ばれてきた料理にたかる牡蠣を呼んだ。呼ばれて一瞬動きが止まったが、飯の誘惑には勝てないのか再びがっつき始める。


「おいちょっと聞け! 無視すんな!」

「もぐもぐ」

「擬音語を話すな!」


 牡蠣と問答をしている間にも、センパイは力強く、そして器用にベルトの前をかちゃりと外しやがった。背中に鳥肌が立った。

 満足そうに笑うセンパイが、俺の足の間に強引に身体を滑り込ませ、ズボンを下ろそうと手を伸ばしてくる。


「大丈夫、安心しなよ。すぐにどうでもよくなるから」

「なってたまるか!」


 その手を掴んで必死に制止しながら、椅子を後ろに下げて逃げられないかと画策する。いや駄目だ、敷かれた絨毯につっかかって下がりにくい。クソが!

 と満足したのか、牡蠣がチッチッと爪楊枝を器用に使い、隙間に入ったカスを取りながら、


「げーっぷ。ごっそさーん」


と口から爪楊枝をプッと吐き出した。それはセンパイの額にぷすりと刺さる。


「ぎゃっ」


 小さな悲鳴を上げたセンパイは、くたくたと力を失くしたように倒れると、小さな寝息を上げ始めた。


「お前、何したん?」


 ベルトを元に戻して、それからセンパイの身体を足先で押すようにしてテーブルの下へ隠した。上手いことクロスを元に戻せば、まさか下に人がいるなんて誰も思わないだろう。


「何って。飯に入ってた睡眠薬をお返ししただけだ」

「睡眠薬……?」


 聞いてはいけない危ない単語に、俺はからになった皿をちらりと見る。残っているのはソースだけだが、こうして見る分にはただの料理にしか見えない。


「ま、ソレが運ぶ時にでも入れたんだろ。睡眠薬エキスをたっぷり爪楊枝に仕込んだから、明日の朝まで起きねぇぞ。安心しな」


 そう言って牡蠣は器用にコップによじ登ると、貝柱を伸ばして水を飲みだした。


「お前は大丈夫なのか?」

「なんだマモル、ワイっちを心配してくれてるの? 優しい! ちゅき!」

「牡蠣に好かれる趣味はない。だけど何かあるのも目覚めが悪い」


 俺はテーブルにあった違うコップを手に取ると、新しく水を注いだ。飲もうとして一瞬躊躇ったが、牡蠣から「それは大丈夫だ」と言われ、ひと口水を含む。


「なーんだ、ワイっちの心配じゃないのか。でも、ま、安心しな。おれはブラッドハウンド様だぜ? 毒見役なんて慣れっこさ」


 その言葉にあの映画が頭によぎった。盲目の少女のために、まっ先に料理を食べ、毎回と言っていいほど死の瀬戸際を彷徨ったあの“犬”のことを。


「そうだな、お前いつも死にかけてたもんな」

「それはちょいと語弊があるな。おれが死にかけたのは、マリーの手料理を食べた時だけだ。見えないからなんでも入れたもんさ」

「詳しくは聞かないでおくわ」

「そうしてくれると助かる」


 確かにあの映画は多少変わっているようだし、本人がそう言うならそうなんだろう。

 俺は少し笑って、また水を飲もうとした時。


危険デンジャー危険デンジャー危険因子デストロイヤー接近――』


 被り物から声が聞こえて、視界が赤く点滅しだしたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ