絶体絶命! 予測不能の期末勉強!? その3
そうして鏡華ちゃんの元で勉強を始めたのが一昨日。今日は既に水曜、来週の月曜から期末だというのに、成果はまぁ、うん、出てるのだろうか。
「御竿」
「あ、あぁ、何?」
「また手が止まってるぞ。どこがわかんねぇんだ」
「この計算式が……」
俺が示した箇所を見、鏡華ちゃんは「おいおい」とため息をついた。
「それは去年習った公式を当てはめてだな……。ったく、人の顔は忘れても勉強まで忘れてんなよ」
「はは、ごめんって」
習ったのか? 本当に? 当たり前だが俺は知らんぞ。
とにかく取り繕うように苦笑いし、鏡華ちゃんに「教えてよ」とせっついた。呆れながらも教えてくれる辺り、やっぱり優しい。
「なぁ鏡華ちゃん」
「あ?」
教える鏡華ちゃんの手が止まる。
「鏡華ちゃんはなんでこんなに教えるのが上手いわけ? 保険医だよな?」
「保険医が教えちゃマズいってのか」
「そういうんじゃないって」
鏡華ちゃんは「わあってるよ」と小さく呟いて、それから視線を壁掛け時計へと移した。それを追えば、時間はもうすぐ六時を指すところだ。いつもは七時まで残るため、若干早い。
「……御竿、夕飯食ってくか?」
「え?」
俺の返事を待たず、鏡華ちゃんは保健室に備え付けてある電話を手にすると、どこかに電話をかけ始めた。通話相手と二言三言話してから電話を切ると、
「親御さんには了承を頂いた。よし、買い物に行くからついてこい」
「へ!?」
とさっさと荷物をまとめ保健室の扉を開けた。瞬間、どさりと中に入ってきた人物を見て、俺はさらに目を丸くする。
「終、盗み聞きたぁ性格悪ぃな」
そう、開けた扉から倒れるように入ってきたのはセンパイだった。
センパイは顔を真っ赤にしながら慌てて立ち上がると、いつもの高慢な態度で「ふん」と鼻を鳴らして腕を組んだ。
「ち、違うし。御竿護が鏡華のとこで補習受けてるって聞いたから、冷やかしに来ただけ」
「なら帰れ。今日は壱も暇だろ、送ってもらえ。生徒会室にいるはずだ」
「ちょっと! 久しぶりにボクが来たんだから、鏡華も少しくらい、その……」
もじもじと指先をいじるセンパイを無視して、鏡華ちゃんは「御竿、エコバッグはそこな」と保健室を出ていく。俺は慌てて言われた通りにエコバッグを持つと、何か言いたげなセンパイの横を通り過ぎて保健室を出た。
「ま、待ってよ! ボクも連れてって!」
誰にも誘われてないのだが、センパイは当たり前のようについてきた。それも折り込み済みなのか、鏡華ちゃんはセンパイが出るのを待ってから鍵を閉め、扉に“外出中”の札を下げる。
「最初から素直に言っとけ。それじゃ、今日は三人ですき焼きだな」
「ま? 俺すき焼き好きなんだよなぁ」
「えー!? ボクは屹立家の人間なんだよ? 誰が庶民、と……なんでもない」
センパイはいつもの台詞を言いかけたが、途中でその声は小さくなってしまった。最後のほうに「ごめん」と小さく、本当に小さく聞こえた気がしなくもない。
学園を出て、賑やかな商店街へ入る。店の軒先に立つ人たちが口々に「鏡華先生、今日は白菜が安いよ!」だの「ヨロちゃん、肉はどうだい?」だの声をかけてくる。
「もしかして鏡華ちゃんって、結構顔広い……?」
鏡華ちゃんに並ぶようにして、こそこそと耳打ちをする。それに答えたのは鏡華ちゃん、ではなくセンパイだ。
「知らないの? これだから庶み……こほん、鏡華は屹立家の、というかボクの主治医をしてるの。なんか孤児だったみたいで、この商店街の人らに育てられたも同然らしいよ?」
「おい終、無駄話してんじゃねぇぞ。きちんと荷物持ちしやがれ」
荷物持ちというほどまだ何も買っていないのだが、鏡華ちゃん的には恥ずかしいんだろうな。少しムッとした感じで口元を尖らせているのが、普段と違っていてつい笑ってしまう。もちろんすぐ睨まれた。
「それはそれとして、終、お前も期末だろ。いいのか? お前も赤点ギリギリだろ」
「あぁ、そんなこと?」
センパイは余裕そうににやりと笑った。
「御竿護が赤点取ったら困るんだよね」
「センパイ、あんた……」
「赤点取るっていうことはバニーを着るってことでしょ? そしたらボクが奉仕出来ないじゃない」
「……は?」
つい足が止まる。俺は「なんて?」と口をひくひくしながらセンパイにもう一度言うように促した。
「だから、キミがバニーになったら、ボクの奉仕する相手がいなくなるって言ってんの! だから赤点取ってもらったら困るんだってば」
「……鏡華ちゃん、明日からこいつも補習仲間に入れて」
「あぁ? めんどくせぇ」
「鏡華ちゃあん、お願いだからぁ!」
「あぁったく、ちったあ静かに買い物しやがれ!」
賑やかな買い物は、まだしばらく続きそうだ。




