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そこはそれとない都会の出来事 その10

 柱から離された俺は、床にうつ伏せにされた。手足を縛る紐はなくなったが、上から男が乗ってきては身体も自由に動かせない。

 男たちの姿がよく見えなくとも、自分の置かれている状況がよくないことくらいわかる。このままでは色々ヤバいことも。


「アニキィ、ま、まずはどうしますかィ」


 どうやら上に乗っているのはギョロ目のほうらしい。身体を思い切り動かせばどかすことは可能だろうが、それではもう一人に抑えられて意味がない。

 どうするかと黙り込んでいると、アニキのほうが「ぞりゃごれよ」と何かしら用意し始めた。なんとか首を動かして視界に入るようにすれば、アニキは手にハイヒールを握っていた。


「……?」

「ごれは太刀根グループのもの! ごれで確かめでみるど!」


 まさかあれで踏まれるのか? そんな趣味はない(綺麗な人なら考える)のに?


「んー!」


 少しでも抵抗しようと声を荒げる。しかしアニキはそれに構うことなく、俺の靴を脱がし始めたのだ。そしてなぜか俺にハイヒールを履かせる。

 ん? なんで俺?


「ざ、早く使ってぐれ!」


 床に転がる俺の隣に、アニキもまた四つん這いになると「ざぁ!」と期待のこもった熱い視線を俺へと向けてきた。


「……」


 もちろん上にギョロ目が乗ったままで動けないし、履いたこともない靴を履かせられて立てと言われても正直困る。こんな細い棒で体重が支えられるのか不安だし怖いし。

 誰も何も言えず、また動きもしない状態がどれくらい続いただろうか。外からはカラスの鳴き声が聞こえてくる。


「どうじた、早くじろ!」

「……」


 痺れを切らしたアニキが声を荒げた時だ。

 パリーン! ガラスが割れた。外から何かを放り込まれたらしい。石か? コンクリの欠片か?


「マモル!」

「んぐんぐんぐ!」


 パカパカと動いているのは、直径三十センチはあるあの伝説の牡蠣だった。


「アニキィ! これ、あの伝説の牡蠣だすぜィ!」

「ご、ごれが、伝説の漁師が獲ったどいう伝説の牡蠣!」


 長い長い。牡蠣でいいじゃねぇか。

 つか、こいつどうやって……。


「護様、助けに参りました」


 割れた窓からひらりと入ってきたのは、太刀根んとこの三人目のメイドさんだ。相変わらず頬を染め、息を荒く吐き出している。


「下賤の者。今すぐに攻様の婚約者殿から離れなさい」

「んん!?」


 ちが、ちょ、待て! 否定したいのに声が出ん!


「婚約者だっで? なら話は早い。太刀根グループがら金をむしり取ってやる!」

「聞こえなかったのですね。では」


 メイドさんがスカートをたくし上げ、中に手を突っ込んだ。何かを探るような手つきに合わせ「んっ、はっ」と声が漏れる。何この美味しい展開! 運営様ありがとうございます!


「はあっ……。さぁ、お仕置きの時間です」


 スカートから出てきた手には、長いロープが握られていた。どこから出したんだ、そのロープ。


「はっ!」


 ピシャリとロープを床に叩きつけると、メイドさんは巧みな手捌きで、あっという間に男たち二人を縛り上げてしまった。重しも無くなり、口を押さえる手もなくなったことで、俺は声が出せるようになる。


「ありがとう、助かった。えぇと」

「トメ、と申します。三人のまとめ役を勤めさせております」


 他の二人とは比べ物にならないくらい優雅な動きで、トメさんは頭を下げた。つられて「ども」と頭を下げてから、床に転がったままの牡蠣に手を伸ばす。


「お前も一応ありがとよ」

「感謝? 感謝してるの? いいよいいよ気にし」


 それ以上話せないように、俺は貝を両手で押さえて閉じさせた。話そうとピクピクしているが、無視して脇に抱えこむ。


「トメさん、あの、なんでここに」

「攻様から連絡がありまして。学校関係ではお手伝いするなと、旦那様からも仰せつかっていたのですが、今回に関しては助力が必要だと判断致しました」

「そっか。それで……」


 必死な顔の太刀根が思い浮かぶ。悪いことをしたな……。


「この牡蠣は?」

「勿体ないため、私どもで調理しようかとしていた矢先のことでしたので。持ってきて正解でしたね」

「……お前、食われかかってたの?」


 抱えた牡蠣をちらりと見る。何も言えないが、この小刻みに動く感じだとそうらしい。


「では帰りましょう。集合時間はとっくに過ぎておりますので」

「だろうな」


 来た時と同じように窓から出ていくトメさんを追いかける。俺も出ようと足をかけ、


「ここ五階!?」

「安心してください、受け止めます」

「そういう問題じゃないけど!?」


 やはりメイドさんでさえ普通ではない世界のようだ。

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