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6 隼人


 町はずれの道沿いに粗末な祠があった。人の二、三人は入れそうな大きさがあったが、風雨に晒されあちこちが痛んでいる。

 その傍らの小さな空き地に焚き火が燃えていた。男がひとり、地面にあぐらをかいている。ぼろぼろの小袖の尻をからげ、総髪を雑に後頭部で縛っている。犬武田隼人であった。

 焚き火の前には、串刺しにされた川魚が三匹地面に突き立てられ、炎に炙られていた。隼人は鼻で大きく息を吸い込んだ。


「んー、いいにおいだ」


 隼人はこの祠を拠点に、川魚や角のないウサギなどを獲って暮らしていた。時おりは町に行って、荷役の仕事などをして小銭を稼いだ。そろそろ寒くなるので町に移り住むかな、などと近頃は考えている。


「ん?」


 串の魚を裏返すと、隼人はなにかに気づいたように顔を上げた。視線を、町へ続く狭い道に向ける。木立の陰から、背の高い町娘が現れた。馬の手綱を引いている。馬の背には菅笠を深く被った若侍が乗っていた。

 はて? 隼人は小首をかしげた。

 町娘が日菜子なのは、すぐわかった。なぜ日菜子が馬を引いているのか、若侍が誰なのかは、とんと見当がつかない。江戸に侍のつてなどは道場を抜け出した隼人らにはないはずだ。若侍は二十八犬士の誰かとも違う。


「隼人くん!」


 日菜子が嬉しそうに手を振った。少し速度を上げたので、隼人は立ち上がって近づいていった。


「日菜子、どうしたんだ? そいつは誰だ?」

「このお方を隼人くんに会わせるために来たの」

「俺に? こいつを?」


 若侍は馬の側面を滑るようにして降りてくる。隼人に対面してまっすぐ立った。小柄な若侍。やはり隼人には見当がつかない。


「お前は誰だ? 笠を取って顔を見せろ」


 隼人は腕組みをして若侍を睨みつけた。


「隼人くん!」

「よい」


 慌てる様子の日菜子を、若侍が手のひらを向けて留めた。


――女か。


 隼人にはますます相手がわからなくなった。

 若侍はゆっくりと笠の留め紐を外し、やがて笠を下ろした。長い髪を後頭部で結って、その先は馬の尻尾のように揺れている。ところどころに汚れがあるが、美しくも可愛らしいかんばせ。はて、どこかで見たような?

 とつて、隼人の眼が大きく見開かれた。


「ま、まさか――」


 隼人の声が震えた。若侍の口がにこりと笑いを含んだ。間違いない。


「稲光、さま――?」

「久しいのう、隼人」


 ふらりとよろめいた隼人は次の瞬間、がばと地にした。


「ま、まさか稲光さまとは存ぜず!」


 隼人は地面に頭を擦りつけた。


「あははは」


 稲光が笑った。日菜子は困ったような笑いを浮かべている。

 隼人は身体を起こし、小袖の胸を開いた。


「腹を切ります」

「待て待て」

「わー! 隼人くん!」


 慌ててふたりが止めに入る。


「ここで死なれたらわたしの来た甲斐がない」

「そういえば、なぜ稲光さまはここに?」


 日菜子に両手首を掴まえられた隼人は、不思議そうに稲光を見上げた。

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