4 犬士はいずこ
「うまい! 団子はうまいのう!」
稲光は両手に串団子を持って交互にかじりついていた。日菜子の店の床机に腰かけている。
「日菜子ちゃんー、お給金から引いとくからねー」
「はーい」
店の女将さんの声に日菜子が答えた。稲光の団子は日菜子のおごりだ。しかし、
「日菜子、お前はなぜ地面に座っているの?」
日菜子は稲光の前の地面に正座していた。
「は、いえ、稲光さまの御前にて」
「他の者もじろじろ見ているぞえ。わたしの隣に座りなさい」
「いえ、そんな! 滅相もございません!」
日菜子は両手を身体の前で振ってみせた。
「ならぬ。家来を地面に座らせて団子を食うなど、わたしが恥ずかしい。さ、はよう」
「は、然れば」
日菜子は立ち上がるといったん稲光から離れ、着物をはたいた。戻ってきて、おずおずと稲光のそばに大きなお尻を乗せた。日菜子はかちこちだ。
「うん」
稲光はそう言ったきり、団子と格闘する。ひと皿三本の団子四皿をぺろりと平らげた。
「うん、うまかった。さて、日菜子」
「はいっ」
日菜子はびくりと背筋を伸ばした。ついにきた。
「なぜお前は道場を抜け出して、このようなところにいるの?」
日菜子が地面に正座していたのは、道場を抜け出した負い目があるからだ。
日菜子はことの顛末を話した。
「なんと、修行がつらかったからみんなで逃げ出したというのかえ?」
「はい」
日菜子は大きな身体を小さくした。どれほどの叱責を受けるだろうかと。
「お前たち程の者がみな逃げ出すとは。それは相当つらかったのじゃな。可哀想にのう。よしよし」
稲光は自分よりはるかに大きな日菜子の背中を、優しくぽんぽんと叩いた。
「稲光さま」
「戻ってくればよかったのに」
「修行を途中で逃げ出したとあれば、故郷に顔向けできません」
「お前は丸葉津を捨てたのかえ?」
「いえ! そういうわけでは!」
日菜子はうなだれていた頭を素早く上げた。
「うん、それを聞いて安心したぞ。――日菜子」
「はい」
「わたしを助けておくれ」
「えっ?」
「わたしがお前たちを探しに来たのは、丸葉津に大難が迫ってきてるからなの」
稲光はことの顛末を話して聞かせた。
「それで稲光さまが直接」
「うん」
「慣れない長旅、さぞかし苦労なされたでしょう」
「なんのこれしき。お尻も丈夫になったぞ」
「お腹が空いて倒れそうでしたけどね」
「こ、これ。それを言うでない」
稲光は顔を赤らめた。
「それで日菜子。他の犬士はどこにいるの?」
「それが、道場を出てからは皆目」
「なんと、ではこの江戸の町を探して回らねばならぬのか。というか、みな江戸にいるのかえ?」
「それもわかりかねます」
「ふむ。しかし他に手立てもない。江戸を探すしかないのう」
「あ、隼人くんになら会ったことがあります」
「隼人。犬武田の伜だの。ではまずは隼人を探すとしよう」
「では、お店に暇を告げて参ります」
「すまぬな」
「いえ、またお腹が空いてお倒れになったら困りますから」
「またそれを言う。しかしこれには解せないわけがあるの。日菜子、なぜこの大判は使えぬのか?」
稲光は懐から大判を取り出して見せた。
「ちょ、ちょっと稲光さま! そんなものを出しちゃいけません!」
日菜子は慌てて大判を稲光の懐にしまった。
「ここの女将もそんなことを言っておったのう」
「それは大きすぎるのです」
「大きい?」
日菜子はかくかくしかじかと説明した。
「なるほど、そういうわけか。ではまず、両替屋に行かねば」
「はい。では、しばしお待ちを」
日菜子は店の女主人に暇を告げたがたいそう揉めた。ことが片付いたらきっと戻ってくると約束してやっと暇をもらえたが、その間、稲光をじっと見つめる人相の悪い男たちに、ふたりは気づかなかった。