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10


 頭を抱えて考え込んでいると、石段の下の方から聞きなれない音が聞こえる。


 しゃんしゃんしゃんと規則正しく鳴る音は鈴のようで次第に大きくなっていく。

 そしてガサリと草を踏みしめる音がした林の方を見れば、半魚人の去っていく背中が見えた。

 臭いが遠ざかり、鈴の音が近くなる。

 石段下を凝視していると、二段飛ばしで駆け上がり、提灯を揺らす玉様が見えた。

 それと同時に背後からゴゴゴゴと門が開く。

 振り向けば白い着物で懐中電灯を片手に持った比和子ちゃんがこちらを遠慮なく照らし、眩しい光がオレを直撃した。

 オレは四つん這いで比和子ちゃんに這い寄り、足元にしがみ付いた。


 あ、何だかお香の良い匂いがする。

 とりあえず見知った人間の登場にオレは安堵した。


「離れろ!」


 玉様に襟を掴まれ比和子ちゃんから引き剥がされて後方に投げ飛ばされたって、オレは怒らないぞ。

 だってやっと人間に会えたんだから。


「まったく。うろちょろせずに大人しくしていれば良いものを。探すのに手間が掛かった」


 倒れ込んだオレの前にしゃがみ込んだ玉様はいつもの洋服姿で、とっつきにくそうだった着物ではなかった。

 オレはそんな玉様に手を伸ばして抱き付く。


「玉様ー」


「止めろ、離れろ」


「夢じゃないよな!?」


 離れようともがく玉様の頬を抓れば顔を顰めたので夢じゃない。


「こういう場合は自分の頬でするものだろう!?」


 遠慮なく頬を抓り上げられ、オレは叫び声を上げた。


「いてぇ!」


「何をしてんのよ、二人して。さっさと戻るわよ」


 比和子ちゃんの呆れた声が聞こえて、ぱんっと手を叩く音がして。

 オレは激しい吐き気と共に意識を失った。

 瞼を閉じる瞬間、端に木の影からこちらを見ていた半魚人と目が合った気がする。









「……く。げ……! 下僕っ!」


 作業着の胸元を掴み上げられ揺さぶられ、頭をがくがくさせながらオレは目覚めた。

 目の前には日本人形がオレに跨り顔を顰めていた。


「玉ちゃん、下僕起きたよ!」


 そう言った満面の笑顔の横顔の先には気難しい顔をした着物姿の玉様が正座をしている。

 その膝にはオレと同じように仰向けに眠る比和子ちゃんの頭が乗せられていた。

 膝枕って女の子にしてもらうからいいのに。

 玉様に膝枕してもらっても比和子ちゃんだって嬉しくなかろうに。


「御苦労であった、希来里。比和子もすぐに目覚めるゆえ、冷えた水を一杯頼む」


「わかったっ!」


「ぐげっ!!」


 希来里は遠慮なくオレの腹を踏んで台所に駆けて行く。

 出来ればオレにもお水が欲しい。

 世界が焼けるような夕焼け色に染まった縁側で、オレは身を起こした。

 酷く寝汗を掻いてしまって作業着に熱が籠り不快感がある。

 さっきまで夜中だったはずなのに、もう夕方になっていた。

 そんなに寝ていた実感がなく、そして石段からここへと運ばれた記憶がない。

 冷静に考えてわざわざ玉様の家から比和子ちゃんのお爺ちゃんの家に運ぶ意味がない。


 と、いうことは、だ……。


 恐る恐る玉様を見ると片眉を上げた。


「比和子と共に様子を見に来れば大口を開けて寝ているとは」


「え、寝てた? やっぱり寝てたの、オレ」


「お陰で待ちくたびれた比和子もうたた寝をし始めてしまった」


 玉様が何度か額を撫でると比和子ちゃんがゆっくりと目を開けた。


「起きたか」


「うん。鈴木くんは……」


 比和子ちゃんが横向きになってオレを見つけると、口角だけ上げた。


 それから。


 オレは比和子ちゃんのお爺ちゃんから今日の日当が入った封筒を受け取り、丁寧にお礼を言って迎えに来てくれた御門森の車に乗り込んだ。

 車はそのまま御門森の家に向かい、本日のオレの宿は御門森の家になったことを知った。

 玉様と比和子ちゃんは歩いてお屋敷に帰ると言って、二人で手を繋いで夕陽に背を向け帰って行く。

 運転する御門森の隣で、オレは田舎の風景を眺めて溜息が出た。


「どうしたんだ」


「あ? いや、さっきな。ちょっと寝てたら変な夢見ちまってさ。誰も居なくて走り回って、玉様の家に行ったけど門が開かなくてさ。そうこうしてるうちに石段あるだろ? そこんとこにセーラー服の半魚人が 出て来てさ。すげー臭いなわけ。ソイツから逃げようとして、でも八方塞の状況になって万事休すって時に 玉様が登場したんだよ」


「ふーん。で、半魚人はどうなったんだ?」


「んー。玉様が来たら逃げてったんだけど、最後目が合ったような気がするんだよなー」


「玉様が退治した訳じゃないのか?」


「してねーよ?」


「ふーん……」


 それきり御門森は黙り込み、オレもまた窓の外に目を向けていた。

 妙にリアルな夢だった。

 臭いだってすぐに思い出せるほど。


 田舎道から見える木々の間に、今にもひょっこりと顔を覗かせるような気がする。



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