6
朝ご飯の席。
残念ながら寿司ではなかった。
が、スタンダードな内容でもオレは大満足だ。
なにせオレのいつもの朝ご飯はパンのみだ。
それに比べたら、白いご飯、豆腐とワカメのお味噌汁。焼き鮭に焼きたらこ五切れ。だし巻玉子の隣には茹でた桜型のニンジンが二枚。小鉢にはオクラとか緑の野菜のサラダ。
ここに納豆があれば嬉しいが、玉様の家では納豆は朝は食べない決まりらしい。変な決まりだ。
最後は比和子ちゃんが淹れてくれたほうじ茶で締めくくられ、オレは満腹になった腹をポンポンと叩く。
呆れた眼差しを向ける玉様は昨日よりも血色が良く、ピカピカいや艶々している。
下世話な想像をして俯き加減の比和子ちゃんを見れば、玉様から爪楊枝が飛んできたのでオレは素早く避けた。
「危ねぇ! デコに刺さって血が出たらどうすんだ!」
「目に刺されば良いと思い投げた。仕損じたか」
「おまっ! ふざけんなー!」
「貴様こそふざけるな。比和子を見る目つきが気に喰わぬ。帰れ」
「いや、帰れとか言うなよ。そんな簡単に。現在地が分らないオレに」
「歩いて帰れ」
「ごめんなさい。もう変なこと想像しません」
「解かれば良い。比和子、俺は本日午前午後共に南天と役目となっている。鈴木は豹馬に任せる予定ではあるが、弓場も共にいるそうだ。一人屋敷に居るよりもそちらで過ごしたいのであればそうするがいい。……これは俺の考えだが、鰉も呼んではどうかと思うのだが」
玉様が長文の会話をしている。
しかもオレの今日の予定が勝手にもう決められている。
「あー。うーん。今日は九条さんの所へ行こうと思ってたんだよね。でも亜由美ちゃんもいるなら……。でも九条さんとの約束が先だから、九条さんの所に行くよ」
「そうか。うむ。俺としてもこの鈴木に関わるよりは九条の方が安全で好ましい」
「この鈴木って何だよ。つーか亜由美ちゃんて誰。可愛いの?」
「貴様は食うか女のことばかりだな。弓場は豹馬の彼女である。邪な考えは起こすなよ」
「御門森の彼女? なんだよ、ダメじゃん。他にいないの、女の子」
肩を落としてオレがそう言えば、初めて比和子ちゃんがこちらに冷ややかな視線を投げかけた。
「鈴木くんは一体何をしに玉彦に付いてきたの?」
比和子ちゃんから始まる美女の友達の輪を求めて、とは言えない。
言ってはいけない雰囲気であることくらいオレにだって分かる。
「れ、連休中どこにも行く予定が無くて暇だったので付いてきました」
なんで敬語なんだ、オレ。
「そうなの。じゃあ別に観光をしに来たとかではないのね?」
「ま、まぁそうですね。あわよくば三食タダでありつけると考えました」
半目になった比和子ちゃんは着物の胸元からスマホを取り出すと、目にも止まらぬ速さで誰かにメッセージを送った。
なんだ、この子。
随分と慣れた手つきでスマホを操ってるな。
田舎住みだから疎いと思っていたが、やはり通山っ子か。都会っ子か。
しかもこんな田舎に観光しに来たとどうして思えるんだ。
比和子ちゃんのスマホが微かに震え、すぐさま返信して彼女はオレにニコリと微笑んだ。
釣られてオレも笑ってみた。出来るだけ可愛く。
「どこの世界にタダで見返りもなく三食食べられるのよ。働かざる者、食うべからず。世の中そんなに甘くはないわよ」
え?っとオレは比和子ちゃんの変わり様に笑顔が引き攣った。
そして彼女は無表情に流れを見守っていた玉様に向き直り、目を細めた。
「玉彦。鈴木くんは友達なのよね? 豹馬くんの家に泊まらせなかったってことは玉彦預かりってことよね?」
「仕方あるまい。急な……」
「だったら玉彦が鈴木くんに関して責任を持たなきゃでしょう。どうして豹馬くんはともかく亜由美ちゃんとか那奈にまで迷惑を掛けようとするのよ」
オレは、迷惑な来客なのか。
まぁ、否定しようもない事実だがな。
でも本人を目の前にして言っちゃうって、それってどうなの比和子ちゃん。
やっぱり須田の超絶美人彼女の親友らしく、比和子ちゃんも毒舌なのか。
玉様は彼女の気迫に押されて僅かに身を仰け反らせた。
「そ、それは鰉は男の扱いに慣れて……」
「あのね、那奈だって暇じゃないのよ? 連休で何か予定があるかもしれないでしょう? それなのに 正武家の玉彦がそんなくだらないことを頼んだりしたら、那奈だって断れないでしょう? 分ってんの?」
「わかって、いる」
「亜由美ちゃんだって豹馬くんが帰って来るの、楽しみにしてるのに。邪魔しちゃ悪いとか思わないわけ?」
「それは思うが……」
すっかり邪魔者扱いされてるオレ。泣きそう。
甘い考えは粉々に打ち砕かれ、後悔が襲う。
でも何度も言うが本人を目の前にして……。
「鈴木くん」
「ふぁいっ!」
「こうやっていきなりとかじゃなくて、次からはきちんと予定を立てて来てくれる?」
「了解です」
「お出迎えする方だって色々と準備が必要なのよ。昨日、松さんと梅さん、すんごくお怒りだったんだから。南天さんだって帰宅できるはずだったのにお泊りになっちゃったし。玉彦もどうして数時間前でも連絡が出来なかったのよ」
「……すまぬ」
玉様が素直に頭を下げたのを見て、オレも同じく頭を下げた。
やべぇ。
御門森は正武家家人の言うことは絶対とか教えてくれたけど、玉様の上をいく存在がここに居た。
多分、ここで逆らっちゃいけないのは、玉様とか出迎えてくれた婆さん二人じゃなくて、この人だ。
オレたちの様子に頷いた比和子ちゃんは、ふうっと息を吐くと、ぱんっと両手を一度鳴らした。
「まぁ、いいわ。この話はこれでお終いね。玉彦はお役目頑張って。そして鈴木くんは畑仕事に精を出してね」
「え?」
「豹馬くんにお迎え頼んだけど、私のお祖父ちゃんの家まで送ってもらう様に言っておいたから」
「えーとお爺ちゃんの家でオレは何をすれば?」
「畑仕事よ。人手が足りないって言ってたから。日当も出してくれるしお昼ご飯も付いて来るから一石二鳥でしょう。はい、解散」
彼女の掛け声で玉様が立ち上がったので、オレも立ち上がる。
無言でオレを見た玉様の目は、すまぬと語っていた。




