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季節はゆっくりと進み、初夏を迎えたある日。
私は庭に植えられているツツジの白い花を愛でながら、ホースで水やりをしていた。
これが終わったら手桶に水を入れて、石段の赤い花を咲かせているツツジにも水を撒かなくてはならない。
あとは石段下にある石灯籠の脇に置かれている切り花も新しいものに替えなくては。
薄藤色の小袖の袖で額を拭えば、ほんのりと汗ばんでいた。
最近の私の仕事と言えば、朝の水撒きと庭を掃き清めることだけ。
朝餉などの台所仕事をしようとすれば稀人である南天さんに止められ、じゃあこの無駄に広いお屋敷のお掃除をと袖を捲れば、これまた稀人である豹馬くんと須藤くんに仕事を取るなと制止される始末。
一体私はここで何をしていれば良いのかと玉彦に尋ねに行けば、彼は離れで澄彦さんとお役目中。
これならばまだ、玉彦が大学へ通っていた時の方がお屋敷で私の場所があった。
本末転倒である。
どこかへ出掛けようとしても稀人が付いてきてくれるので、何だか申し訳なくなってしまい大人しく部屋に籠る日々が続く。
学生の頃の美山高校の友人は皆もう就職をしていて、私が日中に気軽に会いに行ける人も居なく息が詰まりそうだった。
そう豹馬くんに愚痴ると、三食昼寝付きの奥方になれたのに何が不満なんだとお説教をされた。
そんな私の不満は、とうとう今日の朝餉で爆発する。
正武家の朝餉は、当主の澄彦さんがお屋敷に居ると彼の母屋の座敷で頂くのが決まりである。
お役目で不在の時は、玉彦の母屋で二人きり。
朝餉が終わり、本日の予定について話をしていた当主と次代の会話が途切れ、咳払いをした私に視線が集まる。
私は湯呑みを置いて、二人を見渡して溜息をつく。
「私、今日もお屋敷にいます」
そう呟くと、そんなことかと玉彦は意にも返さずに席を立とうとしたので、ちょっと待てと彼の膝に手を置いた。
「あのね、私にも何かお仕事ないの?」
「比和子は好きにゆるりとしておればよい」
「だから、それ以外に何かないの」
私の問いに玉彦は首を傾げるも口を開くことはなかったので、澄彦さんを見れば彼も肩を竦めるだけだった。
そして再び溜息。
「私、どこかで働きたいんだけど」
あまりにもお屋敷ですることがないので、せめて外の世界でお役に立てればと考えるのは普通の考えだと思う。
澄彦さん曰く、正武家には腐る程蓄えがあるというけれど、その為ではなく私の存在意義の問題だった。
「比和子ちゃん。それは無理です。正武家の嫁が外で勤めるだなんて、末代までの恥だよ。何か欲しいものでもあるの? 次代、そのような我慢をさせているのか?」
澄彦さんの非難する視線を受けて、玉彦は心外だと腕を組む。
「何か必要な物があれば言えば良い。よほどくだらない物でなければすぐにでも手配する」
「そうじゃなくて……」
駄目だ、この二人。
勤め人になったことがないから、どこかズレている。
こう、なんていうのかな。
仕事の生き甲斐っていうのを私は求めている訳よ。
必要とされている実感というか。
「ここに居ても私、何もすることないじゃないの。なんの為にいるわけ?」
「次代のお世話」
「俺の心の安寧」
その答えに項垂れるしかなかった。
基本彼らは正武家のお役目が第一なので、それ以外に関してはかなり適当だ。
「ちなみに月子さんはお屋敷にいる間、何をしていらしたんですか」
「子育てだよ。月子は正武家に入ってすぐに懐妊したから、妊娠中は大人しくしていたし、次代が生まれてからは子育て」
澄彦さんは当たり前の様に言って、湯呑みの緑茶を啜る。
私は玉彦と目を合わせてから、顔を伏せた。