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これからも



 四月。お昼時。


 私は、走っていた。


 全力疾走。


 お祖父ちゃんの家から正武家の石段を目掛けて、脇目も振らずに一生懸命。


 だって後ろから得体の知れない塊に追いかけられていたから。


 白猿に追い掛けられた夏休みを思い出す。


 あの時は捕まっちゃたけど。


 止せばいいのに後ろをチラリと見る。


 真っ黒い毬栗、私の背を超える巨大なウニが転がっている。

 ウニに例えたけどウニではない。

 何故なら棘が全部人の腕なのだ。

 もうこれは私じゃ無理だ。

 というかこんなスピードじゃどうにもならない。


 どうしてあの時声を上げてしまったのか悔やまれた。


 時間は少しだけ遡って、朝。

 私は玉子を貰いにお祖父ちゃんの家へと来ていた。

 玉子くらい買えよと思われるけど、これはお祖父ちゃんのお願いでもあるのだ。


 お祖父ちゃんの家では去年から鶏が増えた。

 最初は食べる為だったんだけど、鶏全てに希来里ちゃんが名前を付けてしまったものだからお祖父ちゃんと叔父さんは頭を抱えてしまった。

 毎朝希来里ちゃんは鶏の名を呼びながら餌をあげるそうで、一羽でもいないと大騒ぎになるそうな。

 そしてそんな日の夜に食卓に唐揚げが登場するのである。

 もう九歳になった希来里ちゃんは唐揚げが何のお肉なのか知っている訳で、その度に泣かれる。

 で、お祖父ちゃんと叔父さんは鶏を絞めることが出来なくなってしまったのだった。

 その結果、鶏が増えて玉子も増えてしまった。

 こればっかりは生むなと言っても無理な話で、ご近所に配ったりしていたんだけど毎日持って行く訳にもいかない。

 そこで白羽の矢が立ったのが私。

 現在正武家には常時十人は生活していて、朝昼晩ときっちり食事が必要である。

 簡単にいってしまうと毎日三十食は消費される。

 それにお役目が立て込んでいない時にはスイーツ仲間の活動があるので玉子を消費する。

 そんな訳で私は毎朝お祖父ちゃんの家へと通うようになった。

 近場だし通い慣れているので稀人が付くこともなく、たまには玉彦と朝のお散歩も兼ねて行っていたのだけど。


 今日は午前中一件のお役目しかなく、やる気をなくした澄彦さんが午後は休むと駄々を捏ね始めたのでスイーツ部の活動をすることにした。

 最近は私も当主の間での訪問客を迎える一員になっていて、午前のお役目を免除されたのでこうしてお祖父ちゃんの家へ玉子を貰いに来たのだった。

 ついでに時間もあるから縁側で夏子さんと井戸端会議に花を咲かせていた。


「だからねー、もう私も困っちゃって。希来里がそんなこと言うから竜輝くん固まってたのよ」


「うーん。年の差五歳かぁ。希来里ちゃんが小六の時に竜輝くんは高校二くらいだよねぇ。そう考えると微妙だけど希来里ちゃんが二十歳なら二十五歳でしょ。だったら問題はないんじゃないかなー」


「大アリよー。だって竜輝くん、御門森さんの長男じゃない? 跡継ぎでしょう? そうなったら希来里を嫁に出さなきゃだし、上守が潰れちゃうわよ」


「そっか。お婿さんが必要なんだねー。夏子さん、もう一人生まなきゃじゃない?」


「生めない年じゃないけど、レスだから」


「……あぁ、そうなんだ」


「比和子ちゃんはどうなのよ。そろそろじゃないの?」


「うーん。あと二年くらいは二人でって玉彦は言うんだよねぇ」


「子供って早いうちに生んでおかないと子育ての体力続かないわよ?」


「そうなの?」


「そうよぅ。都会なら楽だけど、ここでは結構厳しいわよー? 無駄に自然が多いでしょ? そうするとね、山とか川とか行く羽目になるのよ。学校の行事とかもそう。運動会だって全力なんだから」


「……そういうの玉彦に参加してもらおうかな」


「やっだ、比和子ちゃん。それ面白いわ」


 夏子さんは笑って私の肩を叩くと、お茶のお代わりを持ってくると言い台所へと姿を消した。


 私は縁側でぽかぽか陽気を全身に浴びて太陽を見上げる。

 帰ったら干してきたお布団叩かなきゃだなー、なんて考えていると縁側から見える垣根の向こうを一台の車が通り過ぎた。

 村の外へ向かう方向へ。

 車の屋根に黒い物体を乗せて。

 普通乗用車の屋根にロープで固定されることも無く、玉ころがしくらいの大きさの球状のものが乗っていた。


「え?」


 なにあれ。

 私は慌ててお祖父ちゃんの家から道路へ出ると、遠ざかる白い車を見た。

 やっぱり何か乗ってる。


「嘘でしょ」


 そう呟くと、ぽんっと黒い球は車から跳ねるように降りた。

 落ちたんじゃなくて意思を持って降りたように感じた。

 そして、ぽぽぽぽぽぽんっと棘を生やしたのである。


「げっ!」


 私はポケットに入れていた青紐の鈴を取り出して盛大に鳴らした。

 お役目中だろうけど玉彦が気付いてくれることを願い、私は車が向かった方向とは逆側にある正武家へと走り出す。


 あれはヤバいヤツだ。



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