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身を起こして辺りを見渡しても私だけ。
でもここは確実に玉彦の世界だった。
薄紫と白い世界。
ここは今、私と玉彦の世界が拮抗している。
「たまひこー、たーまーひーこー」
愛しい人の名を呼びながら当てもなく歩く。
世界を縮めてしまう芸当を身に付けた私だけど、あの状態の玉彦だったらそのまま闇へと消えてしまう恐れがあったので、自力で頑張ることにした。
歩きながら考える。
玉彦の記憶で過ごした時間は現実でどれ程の時間を経過させたのか。
近くに澄彦さんと宗祐さんが居てくれたから、神守の眼の影響で私たちが目覚めないのだと判断してくれているはずで、二人で並んで本殿に寝かされているんだろうなー。
「たまひこー」
「玉彦っ!」
「玉様ー」
「玉彦様ー」
「……玉ちゃん」
「……やめろ」
希来里ちゃんの真似をして呼ぶと、背後から待ち侘びた玉彦の声。
振り向くと白いお役目姿の玉彦が佇んでいた。
でも私が一歩近づくと、二歩逃げる。
「どこにいたの。ずっと探してたんだよ」
「比和子の後ろに」
「そ、そう。だったらすぐに返事しなさいよね」
全然気が付かなかった。
真っ直ぐ振り向かずに歩いてたし。
「帰ろうよ、玉彦」
「嫌だ」
「どうしてよ」
「俺は穢れている」
ずがーんと頭を殴られた感じに私はへなへなと座り込んだ。
あれだけ記憶の中で頑張ったのに玉彦への影響がゼロだったなんて、切なすぎる。
玉彦は私の正面に正座をして姿勢を正した。
「お前、俺の記憶を改変しただろう」
「え?」
「ここでも俺は自我を持っているのだぞ。そう易々と何でも思い通りにはならぬぞ」
若干後ろめたい私は目を逸らした。
だってそうでもしなきゃ、玉彦はいつまで経っても穢れっていうキーワードに縛られちゃうじゃん。
「いつから気付いたの?」
「麦茶から」
「じゃあ最初じゃん!」
何ということだ。
私は玉彦の記憶の中にいると思っていたけど、記憶の中の玉彦は今の玉彦で過去の玉彦じゃなかったんだ。
二人して思い出を繰り返していただけだなんて。
「だったら解ったでしょ。玉彦は穢れてなんかいないんだって」
「……」
黙り込んだ玉彦は俯いたけどこの場から離れるつもりはないらしく大人しくしている。
だったら正攻法で攻めてみよう。
「澄彦さんからも聞いてるけど、正武家の人間はそもそも穢れないでしょう? どうして自分が穢れたなんて思うの?」
「……」
「玉彦」
「正武家の業は深い。連綿と続く血が私にも流れている。穢れないのではない。元々穢れているから弱小な穢れは負けて消えるだけなのだ」
「……そうなの?」
「父上もそれは知っている」
「なんだ、そんなことだったの」
私は呆れて座ったまま後ろへ倒れ込んだ。
そのまま足を伸ばして大の字になる。
「比和子?」
「あのさー、そんなこと言ったら私なんか生まれた瞬間から穢れてるわよ」
「何をいう! 比和子は穢れてなど!」
玉彦は私を覗き込んだけど触れようとはしない。
「だって女だもん。女って穢れの象徴でしょ? 毎月生理だってある。それだって穢れだよ」
「それは……」
「違わないよ。一緒。しかも神守の血だって流れてる。正武家と同じお役目をしている神守だけ穢れないだなんて思わない。そうなると御門森も清藤も穢れてるってことになるね。でもその穢れのお陰で一定の禍を退けられてるし、対処することも出来てる。それじゃあ駄目なの?」
「穢れとは許されぬものだ」
「でも穢れから生まれた神様もいるわ」
「しかし!」
「しかし、とか、でもとか。前にも言ったけどそんなの聞きたいわけじゃないのよ。玉彦はどうしたいの? 穢れを無くしたいの?」
「少なくとも禊をすれば当面の穢れは払えている」
「おかしいじゃないの。血以外は穢れてないのに何を払ってるの?」
「……」
「透析……じゃ意味が無いか。だったら輸血でも繰り返して正武家の血を入れ替える?」
「……」
「そうじゃないでしょ? 流れる血肉で今の玉彦が出来上がってる。それを否定してどうするの?」
「……」
「死にたいの? だったら私も一緒に死ぬ。玉彦がいないなら意味が無いもん」
「比和子……」




