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6


 眼に力を入れた拍子に、玉彦が私を振り返ったのがみえた。

 多分宣呪言ではない他の力が干渉したのを感じたのだ。


「比和子!」


 咎める玉彦の叫びに微笑んで、私の世界は白光していく。


「この時を待っていたぞ! 神守の者!」


 大国主の怒声に集中が途切れて。

 私の前に御倉神が立ち塞がり。

 その身体を突き抜けて血まみれの掌が私の視界を覆う。

 豹馬くんが私の身体を横に突き飛ばして。

 大国主の拳に錫杖が折られて豹馬くんが倒れる。


 そして御倉神から腕を引き抜いた大国主は私を見下ろした。


「もう一度、眼を発動させろ。その時に眼を取らねば意味が無い」


 倒れ込んで這い蹲る私の顎を足先で上げさせて笑う大国主は、こんな時なんだけどドSのイケメンだった。


「大国主……」


 お腹に穴が開いたまま御倉神が油断していた大国主に鉄扇を振るい、二人で階段下へと落ちる。

 思わず身を乗り出して下を覗くと大国主が黒駒に寄り添い呆然としていた多門へと腕を振り上げたのが見えた。


「まだ狗がいるじゃないか。二匹になれば優勢かな?」


「やめて!」


 私は大国主と多門との間に本殿から落ちつつ身体を盾にする。

 黒駒に多門を喰わせてはいけない。

 これ以上無駄な血は流しちゃ駄目なんだ。


「ならば眼を寄越せ! 発動させろ」


 落下して腰を打ち付けた私の眼前に再び大国主の指先が迫った。

 その動きがやけにゆっくりで、綺麗な指先だなぁと漫然と思った。



「触れるなぁーーーーー!」



 玉彦の怒声に夜空が漆黒の闇夜へと暗転した。


 距離がある玉彦へと視線を向けた大国主が驚愕の表情を浮かべた瞬間、その横顔が強い力で殴り飛ばされ驚いた顔のまま本殿の階段に叩きつけられた。

 口から流れ出た血を拭い立ち上がろうとしたけれど、二度目の衝撃を受けて大国主はもう立ち上がれなかった。


 そして玉彦を見れば。


 蒼白い炎を揺らめかせながら、その傍らに誰かが立っている。

 ガッシリとした体躯の髭もじゃな、神様だ……。

 腰に立派な太刀を携えて、玉彦の感情を反映させたように憤怒の形相。

 あれは一体何の神様……?


 誰もが動けない中、赤駒だけが怯まずに玉彦へと襲い掛かったけど彼は無意識に太刀で赤駒を真っ二つに切り裂いて宣呪言を詠った。

 その一連の動作に感情は無く抜け殻の様だった。

 何度も繰り返したお役目の一つに過ぎない。だから無意識に繰り返す。

 けれどその表情は怒りで溢れていて、泣きそうだった。


「玉彦……」


 やってしまった……。


 私のせいだ……。


 玉彦をこんな風にしてしまったのは、私のせいだ。


 立ち上がってよたよたと歩いて、憤怒の神様の横を通り過ぎ、私は立ち竦んでいた玉彦を腕ごと抱きしめた。

 カラリと音を立てて彼の右手から太刀が落ちる。


「ごめん、玉彦……」


「比和子のせいではない。全ては私が招いたことだったのだ……。あのとき二人を負かさなければ……」


 玉彦は独り言のように呟いて私の肩に頭を預けた。

 その向こうに見えていた憤怒の神様は、倒れ込んでいた大国主を掴んで動けないでいた都貴の足元へと投げ飛ばした。


「大国主。贄を喰え。回復するがいい。そして二度とこの地を踏むな」


 大国主は神様を見つめて、その後倒れ込んだまま都貴の足首を掴んだ。


「……いや、いやよ。だってまだ私の願い事を叶えてくれていないじゃない!」


「遊びは終いということだ。三つのうち二つは叶えた。異存はないだろう」


「そんな……!」


 都貴は足を激しく振って大国主から逃れようとするけど、弱っているとはいえ神様の力に敵うはずもない。

 足を伝って立ち上がった大国主は都貴を抱えて浮かび上がる。


「いや。誰か……! 多門、お姉ちゃんを助けて!」


 空中から伸ばされた彼女の腕の先に多門がいたけれど、彼は姉を見上げて黒駒に目を落として二度と顔を上げなかった。


「多門!」


 都貴の叫びと共に大国主は右腕を旋回させて身体を回転させると、その場から消え去った。

 これも一種の神隠しなんだろう。

 待ち受けているのは絶望だけど、人の不幸を願った者の末路なのかもしれなかった。



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