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だってもう粛清が終わった亜門はもう清藤であって清藤ではないのに。
家族の仇だし死ねば良いと何度も思ったけど、これは違う。どう考えても違う。
そもそもお父さんたちの死は亜門自身の行動だったのか。
都貴に操られただけで亜門の意思では無かったんじゃないだろうか。
赤駒だって主は亜門なのに、都貴の指示に従っている。
狗はより強い者へと従う。そう言ったのは多門。
だったら全ての元凶は都貴であり、亜門ではなく。
彼が死ぬ必要はどこにもない。
自分が出した結論に頭に掛かっていた靄が次第に晴れてゆく。
都貴はいつから正武家を潰そうとしたの?
それは玉彦が中三の時だ。
清藤の双子を完膚なきまでに叩きのめしたとき。
それで清藤存続について危機感を覚えた都貴は動き出したんだ。
じゃあ私が亜門に蹴り飛ばされた高二の夏休み。
あの時にはもう亜門は都貴に操られていたんだろうか?
多門も?
西の地から出られない自分に代わって、双子を通して正武家の内情を探っていた?
だから多門が見抜いた私の眼の力がどんなものなのか亜門を使って試した。
そして神守の眼の存在を知ったんだ。
でもその後の白蛇の件は想定外だったはずだ。
あの時に多門が稀人の資格を持ったのに、都貴は知らずにいた。
ということは、あの素直で正武家に清藤は必要とされているんだと理解した多門は、私と玉彦の間を心配して待ち伏せしていた多門こそが本当の彼なんだ。
通りで短期間で印象が違うはずだ。
それからの多門は多門だったけど、西から呼び戻された時には柳美憂として正武家に入り込んだ都貴に操られていたけれど、稀人として正武家の縛りがあったから彼女の呪は短期間で解けやすくなっていたんだ。
だからあまり違和感が無かった。
もしかしたら操られている間は記憶が無いか曖昧なのかもしれない。
無意識だったから美憂が都貴だと誰にも話さなかった。
全ての辻褄が符合して眩暈を覚えた。
付け加えて言うのなら、当主の主門は次代の娘が跡を継げないだろうと思い、清藤の本来の在り方を言い聞かせていなかったに違いない。
短命である娘は蝶よ花よと育てられ、弟たちだけに狗の秘儀が伝えられたことも頷ける。
娘には清藤の宿命から逃れて自由にという親心が裏目に出てしまったんだ。
擦れ違い。
誰が原因とかそんなのはない。
誰かが誰かを思って動いた結果がこうなってしまった。
主門は都貴を思い、都貴は残される双子の未来を思った。
どうしてこうなってしまったんだろう……。
他に道は無かったのかな……。
そうして私は大国主に抱えられた都貴を見つめた。
彼女は顔を引き攣らせて亜門を喰らって本当の犬外道になった赤駒を呆然と眺めていた。
望んだ未来は違う方向へと走ってしまったことに、亜門を失い今ようやく気が付いたのかもしれなかった。
「玉彦様!」
「解っている!」
犬外道の一撃を太刀で弾いた玉彦は強い力で後方へと下がる。
追撃する犬外道の横腹に南天さんの錫杖が突き立てられたけど、動きは止まらない。
犬外道となった赤駒の姿は、私が知る犬外道とは全然違っている。
白蛇から生み出された犬外道は人間の身体に犬の頭だったけど、玉彦と南天さんを襲っている赤駒は人間の形をしているけど、全身が赤毛で覆われている。
共通しているのは頭は犬で身体は人型ってこと。
でも人間の身体だった白蛇の犬外道よりも、人間を取り込んだ赤駒の犬外道は人間の運動能力を遥かに超えていた。
力の強さも反射神経も全て。
玉彦は口元を覆わずに宣呪言を詠うけど詠唱が途中で途切れて儘ならない。
犬外道に追われつつだから難しいのかとも思ったけど、多分そうではない。
時折本殿前のこちらまで亜門の唸り声が聞こえるのだ。
その度に玉彦は祓うことを躊躇する。
彼らしくもない姿だった。
だから南天さんから名を呼ばれ叱責が飛ぶ。
犬外道の中にまだ亜門がいるのなら、と考えていることが手に取るようにわかって胸が痛くなる。
私が考えても気が付く程だから、玉彦は都貴と多門のやり取りで全てを察したはずだった。
もしかしたらまだ亜門を救う手があるのかもしれない、と考えて。
でもそれはきっと無理なんだ。
もう喰われてしまった亜門は赤駒と融合してしまっている。
どちらか一方だけを祓うことなんか出来ない。
だから玉彦も解っていると南天さんに答えた。
非情に徹することが求められる正武家の次代として、玉彦は顔を歪めた。
駄目だ。
これ以上玉彦が自分を押し殺して心に反する理不尽を抱え込めば、禊だけじゃ流せない。
このままだと彼が『壊れてしまう』
私の元へ帰って来てくれれば癒すことも出来るかもしれないけど、きっと今回はその瞬間にそれが訪れてしまう。
自分は禍を祓ったのではなく、亜門を殺してしまったのだと。
私は本殿の門扉のところから、無意識に右手を伸ばして距離を測った。
神守の眼を使い始めた頃、対象物との距離感が掴めなくて苦労したことを思い出す。
でも今は違う。
確実に赤駒を捉えるために万全を期す。
南天さんが赤駒を引き寄せ、玉彦が足の腱を切る。
そうすれば動きが鈍くなると知っているから。
再び南天さんが錫杖を赤駒の背に突き立てて動きが鈍り。
無表情の玉彦の詠唱が始まる。
ごめん、玉彦。
やっぱり私は暴走する。
これ以上、貴方に抱えさせる訳にはいかない。




